風は歩みを止めず、立ちふさがる者には容赦せず。
「さて、ちょっと騒ぎが大きくなったし、そろそろこっちも動き出しましょうか」
「ごめんなさいですわ。ちょっと脅かすつもりが、つい」
我子はルウを一度撫でたあと、首の骨を鳴らしながら辺りを見渡す。
何事かと視線を向けている商人たちと、どこか面白がっている見覚えもなければ馴染みもないウィンチェスター以外の冒険者、そそくさと撤退の準備を始め、この湿地帯も終わりかと絶望に落とされたかのように頭を抱える見たことがある冒険者たち。
様々な視線の中、我子息を大きく吸う。
そして口を開き、好戦的な表情を浮かべる。
「たった今より、このドルイド湿地帯は攻略されたわ! やり残したことがあるのなら今から死にもの狂いで駆け抜けなさい。もしかしたら、最後の幸運が待ち受けているかもしれないわよ」
その言葉に、我子を知らない者たちが大いに湧き上がり、大口を開けて笑い声をあげた。
我子は彼らにウインクを投げると大げさにお辞儀をするのだが、ふとルウの介抱の下目を覚ましたクリフトと目が合った。
「うちのギルド員がごめんなさいね、悪気しかなかったけれど許してあげて頂戴。これがお詫びになるかはわからないけれど、面白いものを見せてあげるわ」
焦点の合っていない目をなんとか合わせたクリフトを確認した我子は天に手をかざす。
「魔法少女なんて歳でもないんだけれど、せっかくだし、ね――『幻想発現魔法少女・甘源武蕩』
我子の頭上と足元に魔法陣が現れ、その2つが我子を挟むように上下する。
魔法陣が体を通り過ぎると、我子の制服が光に飲まれ粒子となり、身なりを変化させた。
「……風步は、こんな格好をしていたわね」
我子の頭に浮かぶのは今は遠き親友の1人の面影。
色を抜いて傷みに傷んだ銀髪をなびかせ、最早特技となっていたパルクールを取り入れた空間制圧を得意とした喧嘩術。
そんな親友がしていた格好を我子は模倣する。
我子は魔法特化の戦闘スタイルを確立させるために、ハリセンを所謂魔法少女のように服装を変えることで、ただ殴るだけの戦い方と切り替えることを決めた。
「まあ、あの子自身喧嘩ばかりしていたから殴るほうが得意だったのは確かだけれどね」
我子の格好は、白い特攻服で胸には晒を巻いている。背には右側に天地、左側に銀狼と刺繍された所謂一昔前の不良の憧れ。
手には鉄バットと空いた手にはナックルダスター。
我子は口に咥えたタバコに火を点すと歯を見せて笑う。
「天と地を統べる悪童、銀狼なんて呼ばれてたっけあの子」
我子はバットで地面を叩きながらタバコを咥えたまま煙を吐き出し、歩みを進めて湿地帯の入り口から中へと足を踏み入れた。
しかし湿地帯に足を踏み入れた瞬間、魔呪付師の墓場と恐れられたドルイド湿地帯が牙を向いた。
あちこちの地面が禍々しく光を放ち、この湿地帯で命尽きた幾人もの冒険者たちの魔力を使用して発動させた。
世界の慟哭はまさに災害、天災とも言えるそれで、人1人を殺すにはあまりにも圧倒的で強大だった。
最初は笑って見ていた商人も冒険者も、湿地帯が異常な力を発揮していることに気がついたのか、顔を青白くさせていた。
「アンジュさん! あなた世界に恨まれるようなことでもしたのですの! 入っただけでこれほどの攻撃をされるなんてなにかしたとしか思えませんわ!」
「アンジュちゃん、逃げようよ!」
自然と呼ばれるあらゆるが我子1人を敵だと認識したのか、天を仰げばまるで槍のように尖った雨が降り始め、眼前を臨めば爆炎が轟々と音をあげ、炎の中で真っ黒な霧のような巨大な人型が歩みを進めている。
大地からは幾重にも編まれた木々がヤドリギを射出し、そこからさらに大地に根を張る木々を生み出してまるで波のようになった森が動いているかのように我子を飲み込もうとしていた。
しかしそんな渦中にいながら我子はただ、今着ている服に想いを馳せていた。
「ああ、風步は逃げないわよね。あの子も馬鹿だから逃げるなんて選択肢を持ち合わせてなかったのよ。ウチに喧嘩売ってきたときもそうだったわね。何度も何度も顔面をコンクリートに叩きつけてこすりつけても、それでも背中は見せなかった。やっとウチを頼ってくれたとき、この背中の刺繍について教えてくれたっけ」
我子の現代での親友の1人であった神鴉 風步の母親は彼女が幼い時に亡くなった。
しかしその母親が自身の父親である、風步にとって祖父に当たる人物が着ていた特攻服を風步が着ている姿に大層喜び、その文字を刺繍してもらったとのことだった。
その時はただただ、格好いいからという理由で字を選んだそうだが、風步はその時の思い出を、その時確かに合った純粋な信念を、母親から聞いた自身の名前の由来を背中に背負ったのだと話してくれた。
「風は世界を歩む唯一無二、風より先に歩むものなし。いつも先頭に立つ風步らしい名前だわまったく――」
大きく息を吸う我子はナックルダスターを構えた。
「ちょっとアンジュさん!」
「神を殺しちゃったんだもの、世界がウチを敵視して当然だわ。でもそれのなにか問題? ウチはこの世界で生きるって決めた。ただ1つの目的も果たせなければ女もすたるわ!」
愉快愉快と口を開き、我子は楽しげに、踊るように舞うように、拳を地面に叩きつけた。
「フィム、ルウ! あんたたちのギルドマスターは、世界にだって縛り付けられないわ!」
まるで大地をひっくり返したかのような巨大な塊を打ち出した我子。
そのナックルダスターで殴った生体以外の物体は超級魔法に使うような魔力を帯び、生き物のように意思を持ってその物体が最も適した形の魔法へと変化する。
打ち上げられた大地の塊は魔法になって粉々に砕け、粉々になった石や岩、泥がそろぞれに異なる魔法になってある程度の湿地帯からの攻撃を防いだ。
「これでは全然足りませんわよ――って」
切羽詰まったような声を上げるルウだったが、我子に目を向けすぐに絶句する。
我子の持つバットを中心に風が巻き上がる。
しかしルウが目を見開いたのはその風ではなく、風が巻き込んでいる魔力の量である。
「あらゆるものを飲み込んで、穿て穿て、穿て。風の歩みを止められるものは何もなし!」
バットを振り上げ、纏う風を放った我子は幼い少女のように、女子高生であった時分を思い出すように、純粋な少女として笑った。
「どこまでも届けぇ!」
風は風を飲み込み、あまつさえ湿地帯からの魔法、魔力すら飲み込んで、静岡県ほどの大きさのあるドルイド湿地帯を飲み込むほど巨大な風の奔流となった。
風は湿地帯に直撃すると大地を巻き上げ、その場に在った恨みも思念も悪意すら飲み込んで、我子の魔法はドルイド湿地帯を文字通り消滅させるとそのまま空へと登っていった。
「ほら、大丈夫って言ったでしょう?」
呆然とする面々に振り返った我子は笑顔を見せるのだった。




