ポケット
お母さんはよくポケットをぽんぽんと叩く。エプロンのポケットをぽんぽん、上着のポケットをぽんぽん、コートのポケットをぽんぽん。そういえば、にゃん先輩はお母さんのエプロンのポケットのにおいをよく嗅いでいたっけ。中にはハンカチやティッシュがあることが多いけど、ちょっとしたお菓子が入っていたり、ここからが大事だが、猫用のおやつや、煮干しなんかが出てくることもある。大変魅力のあるところだが、何もない時でも先輩はお母さんのポケットの匂いを嗅ぐ。そんな時の先輩はいつも以上におっとりと優しい顔だった。
ある時、お母さんはぽんぽんとポケットを叩きながら、
「ね~、お父さん」
と言った。
別の時は、
「いいお天気だね、にゃん」
なんて話しかけている。どういうことだ? 私は近づいてこっそりポケットの匂いを嗅いだが、それらしい匂いはしない。にゃん先輩はもういないのだ。お母さんのお父さんももう死んでいる。私は疑い深い顔でお母さんを見上げた。そして心配にもなった。別の人間がこれを聞いたら、恐らくお母さんのことを気がおかしいと思うのではないだろうか。そんな私の危惧を見通したように、
「これは秘密だから」
と、お母さんは笑った。何でも、お母さんが自分のお父さんが死んでいくのを見ていた時、お父さんが死んでいくのはどうしようもないのだと思ったのだという。
「だけど、お父さんをポケットに入れておきたい、入れておけるって気がしたんだよ。にゃんの時もそう。にゃんが死ぬ間際、黙って私を見つめていた時、ポケットに入れられる気がしたの」
どう考えるべきか、私はうろうろした。今をまともに生きる人間として、これでいいのかと。しかし、もちろん心の中ではわかっている。心の中は自由だ。何をどう思おうと、それでいいのだ。そんなことより、私もいつかお母さんのポケットに入ることができるだろうか?
「ピイ、私がピイのポケットに入れてもらう日が来るかも」
お母さんは笑った。そうか、誰だっていつ何があるかわからないもんな。だが、待てよ、猫にポケットはあるのか、いや、何か大切なものをしまっておくところ、いつもそばにあるところはどこだ? 何せ、私の大切なママンは訳も分からないうちにが死んでしまった。どこかにしまうも何もなかった……
でも、温かい毛布の中や、月の光や、ひだまりの中、ふとママンに舐めてもらっているような気がする。そんな時はママンが一緒にいるのだと思う。だから、猫にポケットはいらない。それでいいのだ。




