おやすみ
今日、僕と彼女は夫婦となった。僕達は従姉弟で、叔父さんから彼女を貰ってくれと言われ、一緒に僕の家に帰って来た。今はテーブルを挟んで顔を合わせている。
「少し遅くなったが夕食にしよう。」
駅で弁当を買ってある。
「この辺りでは有名な弁当なんだけど、食べたことあるかな。」
「ううん。」
「僕が食べたのはずいぶん前に1回だけなんだ。どんな味だったか忘れたよ。」
「お茶を入れるわね。」
「ああ、ありがとう。」
あらかじめ水を入れてあった電気ケトルのスイッチを入れ、インスタントのお茶を用意し、お湯が沸いたらマグカップに注ぐ。その作業をする彼女の姿を眺め、こういうのもいいなと気持ちが和らいだ。
「じゃあ、食べようか。」
「はい。」
「「いただきます」」
手を合わせ、ふたり揃っていただきますと言う。不意に懐かしい感じがした。
「このタケノコおいしい。・・・あきくんどうしたの?」
「君とふたりで食べるのが懐かしく思ったんだ。」
「あきくん来た時はいつも一緒に食べているよ?」
「うーん、そうなんだけどね。」
考えるのは後にして食べることにした。彼女も箸を進めている。
「このタケノコ、旨いな。」
「うん、おいしいね。」
彼女は美味しそうにご飯を食べる。その姿を見て僕は嬉しくなった。
食後、ふたり並んでテレビを見る。座っている距離と同様に、ふたりの心の距離は微妙に離れている。だが、いくらか緊張が解れたのだろう、いつもの程度には会話が出来た。話の内容はいま見ているテレビに関することで、話題を提供したテレビに心の中で感謝した。
風呂を軽く掃除し、お湯を張るためのボタンを押す。
「風呂に入るだろ? もうすぐ用意できる。」
「うん、入る。」
彼女はもじもじとしている。
「どうした?」
「ん、なんでもない。」
恥ずかしいのか顔が赤くなる。僕も意識していないわけではない。鼓動が早い。
「覗いたりしないから落ち着いて入って。ボディソープとシャンプーは見れば分かるだろう。バスタオルは出してあるから。着替えはあるよね?」
「うん持ってきた。先に入るね。」
彼女はそそくさと風呂場に向かった。うちの風呂に女性が入ることに妙な気になる。湯を掛ける音が聞こえ、どうしても意識してしまう。しばらくして、風呂から上がった彼女が桃色のパジャマ姿で出てきた。湯上りで上気した彼女の姿を見て鼓動が激しくなる。思わず目を逸らした。
「じゃあ、僕も入るから。」
「うん。」
風呂に入る。彼女が入った直後と思い高揚し、なぜか入念に体を洗いたくなる。なにがあるわけでもないが、彼女が待っていると思うと急がなければならないと思い、何も考えず我武者羅に体を洗った。
風呂からあがり、パジャマを着て居間に行く。気恥ずかしくてパジャマ姿の彼女を直視できない。
「お揃いね。」
「え?」
「パジャマ。」
色が違うが柄が一緒だ。先日、母から貰ったパジャマだ。母の悪戯だろう。
「これは先週、母さんから貰ったんだ。君も?」
「お母さんから、新しいの持っていけって。」
「やられた。」
「わたしは嬉しいかな。」
彼女が笑顔を見せる。その笑顔を見て嬉しくなる自分を感じた。
僕は彼女から少し離れたところに座る。彼女が近づいてきて、ふたり並んで座る。触れそうで触れない微妙な距離だ。どうしても彼女を意識してしまう。
「お揃いで恋人同士みたいね。」
「ん?、ああ。」
「たくさんデートしたいな。」
「そうだな。」
しばらく無言の時間が流れる。少し緊張しているが不快ではない。触れてはいないのだが彼女の温もりを感じた。
「お風呂と言えば、子供のころに一緒に入ったわね。」
「あまり覚えていないが、水鉄砲で遊んだと思う。」
「うん。あきくんに小さいほうを渡して、いつも最後はわたしが勝つの。あとはね、、」
彼女が話し、僕はそれに合わせ、しばらく話しをした。
「あきくんはなにか憶えてる?」
「ああ、衝撃的だったのがある。まあ一緒に入ったとは言えないかもしれないが。」
「え?」
「あれは中学の頃かな。僕が湯船に浸かっていると君が裸で入ってきたんだ。僕は慌てて飛び出した。」
「あっ」
思い出したらしい。彼女の顔が真っ赤になる。この話を続けていいのか迷ったが、なんとなく意地悪したくなり話を続ける。
「君がなにも隠さずに真っすぐ湯船に入ってきたから身体が丸見えだった。それから湯船に入るときに足を上げるから、見えてはいけない部分まで見えてね。」
彼女の顔がさらに赤くなった。少し俯いて彼女が答える。
「なにか忘れてしまったけど、そのときどうしてもあきくんと話しがしたくて、出てくるのが待てずに乗り込んだの。」
☆
彼女が眠そうに僕に寄りかかる。そろそろ寝るかと思ったが、はたと気がついた。浮いた話のない一人暮らしだった僕の家には、当然のように寝具は1セットしかない。
「ベッドがひとつしかない。」
「一緒に寝る?、夫婦なのだから。」
彼女は恥ずかしかったのか、両手を頬にあてて俯く。
「君がベッドを使って。僕は毛布を敷いて居間で寝るから。」
「わたしが居間で寝る。あきくんの家だもの。」
「いや、今日からふたりの家だ。女性を床に寝かせる訳にはいかない。君がベッドを使ってくれ。」
彼女は不満そうな顔をする。
「わかった。だけど明日はわたしが毛布で寝る。」
「ああ、わかった。」
彼女の意思は硬そうに見える。ここは素直に従うことにした。
彼女を寝室に案内し、クローゼットから毛布を取り出す。見ると彼女はベッドに座って俯いている。
「あきくん?」
「ん?」
「わたし不安なの。これは夢で、目が覚めたら全て無くなるんじゃないかって。あきくんが一緒に行こうと言ってくれたのが嬉しくて、嬉しいから本当なのかなって。」
彼女の寂しそうな雰囲気に惹かれ、僕は彼女の隣に座る。
「だからもう少し一緒にいて。寝るまででいいから。」
「わかった。」
彼女がベッドに横になり、手を伸ばして僕の手を掴む。
「まだ居てね。」
「ああ、居るよ。」
「おやすみなさい。」
「ん、おやすみ。」
疲れていたのだろう、少ししたら彼女は寝息を立てていた。