鉱山で拾った女
―ザーラムで一番危険な鉱山 グラナ・ガント―
鉱山入り口付近の坑道。
「てなわけで、俺達ギルドの鉱山は古代の遺跡のある山を掘り進めてしまっていたって訳さ。だから魔物も入り込んでくる。正直言って、町の外の魔物が無害に見えるレベルだ。だから決して迷い込むなよ」
先輩鉱夫の説明と注意事項を受けながら辿り着いた。
「はい、気をつけます!」
この人がかなり良い人で助かった。
「いい返事だ。ここの鉱山は魔水晶が採れる良い鉱山だ。ちょいと見ていな」
先輩鉱夫がつるはしで炭鉱の部屋の一部の壁を穿つ。ぼろっと土が崩れ、小さい紫のかけらが転がり出てくる。
「こうやってこの紫色のかけらを集めるのさ。入り口付近のは純度が薄い。このかけらだと飯一食分になるかならねぇかだが、俺からの選別だ。鉱石のサンプルとして受け取れ」
先輩鉱夫がかけらを放り投げる。俺は慌てて受け取った。その時、脳内に鉱山でつるはしを振るう男達の姿などが浮かぶ。『採掘の基礎スキル習得』と字が浮かんできた。なぜかつるはしの扱いを昔から知っているかのような感覚になる。このようにしてスキルを習得するようだ。
「色々とありがとうございます!」
「良いって事よ。夜まではあと3,4時間くらいある。今日の所は慣れるまでこの辺りで仕事をするんだな」
先輩鉱夫は手を振って去って行った。
ビバ、鉱夫ライフ。働くってすばらしい。俺は無我夢中でつるはしを振るい続けた。無一文なのだから躍起になっているとはいえ、ある種完全歩合制のお仕事。やる気が出ないわけが無い。俺はがつがつ壁を掘り進める。そこそこに色合いがまばらな魔水晶がころころと出てくる。小さいかけらを数えるたびに飯何食分とか数えていた。
一時間も掘り続けた頃だろうか。俺は鉱山の中を軽くうろつきながら掘っていたが、坑道は似たような道が多く、気がついたら完全に道に迷っていた。
ベテランならどうと言う事が無くても、自分みたいな初心者にはとても道の見分けが付かない。先輩鉱夫のアドバイスを思い出していた。
途中で人に出会わなかったのは、元々人手不足だったことを思い出した。魔物のほうに遭遇しなかっただけましだと思うことにした。だんだんと壁の明かりが少なくなっていく。どうやら奥に進んでしまっていたようだ。足元が薄暗くて見えない。
とその時足場がボロッと崩れ、俺は空中に放り出される感覚に襲われた。
…軽く気を失っていたのだろうか。起き上がり目を覚ます。火の明かりは無い。部屋の片隅に白くぼやっと輝く一角がある。真っ暗で他に何も見えないので、明るい場所へ向かった。
白く輝いていたのは大きな水晶。…それも女の子が中に閉じ込められている水晶。
「なんだこれ?」
俺は思わず水晶に触れた。と、俺の手が水晶に触れた箇所からどす黒いもやが入り込んでいく気がした。
水晶にひびが入り、あっという間に砕け散る。中の女の子が外に出てきてどさっと倒れる。彼女が被っていた髪飾りは水晶ごと地面に落ちて砕けた。俺は慌てて女の子を起こそうとした。生きているように見えたから、揺り起こした。
「あ、あの大丈夫ですか?」
女の子のまぶたが小さく動いた。良かった。生きている。やがて女の子が目を覚ます。
「ここは…どこ? あなたは誰?」
「俺の名前は獅子堂 空無。ここは鉱山のグラナ・ガント」
俺の言葉に女の子が怪訝な顔をする。
「鉱山のグラナ・ガント? どう言う事? 私の名前はエルル・アルマーニュ。愛の女神の神官を務める者。私が居た記憶があるのは聖山の聖堂であって、鉱山ではないはず」
「そんなこと言われても、俺にはちょっと…。あぁ、あんたはこの水晶の中に居たんだよ」
俺は床でほのかに拾っていた水晶を指差した。…俺が直接触れたら砕けたように見えた。採集物を包むための布で拾い上げた。そのせいかなんとも無いが、このことは黙っていよう。
「私が…この水晶の中に? どういうこと?」
俺が聞かれてもわかるはずが無い。わかるとすれば、ここが古代の遺跡がだったという話。遺跡=聖山の聖堂と言う公式が成り立つなら…この人は古代人なのだろうか。
その時、聖堂と思わしき居場所からは遠く離れた位置より、魔物と思われる唸り声が聞こえてきた。
「っつ! まずはここから出よう! ここは今、危険な場所らしいんだ!」
俺は拾い上げた水晶の塊の光を松明がわりに歩き出した。
「え、ちょっと。どこへ私を連れて行くつもり? あ、待ちなさいよ!」
最初は厳かな雰囲気を感じたが、そんなことは無かったようだ。ともかく、エルルの手を引いて俺はその場を後にした。
崩れた箇所の方角には壁に明かりがある。つまり人がそこまで訪れた形跡があると言う事だ。俺は助けを呼ぼうとした。その瞬間に俺はエルルが手にしていた蒼玉のワンドで頭をごちっと殴られた。
「魔物に気付かれるでしょうが!」
「じゃぁどうしろと!」
と言う俺達の声に反応したのか、先ほどの遠くの魔物のうなり声がまた聞こえてきた。
「あっ、まずっ! …誰かー助けてくださいー!」
こうなると俺はなりふり構わなかった。4,5分後には天井側の坑道に他の鉱夫がやってきて、ロープを下ろしてくれた。
「あんた、新入りか? よくもまぁいきなり遺跡のほうにぶつかったもんだ。このルートはもう危険だ。立ち入り禁止にするからさっさと離れよう」
「シシドウさん。あの人は何て言っているの?」
「え、エルルさんはわからないの?」
俺には両方の会話がわかる。…よくわからない方法で。彼女は他の人の言語がわからない。嫌な予感がした。彼女のことは黙っておいたほうが良さそうだ。遺跡に居ましたなどとはとても周りには言えない様子だ。
他の鉱夫の人の手助けで、俺達は鉱山を後にした。