プレゼント対決
「ピイちゃんって面白かったよね」
大きいお姉さんが懐かしそうに言った。ピイちゃん? なになに、私のことか?
「面白かったねえ」
お母さんも相槌を打つ。
何のことだ?
「オナガドリがあんなに表現が豊かだとは思わなかったよ」
「うん、驚いた」
お母さん再び相槌。オナガドリのピイちゃん? 誰だ、そいつは? つい、つい、耳をそばだてる。二人の話の様子でおぼろげながらそいつの様子がわかって来た。
そいつ、オナガドリのピイちゃんは、ちょっと前、いや、私がこの家に来る前、というか私が生まれるずっと前に、この家にやって来たそうだ。そいつは、この家の庭に落ちていて、ここのおばあさんに拾われた。おばあさんは、拾ったところまではいいが、その先、どうしていいのかわからない。「ねえ、ねえ」と相談されたお母さんの出番で、何故かこういうことには物慣れているお母さんが、早速練り餌を調達して食べさせた。
「食べるんだから育つよ」
お母さんは基本いい加減である。おばあさんと小さいお姉さんはせっせと鳥かごを用意してオナガドリの子を観察した。
「お水はどうする?」
「飲まないかねえ」
などと二人が言っていたところで、梨を食べていたお母さんが梨を小さく噛んでオナガドリの子に食べさせた。そいつが気に入った様子なので、お母さんは続けてあげていたが、途中でめんどうになってちょっと大きめのかけらをあげたらしい。そして、これがいけなかった。そいつは、目を白黒させ始めた。ちょっとお母さんも焦った。様子を見たが、一向に改善しない。このままでは……ということで、お母さんはそいつを掴んで嘴を開かせ、喉の奥に詰まっていた梨を指で取り出し始めた。聞いていた私は戦慄した。が、どういう幸運か、梨は無事回収され、そいつは事なきを得た。こんな調子でいつの間にかピイちゃんと呼ばれながら、そいつは育ったわけだが、なかなかのつわものだったようだ。居間で皆が集まりテレビを見て笑うと、それに遅れまいとばかりにそいつも大声で笑う。素晴らしい空気の読み方だったらしい。まあ、私はそんな下品なことはしないけどね。で、夜はかごに風呂敷をかけてお休みタイムにすると、そいつはそれが嫌で甘え声を出したり、羽根をたどたどしくばたつかせたりした。これは……少々自分と同じにおいを感じる。ちなみに風呂敷係はおばあさん、かごの掃除もほとんどおばあさんだった。
が、そんな奴に試練が訪れた。おばあさんがそいつの羽根を切ったのだ。おばあさんによると、遠くまで飛べないようにだと言う。勝手な話だ。次に、鼻(嘴の上の方)にメンソレータムをぬった。ちょっとしたいたずらだそうだ。きっと笑われたに違いない。そいつに同情した。その次は、何とくちばしの先をはさみで切ったと言う。舌切り雀もびっくりだ。私は恐れおののいた。これを聞いたお母さんも恐れおののき、おばあさんになんだかんだと言って、ついにそいつの世話を買って出た。が、もともと適当な人である。庭の夏ミカンの木にかごを下げ、夕方部屋に入れる。部屋の掃除を楽にするためだろう。(本人はそいつのためだと言っていたが)一方、小さいお姉さんはおばあさんと共謀してそいつを部屋や庭に出した。ある日よその人が、
「ほら、見て。オナガドリが走って後を追っているよ。仲がいいねえ」
と追われていた小さいお姉さんに声をかけたらしい。後で小さいお姉さんはこっそり言ったそうである。
「あの人、何もわかっていないんだね」
って。
確かに、逃げる小さいお姉さんを、オナガドリが嘴でぱんぱんと音を立てて追いかけていたそうなので、これは穏やかではない。威嚇だ。恐らく、あいつは序列を作っているのだ。順位はおばあさん、お母さん、大きいお姉さん、自分、小さいお姉さんといったところか。おじいさんとお父さんは敵。というのは、隙を見ては鋭い嘴で突撃していったようだからだ。お父さんなどは、居間にいる時は、防御のクッションが手放せなかったらしい。
そのオナガドリのピイちゃんも、かごの出入り口を開くようにして出入り自由にして外に出しているうちに、一度は出て行って戻ってきたが、二度目はもう戻らなかったという。野鳥は飼ってはいけないことになっているようだし、ある程度大きくなれば何とか生きて行けるはずだ。
「ピイちゃんは『頂戴』って手を出すと、餌箱から必ず何か見つけて載せてくれたよね。私なんか、カナブンを手に載せられたことあるよ。焦ったわ」
懐かしがってテンションの上がる大きいお姉さん。
「カマキリもとってたねえ」
お母さんは笑った。オナガドリはカラスの仲間だ。嘴は鋭く(先はちょっと切られたが回復していただろう)、目もいいし、あいつらの瞬発力はなかなか侮れない。そいつは吊るされたかごの中で通りかかる獲物を抜かりなく仕留めていたのだな。なるほど……
だが、プレゼントに関しては、私も負けてはいないと思う。
初めはちょっとした好奇心とお遊び。私はこの家に来てしばらくするとお正月の夜、一階の台所に置いてあった重箱の中から一センチくらいの厚さに切ったニシンの昆布巻きをゲットして、二階の私が寝泊まりしていた部屋の前まで運んだ。階段を上る途中、昆布がほどけて困ったが、昆布はほどけるままにして、中身のにしんをしっかりいただいた。それからは、一階の花瓶から花を運び出した。この作業は気に入っていて、ずいぶん繰り返したものだ。ごみ箱から紅茶のティーバックを運ぶのもやった。豆皿に載った明太子を豆皿ごと運んだり、昆布のおつまみを運んだりした。
こんな私が、ある日、台所にあったシーチキンサラダのシーチキンをこっそり食べていた時のことだ。はたと閃いた。「運ぶ」と「あげる」は違うぞ……私はおもむろにトマトをくわえてシンクから飛び降りた。しかし、トマトは、つるっとすべってしまった。気に入らなくて再びシンクにジャンプし、別のトマトをくわえ、そして、今度こそうまくシンクから飛び降りた。慎重に階段を上って、二階のパソコンに向かっていたお母さんの足元に置く。
何も起こらない……
「なに、これ?」
しばらくして、やって来た小さいお姉さんがトマトに気付いた。
「え、何、うわ、ふむところだったよ」
寄って来た大きいお姉さんも言った。ずいぶん経ってからお母さんが、
「えっ、ええ~?」
と叫んだ。
「そう言えば、さっきピイがここにいたよ」
小さいお姉さんが言った。
「じゃ、ピイが持ってきたの? ひゃ~、ツナサラダが……」
お母さんは慌てて台所に降りて行く。まったく、鈍感だな。それに、お礼を言うなら、私はここ、キャットタワーの上だよ。