ノック
小さいお姉さんの部屋はお父さんの部屋の隣だったらしいが、小さいお姉さんが東京にいた間に小さいお姉さんの部屋は隣の部屋からあふれ出したお父さんの本やら、がらくたやらで散らかり放題になったので、小さいお姉さんは自分の部屋を放棄した。私が初めてこの家に来た時、小さいお姉さんはお母さんの部屋の隣の和室を使っていた。私はこの和室とお母さんがいるキャットタワーのある部屋とその隣のお父さんとお母さんの寝室を行き来していたが、たまに小さいお姉さんの使う和室のドアが閉まっていることがあった。私はめげずに仁王立ちになってそのドアをひっかく。連続技だ。応答があるまであきらめずにやる。そうすると古いドアはまるでノックをしているみたいに響く。これがかなりの音で、小さいお姉さんは慌ててドアを開けてくれたものだ。だが、小さいお姉さんはまた東京で仕事をすることが決まってしまった。
引っ越しが近づいたある日。
「ねえ、ずずを連れて行っていいかな?」
小さいお姉さんはお母さんに聞いた。
「いいよ、どうぞ」
お母さんは二つ返事で答える。
「ええっ、いいの? 構わないの?」
「構わないよ」
「寂しくなるよ」
「別に」
「嘘だ。それにしても、私にもっと甲斐性があったらなあ。猫がゆったり暮らせる部屋を借りて、世話をしてあげられるのに」
「あはは、早くそうなってね」
「無理だよ」
小さいお姉さんは後ろ髪をひかれつつ、それでも希望をもって東京へ行ってしまった。そう、小さいお姉さんは東京で働いていて、もうここにはいない。が、私としてはちょっと思い出してしまう。特に真夜中になると。そこでお姉さんのいた和室の部屋をしゃかしゃかと始める。私はシャカシャカするだけなのだが、何せ古いドアだから、しんとした暗闇にどんどんどんどんという音を響かせる。
「こら、ホラーじゃないか」
お母さんが私を抱っこする。これを繰り返しているうちに閃いた。こうして、このドアのシャカシャカは鳴いてもお母さんが来てくれない時の私の最終手段その①となったのだった。