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第一話

カフェイン:アルカロイドの一種。興奮作用を持ち、世界で最も普及している精神刺激薬。覚醒作用、解熱鎮痛作用、強心作用、利尿作用を示す。コーヒー、茶に多く含まれる。


カフェインは労働者にとって必需品だ。


イギリスの産業革命時代、充分な睡眠を与えれなかった労働者たちは、コーヒーのカフェインでなんとか目を開き、働いていた。そして現在に至るまで、どの国の労働者もそうしてきたはずだ。

カフェインのお陰で人は働き、経済は発展し、人類は進歩したのだ。カフェイン万々歳!


だが、カフェインの普及は人類に幾分かの「副作用」をもたらした。


言わずもがな、カフェイン中毒者の激増である。


カフェインはそもそも、適量で効果を発揮する。

過剰な摂取は不眠症、消化不良、痙攣を引き起こす。また、カフェインは非常に強い中毒性があり、それは大麻よりも強いとも言われている。

俗に言うレッド〇ルや「魔剤」を阿呆みたいに摂取し、動悸が止まらなくなったりという健康被害を訴える中高生が増えているらしい。


なんとも馬鹿らしい話だ。


俺は稲越陸斗いなこしりくと。都内在住の高校生。


何を隠そう。俺はカフェイン中毒者だ。


しかし前述した阿保あほうどもとは中毒者としての格が違う。

俺は徹底的にカフェイン摂取量を管理し、然るべき時に最大限の効果が得られるように調整している。


だが、年々耐性がつき、必要な量が増えている。結果として、朝昼晩、錠剤を摂るという生活を送っている。


先に断っておくが、俺は睡眠はしっかりとってる。夜の十時に就寝。朝の六時起床。


じゃあなんでこうなったかって?

大袈裟に聞こえるかもしれないが、それは俺という人間の誕生まで遡る。



俺の両親もカフェイン中毒者だった。

両親の出会いも、なかなかのものであったようだ。母が薬局で大量にカフェイン錠剤を買っているところを父が話しかけ、意気投合し、そのまま結婚まで直行したとか。子供の頃はその話を聞いてなんとも思わなかったが、今改めて思うとガチでヤバい。


俺の両親は言うならばカフェインという宗教に取り憑かれたようなものだった。

キリスト教の親が子供に同じようにキリスト教を信仰させるのと同じように、赤ん坊だった俺にカフェインを与えたのだ。


信じられるか?赤ん坊にカフェインだぜ?


最初は1ミリグラム、少しづつ量を増やしていったそうだ。立派な児童虐待だ。

そのせいで今の自分がいる。ひどい迷惑だ。


普通の人は先述の魔剤やらなんやらとの劇的な出会いからそういうものは始まるのだろうけれど、俺は違かった。俺にとってカフェインは空気みたいなものだったのだ。

有って当然、無いなら死。


両親の与えた1ミリグラムのせいで俺の運命は大きく揺さぶられることとなったのだ。



俺はいつ通り薬局にカフェイン錠剤を買いに行っていた。


実をいうと、薬局は毎週行くところを変えている。

前に店員同士が俺を見ながらヒソヒソとなにかを話していたからだ。

無理もない。毎週大量のカフェインを買う高校生は紛うこと無き変人だ。


カフェインの置いてある場所は覚えている。俺は店員の目を盗みながらゴキブリのようにいつもカフェインが置いてある場所へいった。


しかし、そこには置いていなかった。


場所を移動したのかと思ってキョロキョロと探して歩き回るが、見つからない。


品切れかなと思い、ほかの薬局にも行ってみた。


そこでもカフェインは見つけられなかった。

恥ずかしいが、店員に聞くことにした。


「カフェインを探してるんですけど…あの錠剤タイプの」

「カフェイン錠剤は薬物指定法の制定で全国で販売禁止になりましたよ。ニュース見てないんですか」


店員が冷たく告げる。


「え...薬物指定法...なんだそれ」


その物々しい名前に心臓がヒヤリとする。


家に走って帰り、テレビをつけると、その時まさに薬物指定法についてのニュースが流れていた。


薬物指定法とオブラートに包んでいるが、内実はカフェイン禁止法だった。

コーヒー系はもちろん、カフェイン錠剤、コーラ、エナジードリンクが全面的に禁止されたみたいだ。


普段ニュースを見ない俺はこの時初めて知った。

そしてその分ショックが大きかった。


テレビによると、薬物指定法に対する暴動が国会議事堂前で起こっているそうだ。


目を充血させたカフェイン中毒者たちがプラカードをもって叫んでいる。呂律が回っていなく、意味不明な言葉を叫んでいるようにしか見えない。少し怖い。


まあ日本人の大半がカフェイン中毒みたいなものだからそうなるのは必然だろう。


政府は、カフェインが精神的にも肉体的にも健康に悪いという研究結果に基づき、この法を作り上げたそうだ。


たしかにあの暴動の映像を見ればカフェインが精神的に悪いというのは納得できる。


でも俺の身体は納得できない。


俺はすぐに家中をまわってカフェインを探した。しかし、カフェインは全部尽きていた。


両親は海外出張でいないし、どうすればいいんだ。


無駄だと思いつつもアマゾンで「カフェイン」と調べるが、出てくるのは怪しいアロマセラピーの商品ばかり。カフェイン中毒者を狙ったものだとすぐわかる。


気持ち悪い汗がシャツに滲んでいく。


イライラして机を思いっきり蹴った。上に置いてあった文房具が床に飛び散る。

俺はこの時すでに発狂していた。カフェインがもうどこでも手に入れられないと考えるだけで胸が苦しかった。


それに追い討ちをかけるようにカフェインの禁断症状が出る。長い時間カフェインを取らないと精神がおかしくなってしまうのだ。手の震えが止まらなくなり、呼吸も心拍数も上がっていく。



気がついたら俺は真っ白な部屋に寝っ転がっていた。

立ち上がって辺りを見渡してみる。

本当に真っ白で、この部屋がどこまで続いているのかわからなかった。 


「気がつきましたか」


突然後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには、黒髪で、見るだけで凍えるような青い眼をした女の人が立っていた。黒いドレスが似合う、綺麗な人だった。そして目が合うと、その女性は言う。


「あなたは死にました」


カフェインの禁断症状のせいで変な夢でも見ているのだろうか。


「ああそうですか」


とだけ俺は答える。


「あんまり驚かないんですね。大抵の若い人はびっくり仰天したり泣き出したりしちゃうんですけど」


俺は座り込んであぐらをかいた。


「いや驚くも何も、俺は死んでないよ。こうやって俺はあんたと喋っているわけだし。」


女性は陰鬱な溜息を吐いた。その顔はまるで残業を告げられたOLさんのようだ。


「私は死神です。あなたはカフェインの離脱症状によって精神的平衡を失い、家中で暴れまわり、挙げ句の果てに頭を強打し、死亡しました」


何を言っているのか理解ができなかった。


「へ〜」


俺が他人事のように言うと、死神さんはたいそう不機嫌そうな顔をした。


自分はこんな夢を見れるほど想像力豊かだったかなぁと不思議に思った。


「じゃあ俺は死んだってことにしよう。で、死神さんは今から俺をどうするの」


「あなたには2つの選択肢のどちらかを選んでもらいます。1つ目は新しい人生をスタートする。正規ルートね。その場合記憶は引き継がれないけど魂は引き継がれるの。あなたのカフェイン中毒は魂にまで染み付いているっぽいから生まれ変わってもカフェイン中毒者になるわ」


「なんだよそれ。理不尽にも程があるな。もうカフェイン中毒はうんざりだから2つ目の選択肢を教えてくれ」


すると死神さんが急に顔をパッと明るくしてこう言う。


「じゃあ2個目の選択肢で決定ね。もう転生の準備はできてるから」


「おいおい待てよ。どんな内容なのかちゃんと言ってからにしろよ」


何も説明しないで決定するのは怪しい。契約書をよく読ませないでサインさせる詐欺と同じだ。


「あなたが以前いた世界とは全く別の世界に行ってもらいます。身体も記憶もそのまま。」


死神さんはさっきの威勢を失い、小さい声で呟いた。


どうやらどちらの選択肢を選んでもカフェイン中毒者の道は免れないらしい。


しかし、最も重要な問題が残されている。


「その世界にカフェインはあるのか」


俺がそう言うと、死神はバツが悪そうな顔をした。


「いやそれが...」


「いやいや死神さん!カフェインなかったら俺生きていけないのわかってます?」


死神は少し考え込み、こう告げた。


「あなたが転生しようとしている世界にカフェインは一応ある。でもそのカフェインの唯一の供給源である『サファ』全て上流階級に独占されているの」


怒りがこみ上げる。


「『一応』ってなんだよ!サファだかなんだか知らねえけどそれじゃあ俺が飲めねえじゃねえか」


「話の続きを聞いて。私たち死神にはその世界の状況に直接手を加えることはできない。だからあなたにその世界を変えてもらわなくちゃいけないの」


「変えるって言っても具体的に何をするんだよ」


「カフェインの平等を取り戻す。ただそれだけでいいの...」


いつの間にか死神は涙目だった。

こぼれた一粒の涙は、これが夢ではなく現実であることを俺に知らしめた。

死神は真っ黒のハンカチで涙を拭き取り、話を続けた。


「取り乱してすみません...その世界が私の生まれ故郷なので」


なんか気まずい雰囲気になってしまった。


「でも別に俺じゃなくてもいいんじゃないの?よくわかんないけど」


涙声で死神は喋る。


「あなたは十分若いし、カフェインやコーヒーの知識もあるから適性が高いんです。そう上が判断したの。」


「そりゃどーも」


「あなたの分のカフェインはあっちの世界にいる私の手下に仕送りさせるわ。お願い。私の故郷を救って。」


青い眼から溢れる涙はやはり幻惑的で、断れそうにないように思えた。


「わかったわかった。行こう。その世界に」


受け入れがたいが、一種の人助けと思えば悪くはないか。


俺は立ち上がり、手を差し出した。死神は小さな両手で強く掴む。


「本当にありがとう。また会えることを」


「それは俺がまた死んだ時かな?」


その返事を聞く前に暖かい光に包まれ、視界が歪んでいった。

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