ブラックホール
今日、2019年4月10日、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置するブラックホールの影が初めて撮影された。何でも地球から5500万光年のかなたにあって、その質量は太陽の約65億倍だという。強い重力で光さえ飲み込んでしまうブラックホール、その影を撮影できたのだから、人間たちは大騒ぎだ。そうそう、なんで影なんだ、と思ったら、ブラックホールの周囲のガスやちりなどが出す強い電波が赤や白のドーナツ状の輪として示され、その内側には重力の影響で電波が観測できない「ブラックホールの影」が黒い穴のように見えると言うわけだった。ブラックホールの内側と外側の境界は「事象の地平面」などと呼ばれ、それより内側に吸い込まれたものは二度と外に出ることはできないらしい。うわぁ~。とにかくそんな代物を、南米、チリなど、世界六ヶ所にある八台の電波望遠鏡の観測データを約二年かけて慎重に解析したというのだから大したものだ。お母さんはニュースを見ながら、
「へえ」
とか、
「ふーん」
とか、
「ほお」
とか、わかったような、わからないような声を出している。お父さんは訳知り顔で
「地球なんて角砂糖一個の質量しかないんだよ」
と言った。何の話だ、と思えば、地球がブラックホールになった場合の大きさだそうだ。(実際は地球の質量ではブラックホールになんか、なれないのだが)ちなみに、今回撮影されたブラックホールの(影の)直径はおよそ千億キロメートルと太陽系がすっぽりと入る大きさだけど、例えば、質量が太陽と同じブラックホールなら、直径はおよそ六キロメートルになるとされているそうだ。ついでに、ブラックホールの影の直径はおよそ千億キロメートルだけど、いわゆるブラックホールの本体はさらにその内側にあって直径が四百億キロメートルと、影の部分の四十パーセントということだ。
「さあ、寝よ」
角砂糖一個説に感心した風を見せながら、お母さんはあくびをした。今日、お母さんは猛烈な勢いで掃除をしたので疲れたのだ。それを横目で見てうつらうつらしていた私としてはちっとも眠くない。が、お母さんはさっさと寝てしまったので、お姉さんの部屋を訪ねたり、お父さんの書斎(いや、あれはどう見ても物置だな)を覗き、台所に何かいいものがないか見に行ったり、よその猫が通らないか一階の窓から見張ったりしていた。いつもより早いが、寝室に戻る。珍しいことに、夜更かしのお父さんがもう寝ている。午前一時。鳴いてみた。お母さんが体を起こしたので布団の上から膝にのった。真っ暗だ。が、お母さんが私の体をなでると、暗闇の中で小さな光が生まれた。静電気だ。ぱっ、ぱっ、ぱっ……ブラックホールの周りでガスが高音となり発光するその光とはそれこそ桁が違うが、光だ。私たち一匹と一人の質量は地球という角砂糖のいったい何分の一なのか? いや、角砂糖の中の粒の何億分の一、何十億分の一、何百億分の一、いや、何千億分の一、いやいや、まだまだ小さいのだろう。とにかく、どうしようもなく小さいことは確かだ。それでも、こうして抱っこし、抱っこされている。体が触れているところが温かく、お互いの心臓はとくとくと音を立てている。ぴいって鳴けば、ピイちゃんって返事が返ってくる。角砂糖の中の粒一つよりももっと、もっと、も~っと小さい一匹と一人がこんな調子なんだから、どれだけのものがこの世界にあることか。想像もつかない。あれ、寒くなったのかお母さんは布団にもぐってしまった。さて、出窓で月でも眺めるか。