神社
ふたりで散歩をしている。季節は秋に差し掛かり、いくらか凉しくなってきたので、少し遠いところまで足を延ばした。
「この道を行くと神社がある。木々が生い茂っていて落ち着くところなんだ。」
しばらく進むと視界が開け、右手に森が出てきた。森に向けて坂道を登ると鳥居が見える。
「見えてきた。あそこだ。」
鳥居をくぐり、50段程の階段を上がって境内に入る。
大きめの広場に、拝殿、摂社、手水舎が建っている。周囲は木々に囲まれており、御神木が拝殿の左手に立っている。住宅地のすぐ側だが、木々に遮られて家屋は見えない。
「街の中にこんな場所があったのね。」
「ああ、疲れたらここに来る。木々に囲まれていて落ち着くんだ。」
「うん、なんとなくわかる。」
賽銭を納め、鈴を鳴らして拝礼する。摂社と御神木にも拝礼した。
「子供の頃、一緒に神社に行ったの憶えてる?」
「いや」
「盆踊りに行ったのは?」
「ああ盆踊りなら憶えてる。君を見失って困ったんだ。」
「もう、変なところばっかり憶えてるんだから。盆踊りの場所が神社よ。」
彼女は頬を膨らませた。
しばらくして物憂げに彼女が言う。
「わたしね、嫌なことがあると神社にお参りするの。それでね、御神木に抱きついて音を聴いて。ぽこ、ぽこって鳴るのよ。すると落ち着いてね。それで、忘れることができた。」
いつも明るく振舞う彼女だが、忘れられない苦い経験がある。そう感じた。
彼女は御神木を見ている。僕は彼女を見る。
「あとは、ね。」
憂えた目で彼女が僕を見る。そして僕に抱きつく。
「あきくんに会いたいって願って。願いが叶ったの。」
彼女の眼に涙が見える。
僕は、どうすればいいのか悩んでから、彼女の背中に手を回した。
☆
その夜、夢を見た。子供の頃の記憶。
昨日、彼女と神社へ行ったからだろうか。
浴衣姿の少女が駆け寄り、僕の腕を掴む。
「いくよ!」
元気な声と共に僕の腕を引っ張り、道路を駆け出す。狼狽しつつも僕は歩幅を合わせた。
次第に盆踊りの音が大きくなり、祭りの灯が見えてくる。少女は目を輝かせてさらに歩みを早める。
祭りが見える交差点に着き、信号待ちをする。そこから見える幻想的な景色に、僕は驚きの声を上げる。櫓を中心に四方に提灯が幾つも下がり、周りには屋台が並び、櫓のまわりで色彩豊かな浴衣姿の女子が踊る。黄昏の中で浮き上がるその景色は幻想に見えた。
交差点の信号が青になるが、僕は景色に見とれて立ち尽くす。信号が赤に変わるとき、少女の文句を聞いて我に返った。
交差点を渡り会場に入る。
いつの間に買ったのか焼き串を手にした少女が僕に駆け寄り、食ってろと焼き串を渡すと、踊ってくると言って輪に混ざる。目で追い掛けるが、すぐに少女の姿を見失った。
「何処に行ったのかな」
しばらく探したが見つけられない。立ち止まって踊りを眺めていると、母が来て、大きな朝顔の浴衣と教わった。しかしその後も少女を見つけることができない。
諦めて周りの屋台を見て、母から貰った小遣いを握りしめた。
綿飴の屋台に並ぶ。どの袋にするか聞かれ朝顔を選んだ。綿飴の袋を渡され、小柄な僕には大きくて両手で抱えた。
「さてどうしようかな。うーん、待っているかもしれないから戻ろう。」
小走りで交差点のほうに向かう。その途中、踊りの輪から抜け出して少女が駆けてきた。僕は少女の姿を見て立ち止まる。
「帰る?」
「任せるよ。」
僕は少女を見る。浴衣の紫の大きな朝顔を見て頷いてから、祭りに視線を向ける。
「綺麗だね。」
祭りの華やかさを忘れないようにゆっくりと周りを見てから、再び少女を見る。少女は身体を背けて俯いており、横顔が見えるが前髪で目が隠れている。頬が赤いのが見える。
「どうしたの、気分悪い?」
僕は彼女のそばに寄り背中に手を当てる。少女はビクッと身体を震わせた。少女は俯いたままで僕のほうに向く。
「ううん大丈夫。何か買ったの?」
少女が僕の抱えている袋を見た。目を見開いてから再び身体を背けた。
「綿飴を買ってくれたのね?、帰ってから食べましょ。」
少女は僕の腕を掴み、引っ張るように歩き出す。家に着くまでの間、少女は顔を背けていた。
家に着き、綿飴を二人で食べる。
綿飴が入っていた袋を、少女は大事そうに抱えている。
☆
彼女が目を覚ます。
おはようと声を掛け、盆踊りの夢を見たと伝える。
「君が綿飴の袋を大事そうに抱えていた。」
「うん、まだ持ってる。」
「大きな朝顔が描いてあった。君の浴衣と同じで。買わなくちゃって思ったんだ。」
「ん。」
「君が駆けてきたとき、ホッとした。忘れられたと思ってたよ。」
「うん忘れてた。友達が気がついて思い出したの。」
「おいおい。」
「あのあと友達から冷やかされたわ。顔を真っ赤にして、男の子と手をつないで出て行ったって。」