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朧に溶けては躓いて

 ドルイド湿地帯に訪れてから1週間ちょっとが経った今日、我子は簡易的な拠点として使っているテントの前でタバコの煙を肺で吸い込み、天を仰いでいた。



 湿地帯を超えた先の森林地帯は鬱蒼と茂る木々や水辺で育つような植物が多くあり、ステレオタイプな密林がそこにはあった。

 最初の3日間ほどは目利きの出来るフィリアムとルウに頼み、上質な素材を鑑定してもらい、そこから1日で新しい商品の企画会議、残りの時間で素材を回収した。



 そしてフィリアムとルウには素材を持ってギルドに戻ってもらったのだが、彼女たちには帰ったらウルチルとミリアをこちらに寄越すように指示を出した。



 今日辺りに2人がここの着く予定で、我子はただぼんやりとウルチルとミリアが来るのを待っている最中だった。



「……まあ、別に調査をする必要はないと思うんだけれどね、ちょっと気になるのよね」



 ウルチルとミリアを呼んだのはクリフトが話していた噂を調査するためで、本来ならこんなに長くギルドを空けるつもりはなかったのだが、やはり何事かを抱えているだろうウルチルのために、自分と一緒にいる時に行動してほしかったという理由がある。



「ウルに関しては機会が来れば話してくれるでしょうけれど、魔剣関係ならやっぱ呼んだほうが良いわよね。しかもくず鉄同然の。ね」



 しかし我子は深くため息を吐く。

 その理由はギルドを長く空けたことでルーアがグレてしまわないかという心配なのだが、フィリアムたちと一緒に帰って一言何か言うべきだったかもしれないと後悔する。



「ルーア怒っているわよね、お菓子を作ってあげたら機嫌良くならないかしら? なにかお土産とか……どうしようかしら」



 ルーアのご機嫌を取ることばかり考えていた我子だったが、ふと湿地帯方面から何者かの気配がし、目を鋭くさせて手にハリセンを握る。

 そして細く呼吸をすると気配を忍ばせ、影に紛れる。



「アンジュいるか? 言われたとおり来てやったぞ。と言うかお前一体何をした――」



 我子は草木をかき分けて現れたウルチルの首筋にハリセンを添えた。



「そんな無防備な様を晒していたら殺してくださいって言っているも同然だと思うのだけれど、もしかしてウチ自らあんたを鍛え直したほうが良い?」



「……お前レベルの相手がゴロゴロといてたまるか。気を抜いていたのは確かだが、アンジュがいるせいかこの辺りの動物が怯えて一切近寄ってきてないという環境を作ったお前にも非があると思うぞ」



 我子はウルチルの首筋からハリセンを離すとクスクスと喉を鳴らし、彼の頭を撫でる。



「この辺りに敵性反応がないってわかっているのなら良いわ。ウチ式ブートキャンプはまたの機会にしてあげるわ」



 ウルチルが安堵の息を吐き出したのを横目に、我子は飛びついてきたミリアを受け止める。



「ミリア、ウチがいない間何か変わりはなかった?」



「う、ん。ルーア、と、ずっと、くっついてた、から、だいじょう、ぶ」



「……あ〜、やっぱルーア寂しがっていた?」



 するとウルチルが頭を抱え、それだけならどれだけ良かったかとため息を吐いた。



「あのなアンジュ、ルーアをこういう危険な場所に連れて来たくはないのはわかるが、あいつは病的なまでにお前を信仰してるんだから最後まで面倒見ろ。夜中泣いて起きてきて僕とナイトが交代交代で寝るまであやしてたんだぞ」



「夜中泣いて起きてきた? あの子が?」



 そんなこと一度もなかったと記憶している我子は驚いてウルチルに尋ねる。

 するとミリアがおずおずと手を上げ、我子の耳に口を寄せた。



「あの、ね、お姉さま、ルーア、その……お姉さまがいない、何日か、おねしょ、とかも、しちゃって」



 我子は訝しんだ。

 今まではずっと一緒だったために気が付かなかったが、ウルチルの言うように病的。しかし我子はルーアがそうなってしまう原因に覚えがなかった。

 確かに彼女とはこの世界で初めて出会った人間である。

 しかしだからといってそこまで信仰されるようなことをした記憶もなければ、ルーアの心がここまで脆いことを見たこともなかった。



「ああそうだ、これナイトから預かってきたぞ」



 ウルチルがナイトから預かったという手紙を取り出した。

 我子は手紙を広げ、その文面を読んでいく。



『拝啓、アンジュ様。私は元気です。

そろそろ寒い時期がやってきます。攻撃するのも辛くなるのでアンジュ殿、拙者のために下半身があたたまるものを作ってくだされ――』



 我子は手紙を丸めるとウルチルに手を差し出す。



「なんでもう一通あるってわかったんだよ」



 ウルチルからもう一通の手紙を受け取り、我子は手紙を読み進めていく。



『アンジュ殿、少しルーア殿について気になったことがあるためにこうして筆を取らせていただきました。

実はルーア殿がうなされていた夜があるのですが、その時に寝言でアンジュ殿が死ぬ姿を見たくないと言っていたのですが、アンジュ殿、ルーア殿の目の前で死んだ経験でもあるのですか?

 多分ですがその辺りのことが彼女の心を蝕んでいると思うのですが、如何せん拙者たちではこれ以上踏み込むことができず、歯がゆい思いをしております。

 どうかルーア殿の心を癒やしてください』



 と、急いで書いたのか殴り書きのように綴られていた。



 我子はナイトの手紙を目を細めて眺めると先程丸めた手紙を広げ、最後の一行に目を通した。



『ああそうでござった、拙者ちょっと急用があり、リップヴァンウィンクルを2,3日アロマ殿に頼みましたでござる。この借りは拙者が返す故にアンジュ殿は気にしないでくだされ』



 ウルチルとミリアが首を傾げてその文を読んでいるのだが、我子はどこか呆れたように笑い、監督不行届よ。と声を出し、そのまま足を進める。



「おいアンジュ――」



「隠れている悪い子は誰かしら?」



 きわめて優しい声でそう言い放つ我子は両腕を広げ、誰も見えないその空間を抱きしめる。

 不可視の存在、誰もいない。そのはずだった。



 しかし我子が抱きしめたのは空気ではなく、確かに感じる体温と震えている幼い体躯。



「そうやって隠れていたら一緒にいることは出来ないわよ」



「――」



 その言葉にルーアが頭まで覆っていた布を放り投げ、我子に飛びついた。



「アンジュ様、アンジュ様、良かった、良かった!」



 大粒の涙を流しながら顔を埋めるルーアを我子は撫で、そのまま強く抱きしめた。



 するとウルチルが彼女を咎めるように口を尖らせたのが見えた。



「ってお前ルーア、ここまで1人出来たのか? せめて声をかけてくれないと僕がお前を守れないだろうが。お前はアンジュのことばっかり考えてるかもしれないが、僕だってルーアのことを心配して――」



 我子はウルチルを抱き寄せて彼の口を肩で塞ぐと首を横に振り、ルーアを心配してくれてありがとうと礼を言う。

 そしてウインクをしながら顎でルーアの背後を指し、ガチャガチャと聞き慣れた鎧の音を鳴らす後ろ姿をウルチルに見せた。



「さっ、みんなも疲れているでしょう? 今日の夕食はウチが作るからゆっくりしなさい。明日からしっかり働いてもらうわよ」



 我子はそう言ってルーアとウルチル、羨ましそうにしていたミリアも近くに寄せ、拠点に入ろうと提案するのだった。

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