表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第二話

目を開けると、俺は街中に立っていた。真夜中で、暗かった。


「本当に転生したのか」


俺は思わず呟く。

あたりを見渡すと、現代風の四角い建物が多い。

コンビニらしきものが目に入った。


Monday Port


という名前らしいが、そのようなコンビニは聞いたことがない。

似ているが違う世界ということなのか。


肩の微かな疲れから、俺はバッグを背負っていたことに気づいた。

死神と話していた時には持っていなかったはずだ。

おそらく、転生する時に死神がくれたんだろう。近くのベンチに座り、中身を街灯の光で確認してみた。


食料、水、お金など、最低限の必需品が入っていた。白い錠剤はおそらくカフェインだろう。

死神さんに心の中で感謝したが、よく考えてみれば俺は世界を変えてくれと頼まれた側であり、これくらい貰わないとおかしいと、少し冷静になる。

他に何かないかとポケットを探すと、手紙が入っていた。死神さんからだ。


________________________


稲越陸斗さんへ


依頼を受けてくれてありがとうございます。


この世界について軽く説明を書こうと思います。

まず陸斗さんにやってもらいたいことは、言ったとおり、この世界のカフェイン独占構造を変えてもらうことです。


この世界の人々はカフェインを「サファ」という薬草からのみ手に入れています。

サファは茶のようなものだと思ってもらえればいいです。

しかし、生産量が少なく、生産コストも高いので、1グラムで家が買えるほど高価です。


昔は多くの地域でサファが作られていましたが、サファは土壌の養分を食い荒らし、他の農作物に甚大な被害を与えていました。そこで、サファ生産は全て国によって管理されることになってしまいました。


結果としてサファの生産量が激減したため、値段が爆発的に上がり、財力のある富裕層に独占されているというのが現状です。庶民の手には全く渡らないんです。

でも、庶民はカフェインを渇望しています。


あと、お金の単位はbz(ベルツ)です。1円と同じくらいの価値です。サファは1グラム約二十万bzです。そう考えると相当高いでしょう?

リュックに現金100万bzと無制限に使えるベルツカードを入れておきますので、生活費に使ってください。家も用意しておきました。地図で場所を確認してください。


もっと色々提供したかったんですが、死界の規則でこれが限界でした。生界に大きく干渉することは禁じられているんです。


カフェインの錠剤は手下に手配させますが、準備できる量が少ないので、大切に使ってください。


依頼を承諾してくれて嬉しかったです。

私は死界こちらであなたを見守ってます。


幸運をお祈りしています。


死神より


P.S.

本当に本当に本当に困ったら、心の中で強く念じてください。手下を向かわせます。


________________________


意外としっかりサポートしてくれるみたいだな。(最後の一文はよくわからないが)

ありがたく享受することにしよう。


とりあえず家まで歩かなければならない。リュックに入っていた地図を頼りにしながら俺は歩いて行った。


途中に何人かの人を見かけたが、俺が前居た世界とは服装も髪型も大して変わらない。本当に別世界に来たのか怪しい。


まあ深く考えても意味がない。受け入れるんだ。


そう言い聞かせながら俺は歩をすすめた。





道に迷いながら何時間も歩いたが、まだ半分も進んでいなかった。近くにあったベンチに座って休憩をとることにした。リュックに入っていたスマホを取り出した。慣れない画面が映る。どうやらOSが違うらしい。


最初は違和感を覚えたが、すぐに慣れた。普段アイフォンを使っている人が急にアンドロイドの変えてもすぐ順応するのと同じだ。


ふと目の前に緑色の車が通った。


TAXI


と確かに書いてあった。本当に異世界か?とまた不思議に思う。遠くからもう一台、緑色の車が来るのが見えたので、手を挙げて止まらせた。

無事に乗り、白髪交じりの運転手に地図を見せると、「紙の地図なんて今時珍しいですな」、と言われた。言葉が通じることにまず安心した。


時空間を超えた長旅の疲れを癒そうと目を閉じた。


「お客さん仕事の帰りですか」


目を閉じて数秒も経たずににいきなり運転手が話しかけてきた。この行事はあっちの世界と同じなんだなと感心する。というかT-シャツ短パンでの格好の奴が仕事帰りなわけない。


「いや、遠くから引っ越してきたばかりなんです。」


と俺は答える。


「へえ。どこからいらしたんですか」


「ええと...海外の方から」


「おお!お若いのに大変ですな。でもお客さん。あんまり夜中は一人で歩かない方がええですよ。なんせ最近物騒ですから」


「といいますと?」


「殺人事件ですよ。ここら辺の街で多発してるんです。カフェイン中毒者が集まった反社会勢力が憂さ晴らしに強盗殺人を繰り返してるんです。集団犯罪なので一層タチが悪い」


どうやらカフェイン不足はこちらの世界でも深刻な社会問題らしい。


続けて運転手が話す


「私はカフェインを摂ったことがありませんが、家内は昔よくサファを飲んでましたよ。飲めなくなってからは情緒が不安定で毎日喧嘩ばかりですよ」


はっはと運転手は笑う。


「それお客さん、もうすぐ着きますよ」


降りる準備をしながら俺は運転手に何気ない質問をした。


「運転手さんはタバコとかは吸ってるんですか」


運転手は困った顔をしてこう答える。


「すみません...タバコ?ってなんですか?」


俺は目を大きく開いて驚いた。


この世界にはタバコがないのか。タクシー運転手が知らないだけという可能性は薄い。俺は続けて聞いてみた。


「じゃあお酒は?」


「すみません、その『おさけ』っていうのも知らねえんですが...」


やはりそうみたいだ。


「異国の料理の名前です。忘れてください。」


「そうですか。お客さん着きましたよ。料金は三万ベルツです。」


「ベルツカード使えますか?」


「もちろんです。お預かりしますね」


このカードは無制限に使えるらしい。恐るべき死神パワー。


「ご利用ありがとうございます。くれぐれもお気をつけて」


「ありがとうございます」


礼を言ってタクシーを降りると、目の前にはレンガ造りの豪邸があり、表札には「稲越」と書いてあった。

死神は準備がいいな、とつくづく思った。



バッグの中に入っていた鍵で家に入り、玄関の明かりをつけた。


「ただいまー」


初めて入る場所でこう言うのは違和感を感じる。


もちろん、「おかえり」と言ってくれる家族はいないのだ。

なんだかさみしい気分になる。

しかしその時、


「おかえりー」


と、声がした。幻覚ではない。


「だ、誰かいるんですかー」


っとおそるおそる聞く。


「いないよー」


と返ってきた。馬鹿げた返事がなおさら怖い。


 (殺人事件ですよ。ここら辺の街で多発してるんです)


さっきのタクシー運転手さんの言葉を思い出し、背中に冷や汗が滲む。


そっと靴を脱いで家に上がり、足音を消しながら奥へと向かった。

暗い廊下に光が漏れ出している部屋がある。そこにいるのか?


その部屋にいるのが空き巣犯か猟奇的殺人鬼なのかはわからないが、


 (きっと大丈夫だろう)


謎の自信が湧いてくる。

短い時間にあまりに多くのことが起こって、僕の危険察知能力は麻痺していた。


勇気を振り絞る間も無く扉を開け、部屋に踏み込んだ。


足元にあったのは死体...


ではなく、ポテトチップスの空袋だった。

それも一つではない。

数えきれないほどの空袋、コーラの空き缶、カップ麺のゴミが散乱していた。


そして部屋には微かに生ゴミ臭が漂っている。最悪だ。


その広い部屋の隅っこに、テレビの前に座ってゲームをしている「物体」がいた。


黒いパーカーとフードを被っており、顔は見えない。


「おい、ここは俺の家だぞ。なにやってるんだ」


凄んだ声で言ったつもりだったが、俺の声は震えていた。


数秒の沈黙。


テレビだけがシューティングゲームの鮮やかな映像を流し続けていた。


ふと「物体」がこちらに振り向いた。


黒いフードから覗いたのは淡い紫色の髪と、驚くほど白い肌。


あの黒い物体の正体は華奢な少女だった。


彼女はポテチを頬張りながら


「おかえり」


とモゴモゴ言った。俺は唖然としていた。

その少女はしばらくポテチを咀嚼し、飲み込んだ。次の瞬間、彼女は俺の目の前に飛び込み、土下座をしてこう叫んだ。


「人の家に勝手に入り込んで申し訳ありませんでした!!」


大声に威圧され、俺は反射的にあとずさりした。

G(ゴキブリ)が急に足元に現れたときと同じような感じだ。


少女は土下座しながらこう泣き叫ぶ。


「私、ホームレスなんです!どうか警察には言わないでください!お願いします!警察だけは!」


そう泣きながら少女は俺の腕にしがみついてきた。


「離せ!なんで俺があんたの言うこと聞かなきゃいけねえんだよ!」


俺は必死に振りほどこうとしたが、少女の掴む力は強かった。


「こいつヤバイ!マジでG(ゴキブリ)並の生命力だ!」


「おねがいぢまづ!げいざづだげはやめでぐださい〜!」


とうとう少女は涙と鼻水で濡れた顔を俺のTシャツにうずめてきた。


「なんだこいつ!きったねえ!」


「ああおおおおんん」


少女は引きちぎれんばかりにシャツを引っ張り始めた。

そして俺のシャツで鼻をかみはじめた。


俺はその時点でギブアップ。


「あぁ、もうわかった落ち着けって!俺の負けだから!その鼻かむのだけは勘弁!」


少女はとうとう俺から離れた。


 〈第二ラウンド開始〉


まだ戦いは終わらない。双方が睨み合う。まるで相手の先手を待つ蛇と蛙のように。

少女は細く、俺よりひとまわり小さい。

どこからあの怪力が出てきたのかわからなくて余計に怖い。


およそ1分が経過した。なんなんだこの時間は。


先に口を開いたのは少女だった。


「私捨て子なんだ」


涙で腫れた目はさっきの力強さを失って、哀愁を漂わせていた。


「ってことは家族はいないのか?」


「全員いない。家もない」


よく見てみるとパーカーは色褪せていて、よれよれだ。

靴下にも穴が空いている。体が細いのも食べ物が無いからなのか。


少女の物悲しげな目は鋭く俺を貫いていた。

俺は急に少女が不憫に思えてきた。


「...仕方ないなあもう!いいよ、じゃあここで暮らしても」


「ありがとうございま−」


「しかし条件付きでな。しばらくあんたにはとことん働いてもらうことにしよう」


すると少女は頬を赤らめ、


「働くって..体目当て?!私はそんなの絶対イヤ!野垂れ死ぬ方がマシ!!」


少女はピューンとカーテンの裏に逃げた。誤解とはいえこうも嫌がられると流石に傷つく。


「いやなんでそういうことになるんだよ!俺はその...海外から帰ってきたばかりで、わからないことだらけで、助けが必要っていうかなんというか...」


そう。この世界は本当にわからないことだらけだ。仲間は欲しい。


「なーんだそういうことか。私この街についてはかなり詳しい方だし、力になれると思うよ」


少女は偉そうに俺の方に近づきながら言った。

その目は先の活気を取り戻していた。

さっきまでの号泣は演技だったのかと思ってしまう。


「じゃあそういうことで契約成立でいいか?」


「いいよ」


これで一段落ついたか。転生早々ヤバいトラブルにぶち当たったもんだ。


「じゃあ明日からバンバン働いてもらうからな」


「その前に最新のゲーム機と、ゲーミングパソコンとポテチとコーラを買って」


「はい?」


「聞こえなかった?新型PPとゲーミングPCとポテチとコーラ。こんな豪邸に住んでるくらいだから買えるでしょ?」


「お前居候の立場でよくそんなことが言えるな!」


少女はニヤリとほくそ笑んだ。


「私に逆らうんだったらあんたに色々とヒドイ事されたって町中で叫び回ってやるけど、いいの?あんた頼れる人もいなさそうだし。あんたこそ自分の立場考えたら?」


「ッ!」


なんてひどい脅迫なのだ。この少女、力関係をいともたやすく逆転しやがった。


しかし言われた通り、転生したての弱者の俺は従うしかない。


「ちっ、わかったよ」


死神さんがくれたベルツカード、無制限に使えるって言ってたしこれくらいは大丈夫だろう。

俺はスマホで言われた通りの注文をし、購入完了画面をその子に見せつけた。


「どうだ。これで満足か?」


「おお!やったー!新型PPだ!」


少女は飛び跳ねて大喜びしている。

どうやら俺のことよりもゲームのことで頭がいっぱいらしい。


「俺は稲越陸斗。十七歳。あんたは?」


「私は木神このがみ玲奈れな。年は同じ。」


彼女は顔も合わせず、テレビでゲームの続きをやり始めた。


まったく...こりゃめんどうな奴に出くわしたみたいだ。


 こっからどうやって世界を変えればいいんだよ...


俺は心の中で死神に対して独りごちる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ