花火
夫婦になり1年が経ち、恵美とふたりで、恵美の生家に遊びに来た。
「ただいま~」
玄関を開けて恵美が挨拶する。
叔母さんが、あらあらと言いながら出てきた。
「ご無沙汰しております」
「あら、あきくん、よく来たね~。お父さん、恵美が来たよ~」
二階から叔父さんが降りてくる。
「聞こえとるよ。おお、よく来たね。遠かっただろ、ゆっくりしていきな。」
「ご無沙汰してます。元気そうで何よりです。」
「お父さん、これおみやげ~。」
「おお、ありがとうな。」
恵美と両親で、玄関でやいのやいの始まった。
僕だけで先に居間に行くと、義妹の美弥ちゃんが、お茶を持ってきた。
「あきくん、こんにちは。」
「よお、ひさしぶり」
「はいお茶。お父さんああなると長いから、ゆっくりしてて。」
「ああ、ありがとう。」
「あたしにはいつもひさしぶりなのね。いつも先におねーちゃんに元気にしてたかって声かけて、その後にあたし。あたしだけなら元気かって言うかと思ってたんだけど、、。やっぱりおねーちゃんが特別なのね。」
「ん?そうだったかな。」
「他にもね、私が話し掛けてもそっけないのに、おねーちゃんだとしばらく話しているの。」
「うーん、美弥ちゃん可愛いから恥ずかしかったのかもしれないな。」
「あら嬉しいわ。」
お茶を飲みながら雑談をしていると、恵美が入ってきた。
「あ~!、美弥ちゃんと浮気してる~」
「お前が遅いから、美弥ちゃんとすっかり和んでたぞ。」
「あ、いいな~、おねーちゃん。あたしもお前って呼ばれたい~。」
美弥ちゃんはその場でくるくる回りだした。姉妹だなと思う。
「この人はね、名前を呼ばないの。わたしずっと、きみって呼ばれてたんだから。いっそう、名前をきみに変えようと思ったわ。だけど最近は名前で呼んでくれるようになって、ね。もう。」
恥ずかしくなったのか、両手を頬にあててくねくねする。
美弥ちゃんは、付き合ってられないと、台所にいった。
☆
「近所のおばさんから線香花火を貰ったの。丁度暗くなってきたし、やりましょ?」
「ああ。子供のころに花火をしたな。君が途中でいなくなって、片付けたら文句言われたのを思い出したよ。」
「え?、違うわよ。あれは、、、」
☆ 回想 昭の視点
「花火をやるよ、あきくんこっちきて~」
居間でうたた寝していたが、恵美の元気な声に目を覚ます。
庭を見るとバケツを運ぶ恵美が見えた。
「窓辺に花火を置いてるから、好きなの選んでいいよ。」
そう言いながら恵美は縁側に腰を掛け、花火が入った袋を開ける。
まだうたた寝から抜けきらない僕に袋のあけ口を向けた。
僕は手前にあった棒をつかみ引き抜く。
「あ、それ綺麗なんだよね、ぱちぱちして。わたしはこっちね。」
恵美はカラフルな巻紙の花火を手にする。叔父さんが用意した蝋燭の火を花火につけ、あざやかな火花が噴き出す。
しばらく花火を楽しむ。
ふと、恵美が僕を見ているのに気がついた。
「火を分けてちょうだい。」
恵美の言葉に、意味がわからない僕は首をかしげる。
「こうするの」
恵美が隣に立ち、火の点いていない花火を僕の花火に合わせる。
花火に火が点き火花がはじける。
僕は恵美を見て微笑む。僕の花火が消え、すぐに新しい花火を持った。
「じゃあ、僕にも分けてもらえるかな。」
恵美が頷いたのを確認し、花火を恵美の持つ花火に合わせた。
使い終わった花火を恵美が片付けると言い、燃えさしをわたす。手伝うよと声を掛けたが断わられる。まだ花火が残っていたが、蝋燭の火が消え、恵美も何処かに行ったので、僕は待つことにした。
「花火はおわりか? あれ、恵美はどこ行った?」
戻ってきた叔父さんから聞かれた。
「どこ行ったかわからない。片付けると言ってたけど、まだやるとも言ってたから、分からなくて待ってる。」
「う~ん、火が消えたし片付けるか。」
叔父さんが片付けを始め、僕も手伝う。
片付け終わる間際に恵美がもどり、まだやりたかったと言うが、そのまま終わりとなった。
☆ 回想 恵美の視点
「じゃあ、僕にも分けてもらえるかな。」
あきくんの花火から貰った火が消える前に、あきくんが新しい花火を持ってきて、火を分けてと言う。
雑誌に、彼の花火から火を貰い、火が消える前に彼が持ってきた新しい花火に火を分けると、両思いになると書いてあった。
恥ずかしくて花火をあきくんとは反対側に向けてしまうが、それは本意ではなく、思わず、あっ!と声を出す。
あきくんが身を乗り出し、わたしの花火から火を点ける。絶妙なボディバランスで身体が触れないように避けているが、抱かれているような体勢になり、互いの顔が数センチの距離にある。
すぐに離れたが、その時間はとても長く感じた。
恥ずかしさから思わず両手を頬にあてようとし、花火の火が落ちる。
「あ、ごめん僕が貰ったから火が消えちゃったね。」
「えっ、違うわ、わたしが。ううん、もう消えるところだったの。だからいいわよ。」
「そうか、よかった。」
あきくんの微笑みと先ほど感じた温もりに胸が高鳴った。
「あ、僕の花火も消えちゃった。」
「あの、わたしが片付けるね。はい、ちょうだい。」
あきくんから火が消えた花火を受け取る。
「片付けるなら手伝うよ。」
「ううん、あきくんはまだ花火やってて、まだあるから。わたしは少し向こう行くね。」
この花火、保存しておきたい。
花火を持って台所に行き、火薬部分を水に浸す。
「おかーさん、袋ちょうだい、これしまっておきたいの」
「なぁに? えっ、花火なんてだめ、火事になるわ。あれ?、使ったのなんて何故とっておくの?」
「水につけたから大丈夫。」
「危ないから、捨てなさい。」
「やだ」
「仕方ないわね。ビニール袋に入れて口をしっかり閉めておいて。」
「うん、ありがと」
ビニール袋に入れて口を閉め、机の引き出しにしまった。
まだ花火やってるかなと庭に出るが、花火はやっておらず、あきくんが縁側に座っているのを見つけた。
「あきくんやめちゃったの? もっと一緒にやりたかったな?。」
思ってなかった状況に納得できず、む~と唸る。
「恵美ちゃん居なかったし、火が消えたから片付けたよ。」
「ねえ、おとーさん。もう一度花火していい?」
「バケツ片付けたよ。もう遅いからやめときなさい。」
「む~、わかった。あした残りをやりましょ?」
「うん、いいよ。」
「やった!」
嬉しくてくるくる回って喜んだ。
☆
「結局、翌日は雨が降って出来なくて、その次の日はあきくん帰っちゃったから、ひとりで花火したの。つまらなかったわ。」
「じゃあ、いまやろうか。」
「うん、やりましょ。美弥ちゃん呼ぶわね。」
「ああ。」
恵美が大きな声で妹を呼ぶ。
「美弥ちゃん、こっち来て~。」
美弥ちゃんが台所から顔を出した。
恵美が驚いた顔をする。
「そんなに大声でなくても聞こえるよ。」
「なんで台所に居るの?」
「あたしだって料理するもの。いつも手伝っているのだから。」
「恵美が行ってから手伝うようになったのよ。良いお嫁さんになるんだって。」
叔母さんが横から口をだした。
「そっか~。で、花火やる?」
「やらない。二人の邪魔になるから。」
「邪魔じゃないよ?」
「ううん、絶対邪魔になる。というか、二人の世界に行って、あたしを忘れると思う。」
「わかった。ごはんお願いね。あきくん、やるよ。」
「ああ。」
ふたりで並んで線香花火をする。
何本かのあと、新しい花火を持ち恵美に話しかける。
「火をもらうよ。さっき意味を聞いちゃったけど、効果があるかな?」
「もう叶ったから意味ないよ。」
「そうかな?」
言いながら昭は恵美を抱き寄せた。
☆
「ごはんだよ~」
美弥ちゃんが呼んでいるが、僕と恵美は肩を寄せて話に夢中になり気が付かない。なお、花火は既に終わっている。
「ほら~、やっぱり二人の世界に行ってる。」
「あらあら、少し待ちましょうかね。」