持ち帰る
今日、僕達は夫婦となった。
妻となる彼女がいま、僕の家で座ってお茶を飲んでいる。
彼女は幼い頃に一緒に遊んだ従姉だ。同年だからか姉弟のように仲がよかったらしい。成長につれて次第に距離を置くようになり、成人となった今では、出会えば話をする程度で二人きりになることはない。当然だが艶のある話などはしない。親しいかというと友達未満だったと思う。
僕の両親は毎年お盆に帰郷し、父の生家である叔父さんの家に数日宿泊する。すなわち彼女の家だ。幼少期の僕は当然だが一緒についていく。成人して親元から離れ一人暮らしをしている今でも、毎年泊りにいく習慣は変わらない。そのため僕は彼女と毎年1度、数日間の接点がある。
今年もお盆に合わせて帰郷となり僕も一緒に来た。今までと同じように叔父さんの家に泊まり、親戚に挨拶などの用事を済ませて一人暮らしの自宅に帰ったのだが、彼女を持ち帰るに至る。
僕は女性と恋人として付き合ったことがない。苦手でも興味が無いわけでもないのだが、恋愛感情を抱くほどの交遊関係に至らない。最近では女性と親しくなるのが煩わしく思うようになっている。
家までの彼女との道中は、家に帰る目的があったためそれほど気にならなかったのだが、部屋の中で二人きりとなりどうすればいいのか分からなくなった。助けを求めるように彼女を見るが、彼女は目を伏せて静かにお茶を飲んでいる。
テーブルの上にもうひとつマグカップに入ったお茶が置かれているのに気がついた。彼女が入れてくれたのだろう。彼女の前に座り、ありがとうと呟いてからお茶を一口飲む。少し落ち着いた。とりあえず何でもいいからと彼女に話しかけることにした。
「いまさらだが自己紹介をしないか。従姉弟で幼いときから知った仲だが、好みについてはあまり知らない。夫婦になるのだから、取り急ぎ食べ物の好き嫌いくらいは知っておきたい。」
彼女は頷いた。僕から話し始める。
「僕は大島昭25歳、12月生まれ。株式会社〇〇に勤務するサラリーマンで、仕事はITエンジニア。月収は手取りで○万。趣味は特には無い。食べ物は唐揚げとラーメンが好きだ。嫌いな物は特にはない。」
「わたしは高田恵美。これからは大島恵美ですね。9月生まれの25歳。高校を出てから地元の〇〇産業で事務をしていたけれど、少し前に退職したの。趣味は・・・料理かしら。あとは散歩?、景色を見ながら歩くのが楽しい。好きな食べ物はフルーツ全般。嫌いな食べ物は、苦いもの?、にがうりは苦手。ピーマンは食べれる。」
「これから、よろしくお願いします。」
僕から頭を下げ、彼女も続いた。
「これからなにが必要なのか、遠慮せずに話し合っていきたい。僕達は夫婦なのだから気楽に行こう。」
「うん。」
僕は彼女にそう伝えると共に、自身に言い聞かせた。
☆
半日ほど前になる。
彼女の実家にて僕が帰る準備をしていると、叔母さんが昼食をどうするか聞いてきた。
「もうすぐ帰るのでしょ? お昼ごはん食べて行きなね。」
「あ、はい、ありがとうございます。頂きます。」
「加奈子さんは実家に泊ってから帰るそうだから、あきくんは先に帰るのね。」
加奈子とは僕の母だ。叔母さんは母と学生時代からの友達と聞いている。ちなみに叔母さんは父の妹だ。
「ええ、一人で先に帰ります。」
「何時ころ出るの?」
「13時には出ます。その次でも帰れますが着くのが深夜になるので。明日は仕事があるんです。」
「あらそう、急がないとね。」
田舎なので、列車を一本逃すと2時間待ちになる。また乗り換えでの接続も悪くなる。
少し早い昼食を皆で囲む。いつものとおりに僕の右隣に彼女が座る。うっすらと化粧をしてオシャレな服装をしている。この後どこかに出掛けるのだろうか。
彼女の隣りから、彼女の妹、叔母さん、叔父さん、父さん、母さんと座っている。なお、以前は彼女の弟がいたが既に家を出ている。
食事中の会話はなぜか僕の生活についての質問が多かった。親元から離れて通勤しやすい場所にひとり暮らしをしている。裕福ではないが不便もない。親の勧めで少し大きめのマンションを借りており、家賃が少し高いとは思うが、他に使うこともないので僅かだが貯金もできた。好いている人はいないのかと聞かれ、正直にいないと答える。
食事が終わったとき、叔父さんが姿勢を正して僕に声を掛けた。そのただ事ではない雰囲気に僕は正座をして構える。
「あきくん、恵美を貰ってくれ。君なら信用できる。」
恵美を貰うとは?。予期していなかった言葉に少し思考する。叔母さんがもっとちゃんと言わないとと言っているのが聞こえた。
「貰うとは、連れて帰れということですか。」
「そうだ。」
「すなわち、夫婦になれということで?」
「そうだ。」
僕は父母を見る。父は目をつむり、母は僕を見ている。この話が出ることを知っていたのだと感じた。
「恵美ちゃんは望んでいるのか。」
僕は彼女を見る。彼女は僕を真っすぐ見ている。強く望んでいる、そんなふうに感じた。そして彼女が答える。
「はい。よろしくお願いします。」
思案する。
一人で生活するほうが気楽では。そうかもしれないが家族以外に誰かと暮らしたことがないので分からない。金銭的な面は大丈夫なのか。安月給のため厳しいが、結婚したら控除があったはずだ。彼女とは親密ではなく幸せに出来るとは言えない。だがそれは今ダメという理由にはならない。一旦一緒になって、ダメなら離婚すればいい。バツイチになったところで僕は女性と付き合う気がないだろう、欠点にはならない。結婚するとして、今から知らない人を探すより気楽に話しかけられる彼女のほうがいいだろう。そもそも理由はなんだ。いや、理由を聞いてどうするんだ。駄目な理由を言うはずがない。
答えを探して、ふと彼女を見る。彼女は僕を見ている。
そういえば子供のころは彼女に付き合わされて振り回されていた。楽しかった思い出だ。大人になりあの頃と同じようにはいかないが、また彼女に振り回されるのもいいのかもしれない。
僕は意志を決め彼女に向けて頷いた。
そして叔父さんに答える。
「わかりました。恵美さんを頂きます。」
叔父さんが頼むと言い頷く。え、いいの?と叔母さんが呟く。母は嬉しそうに父を揺すっているが、父は目をつむったまま何も言わない。
僕は彼女に向き直る。
「一緒に行こう。これからよろしく。」
「はい」
彼女に声を掛け、彼女が嬉しそうに答えた。
父から、任せたと言われた。意味はわからないが重い言葉と感じた。
時計を見ると出発の時刻が迫っている。
「恵美ちゃんの荷物を準備しないと。」
「あ、恵美のはそこに用意したわ。残りは宅配便で送るから。」
叔母さんが答えた。
「了解です。」
僕は恵美を見る。彼女は座ったままこちらを見ている。
「あと10分だけど出れそうか?」
「うん大丈夫、用意してあるから。もう出発してもいいよ。」
「わかった。では、行こうか。」
「うん。」
慌ただしく僕らは出発する。出るときに、また来年来ますと礼をする。叔父さんの複雑そうな顔と、叔母さんのホッとした顔が目に入った。
電車を乗り継ぎ6時間。車中では言葉少なく過ごすが、景色と周囲の雑踏が気を紛らした。緊張していたのだろう、家に着くころには二人ともくたびれていた。
「ここが僕の家だ。さあどうぞ。」
玄関を開けて僕から中に入り、彼女を招く。
僕達ふたりは、これから夫婦になる。