ミスティックルナーの妖精は薔薇の棘。
朝食を終えた我子はルーアとナイトを連れ、ギルドの外に出てウィンチェスターの中心部、冒険者のギルドやギルド管理協会がある区域を歩いていた。
「アンジュ殿、今日はどうするでござるか? 拙者今日は暇すぎてアンジュ殿に着いていくしかやることがないでござる」
「せっかくの休み、自分のために使いなさいよ」
「ええ、ですからこうして自分のために使っているでござる」
爽やかな笑顔で言い放ったナイトに我子は呆れつつ、彼に抱っこされているルーアを撫でた。
「わぅわぅ――それでアンジュ様、今からどこに行くんですかぁ?」
「ミスティックルナーよ。アロマにちょっと用があってね」
このウィンチェスターで最も我子が交流しているギルド、ミスティックルナー。そこのギルドマスターに用があると言うのだった。
「あ~、アロマ殿でござるか……」
「何よ嫌なの?」
「いやではないでござるがあの御仁、拙者を壁か何かと勘違いしている節があるでござるから」
「同じゴールドでしょ、仲良くなさい」
もっと緩い関係なら歓迎するでござる。と溜め息をつくナイトに我子は思案顔を浮かべる。
確かにあの子は少し、いやかなり尖っているとアロマのこれまでの行動を思い出し、苦笑いを浮かべる。
そうして歩いていると辿り着いたミスティックルナー、華やかさなど皆無の門構えだが、古ぼけたエンブレムに古本のような嫌ではないカビ臭さが香るギルドで、どこかノスタルジックな気持ちにすらなる空間となっている。
我子は一度ミスティックルナーを見上げるとすぐに顔の向きを戻し、ギルドの門を叩いた。
ギルド内に入るとギルド員がそれぞれに議論していた。
ミスティックルナーとは魔法具の研究や制作、販売をしているギルドで、規模としては中くらい。ギルド員は100人未満50人以上で、リップヴァンウィンクルより遥かに大きなギルドである。
そんなミスティックルナーでは毎日のようにギルド員同士で新たな魔法具のための議論がされており、騒がしいというより、どこか怒号のような激しい声が響いていた。
「だから! マンディクスの牙は治癒能力効果以上に吸血能力の方に注目するべきだろう!」
「いいや、確かにマンディクスは吸血能力を持っているが、その吸収するという特性こそ魔道具には相応しい」
そんな議論が飛び交っている中、我子はルーアとナイトに目を向けた。
人が入ってきたことにも気が付かないほど熱中するのはギルドとしてどうなのかと呆れるのだが、これでは埒が明かず、我子は一番近くにあったテーブルで白熱している面々に声をかけることにした。
「もし、ちょっとよろしい?」
「あッ! 今大事な話を――」
「ってヤバっ、おい相手をよく見ろ」
「は?」
我子が声を掛けた男と議論していた男性が顔を青くさせて声を荒げた。
しかし2人が気がついた時にはすでに遅く、青筋を浮かべた我子がハリセンを手に指の骨を鳴らす。
「ひっ、プラチナ。あ、いやその、ちょっと熱中しちゃっていて」
「そう、真剣に取り組むことはいいことだわ。けれどこうして客が訪ねてきたのにその態度はいかがなものかしら。仮に相手がお得意様で、やろうと思えば中規模のギルド程度一瞬で潰せるほどの力がある相手だった場合、あなたはどう償うのかしらね」
脂汗を流す男が震えていると先程まで喧騒に包まれていたギルドに静寂が降り立った。
我子が辺りを笑顔で見回しているとふとその気配が、ナイトへと伸びる。
「――」
我子はナイトの顔面の目の前でハリセンを立てると、受付の階段を上がったところから突然放たれた魔法をハリセンで受け止め、その放った相手を濁った目で睨みつけた。
「ありゃぁ〜せっかく新しい魔法具を試そうと思ったのに〜、アンジュじゃまったく参考にならないでしょ〜」
「あらそうだったの、邪魔してごめんなさいね。ところでウチもちょっと試してみたいことがあるんだけれど、ここでぶっ放してもいいかしら?」
そんなことを言う我子のハリセンから突如蒸気が上がる。
その蒸気は巨大な大砲のような形になっていき、圧倒的な気配を周囲に撒き散らしていく。
ミスティックルナーのギルド員たちは歯を鳴らして震え、一歩も動けず逃げることも出来ないようであった。
ナイトへと魔法具を放った、花冠を頭にかぶり、真っ白な髪に寝巻きのような真っ白なレースのドレス、色白な小柄な美少女、ミスティックルナーのギルドマスターでゴールドランクの冒険者、アロマ=テンペストが微笑みを浮かべながらも薔薇のような刺々しい雰囲気を出しており、そんな彼女を我子は睨みつける。
そんな一触即発の空気の中、2人の間にナイトが割り込んだ。
「2人ともそこまででござるよ、これ以上は本当に殺し合いになるでござる。さっき仲良くしろと言ったのはアンジュ殿でござるよ。アロマ殿、アンジュ殿も本気ではないでござる、本当にここのギルド員を傷つけようとなんて思っていないでござるよ」
ナイトの言葉に耳を傾けていた我子とアロマは、フッと纏っていた空気を忍ばせると息を吐いた。
そして我子は先ほどの声を掛けた男性に一言謝罪をすると椅子に腰を下ろし、2階の手すりに腕を置いているアロマを手招きする。
「アロマ、あんたが興味持ちそうなものを持ってきたわ。ちょっと見てくれない」
「……アンジュが持ってくるものは面白くて好きだよ〜。今回もアロマを楽しませてね〜」
「あんたを楽しませるために持ってきているわけじゃないけれどね。とりあえず見てから決めてもいいけれど、今回の対価はハナビクンの小型化よ」
「またそうやって無茶を言う〜。いいけれどね〜」
2階から下りてきたアロマと握手する我子にナイトが胸をなで下ろしたように息を吐き、巨大な気配が消えたことで心底安堵の息を漏らすミスティックルナーのギルド員を横目に、我子は懐っこい顔で謝罪をする。
そうして普段の空気に戻ろうとした時、ミスティックルナーの扉が開き、一人の男が飛び込んできた。
「お、ナイトいんじゃねぇか。今日お前休みって言ってただろう? 実はすっげぇべっぴんのいる店を見つけてよ、良かったら今から――」
「あ、アンダラー殿……」
「へ? ってアンジュちゃん! ああいやこれはその――そう! 男たちの楽園に!」
「アロマ、あいつはうちのギルドの男どもを誑かすからぶっ飛ばしても良いわよね?」
「うん〜、アンダラーは〜、何度言っても女の子ばかり追いかけるからそろそろお仕置きしないと〜って思ってたんだ〜」
「じゃ、利害の一致ね」
「うん〜、アロマもやる〜」
「へ、あいや、その、ゴールドとプラチナを相手にしたら普通に、俺死んじゃう。ああいや! ここは逆転の発想だ! 最後に揉めるのが例え小さくても、一応美少女に分類される化物でも、俺の人生に悔いはない! さぁっ!」
アンダラーに笑顔で近づく我子とアロマはその前向きすぎる男に、鉄槌とも言える攻撃を放つのだった。