真面目なシーンだったでしょう! どうしてそんな絵面になるんだおおぅん。
「ナイト、ルーアから離れないようにね」
「いえ、ここは拙者が先行するでござるよ、アンジュ殿がルーア殿と一緒にいてください」
ミスティックルナーのアロマの依頼により、岩が転がる灰色の山岳地帯に訪れた我子たちだったのだが、深くまで道を進むにつれ我子とナイトが忙しなく周囲を警戒する。
「2人ともちょっと鬱陶しい〜、もう少しゆっくり出来ないの〜?」
「確かに護衛を頼んだが、そんなにゴリゴリにやんなくても大丈夫だぜ? これでも俺はシルバーだし、ボスはゴールドだ」
アンダラーの言葉に我子はナイトと顔を見合わせ、頭を抱える。
そしてルーアを抱き上げるとすぐナイトに渡し、辺りを睨みつけた。
「アンジュ様ぁ?」
「ルーア、ナイトから離れちゃ駄目よ、戦闘には参加しなくても良いわ。ナイト、あんたルーアとアロマ、アンダラーを抱えたままその他有象無象をどうにかしなさい」
「承知。と、言いたいところですが、アンジュ殿を一人にするのは……」
「ウチはどうにでもできるわ。でも他は無理よ。だからあんたが守んなさい。頼りにしてるわよ騎士様」
持っているハリセンから蒸気を吹かせる我子だったが、アロマが怪訝そうな顔を浮かべていた。
「一体なんの話〜? アロマにもわかるように話して〜」
「……ルーア、アロマ、この場所の説明をしてくれる? 一体どんな場所で、何がいて何を取りに来たのか」
抱っこされているルーアとナイトの隣並んだアロマが顔を見合わせて首を傾げた。
だが2人は我子が言ったとおりに場所の説明を始める。
「えと、この場所は牙の高地と呼ばれる飛竜が集まる高台でございます。自然豊かとは程遠い厳しい環境で、まともな生物はなんの準備もなく生きられないと言われています」
「まあ飛竜なんて大した強さもないけれど〜、たまに興味深い特性を持った飛竜が現れることがあるの〜。それがプロトハナビクン1号の小型化にも使えるの〜」
「レア中のレアだけどな。俺はもう十年以上ミスティックルナーにいるが、見たことがあるのは一回だけだ。その飛竜はなんと周りのものを小さくしちまうんだよ」
説明を聞いていた我子はアンダラーが話した内容に舌打ちをした。
そしてなるほどと納得し、面々を手で制し動きを止めさせる。
「アロマ、それは圧縮よ。小さくしているというより、握り潰しているが正しいわ。どうりであんたたちは気が付かないわけだわ」
「ん〜? 潰したら壊れちゃうでしょ〜。というかさっきから一体――」
「ナイトっ!」
「合点!」
アロマの疑問を遮り、我子は叫んだ。
その瞬間、飛び出す絵本の如く、世界が湧いて現れた。
ナイトはルーアとアロマを小脇に抱えるとアンダラーを蹴り上げ宙に飛ばし、現れた違和感から距離を取った。
我子の眼前には緑豊かな景色に、湧き出る泉、数百は超える飛竜の大群とその背後で鎮座する一体の巨大なトカゲ――ドラゴン。
「対強敵用の布陣ってところかしら? ウチたちが縄張りを奪うと勘違いしたのね。勘違いは誰にでもあることだけれど……」
額に青筋を浮かべた我子がドラゴンを睨みつける。
そして口角を吊り上げ、歯をむき出しにして嗤う。
「始まってしまった戦争を止めるにはそれなりの犠牲は払ってもらうわよ」
我子の言葉が届いたからなのかは定かではないが、その言葉が放たれた直後、瞳孔を鋭くしたドラゴンがまさに天をつくような怒号を上げた。
その天を裂くほどの咆哮に周囲の飛竜たちが一斉に飛び出した。
「な、な、な――」
ナイトのそばで着地したアンダラーが声を震わせながら固まっていた。
しかしそれをそのままにはしないナイトが彼の脳天をはたき、顎で走るべき道を指す。
「アンダラー殿! 呆けていると死ぬでござるよ!」
「……ねえ、アロマたちは説明を受ける権利があると思うんだけれど」
「申し訳ないでござるがそれどころではないでござる。それに拙者はあれを理解しているわけではないでござる。アンジュ殿に聞いてくだされ」
ナイトの言葉を耳に入れながらも我子は一歩また一歩と足を進める。
頭上を飛び交う飛竜たちに見向きもせずにただドラゴンへと歩を進める。
「あんた相当古い竜ね、なるほどこれが神性。あんたからムカつくほど信仰が流れてくるわ。こんなところに引きこもる前は相当畏怖されていたんじゃないの?」
我子を敵だと認識したのか、ドラゴンが翼を大きく広げた。
それはまさに威嚇行為とも言えるもので、牙を覗かせた口を開いただけで空気が震える。
しかしルーアとアロマ、アンダラーが体をすくませる中、我子とナイトはその渦中で嗤っていた。
「ナイト! 飛竜は中々の珍味だと聞くわ! これ全部持って帰って今日は宴会と洒落込みましょう!」
「フィム殿が卒倒しそうでござるな。しかし了解でござる――このトカゲども、皆殺しでござる。グローリーオブルミナス」
服を脱ぎ捨て魔眼を発動させたナイトのそばに次々と絶命した飛竜が落ちていった。
しかし彼の瞳がドラゴンを捉えるとナイトは突然目を閉じ、竜から目を逸らした。
「ナイト、あいつは見ちゃ駄目よ、あんたのフィルターありの魔眼じゃ弾かれちゃうわ。その膜を取っ払ってあいつの神性を抜きたいなら止めないけれど、ルーアたちを抱えてやりたくはないでしょう?」
「……お気遣い感謝でござる。拙者も出来ればあれは出したくないでござるからな」
「出てきたとしてもウチが黙らせてやるわよ。あんたの中身の神性も余裕で抜いているもの」
「何かをわかっている上でその発言、アンジュ殿実は神なのではと最近思えるでござるよ」
「そんなもんとっくに殺しちゃったわ。だからあんたはあんたの中に何がいようとも胸を張りなさい。ウチのために在りなさい。ギルドで楽しんじゃいなさい。ウチからは離れることなんて出来ないと思いなさいよ」
クツクツとナイトが喉を鳴らし、片目を押さえたまま飛竜の大群に顔を向けると「仰せのままに!」と叫んだ。
「本当に、最高のギルドでござるな。拙者、ちょっと本気出したくなったでござるよ」
そう言ったナイトが抱えているルーアに目を向けた。
「ナイト様?」
「ルーア殿、拙者ちょっと本能むき出しにするでござるが、あんまり怖がってくれないでいてくれると嬉しいでござる」
苦笑いを浮かべたナイトに彼の腕から下りたルーアは笑顔を見せた。
「ナイト様、例え姿形が変わったとしてもわたくしは、ルーアはナイト様が優しいことを知っています。肩車してくれる方だと知っています。ルーアたちの騎士様だと知っています。だから――」
息を吸ったルーアが聖母のような微笑みで空を覆う飛竜たちに顔を向けた。
「リップヴァンウィンクル最強の剣を見せてくださいまし」
ルーアの言葉がスイッチとなった。
ナイトがアロマを下ろして大きく息を吸う。
刹那、ドラゴンが放つ圧と同等ほどの殺気が周囲を覆い、鋭く重いその圧はまさに剣。
触れれば切り裂かれることが当然と言わんばかりの空気がナイトを中心に発生し、厳かな雰囲気で彼が大地を蹴り上げた。
「半眼――『這い出よ魔の神性の下僕たち (グローリーオブレギオン)』」
飛竜たちに飛び込んでいったナイトの影に重なるようにその下僕たちが現れた。
人型の下僕たちは数にして数百、飛竜たちを上回る数で眼前の敵に突っ込んでいった。
そしてナイトも下僕たちに紛れて飛竜に飛び乗り、厳かな顔でその飛竜にしがみつく。
「抱きしめてミッドナイト、相手は死ぬ!」
数百の下僕たちもまた飛竜に飛び乗り、首に腕を回しておりナイトの言葉に合わせてその太い首をへし折った。
次々と飛竜たちが地に落ちていく中、我子はフッと息を吐き、ハリセンを振りながら仮面を貼り付けたような微笑みを浮かべていた。
しかしそんな微笑みとは裏腹に、ハリセンから吹き出す蒸気の量は増えておりハリセンを振り回すごとに形が巨大に、明らかな物量を持って世界に現れていく。
そしてハリセンが蒸気に塗れて、ただの紙を折り曲げて作られたはずのその武器が光沢を放ち始めて、材質すらも変わっている。
我子はハリセンをハリセン足らしめている全てを否定した。
「……」
我子の手に握られているのは鉄バット。
彼女は早足で移動をすると、眼前にドラゴンとナイト、背後にルーアたち。
そして大きく息を吸うと空いた手に現れた野球ボールを宙に放る。
カキン。と小気味の良い音を鳴らしてボールがナイト目掛けて放たれた。
しかし放たれたそのボールが突然増えた。
そして何故か表示されるターゲットサイト。そのほとんどが半裸……ナイトが生成した下僕たちに現れており、ターゲットサイトの数と同じ数ボールが増えているのがわかる。
「ビジュアル考えろや!」
増えたボールは狙いを付けた全てを逃すことなく的確に股間に命中していき、兜を被った下半身丸出しの大量の変態を消し飛ばしていく。
とばっちりでドラゴンの半身も消えている。
「ぬぉぉぉぉぉッ!」
「ふんっ!」
しかし1人ボールから逃げ続けていたナイトだったが、我子が投げた石が頭に直撃し、そのまま倒れると同時に背後から股間にボールが直撃してピクピクと痙攣するのだった。