冒険者登録
「あれ? 俺はどこから来たんだ?」
俺はきょろきょろと辺りを見回す。ギリシャ観光のときと同じだ。違うのは心境と目的。
「ちょっと、お兄さん。なんだい。まるで迷子にでもなったみたいに」
小太りのおばさんが俺に話しかけてきた。
「すみません。ここってアウラ・ノヴァであってます?」
「アウラ・ノヴァは世界の名前さね。さてはおのぼりさんかい? この町のギルドならあちらだよ。ようこそザーラムへ。食事ならうちの店においで。歓迎するから」
そういうと小太りのおばさんは去って行った。チラシの紙を一枚手渡されて。
俺はチラシを覗き込む。何が書いてあるのかわからない。と思ったが、ぼやーっと翻訳された字が見える気がする。
「ん、なんだ。字が読めるぞ!」
俺はチラシを手に感動していた。
「え、あの人そんなことで喜んでいる…」
「かわいそうな人なんだよ、きっと…」
そんなひそひそ話をしながら通り過ぎる二人組みを尻目に、俺は通りの脇にどいた。大通りだから人通りが多くて目立っていたようだ。ただでさえ周囲から浮いた服装だ。勝手もわからない土地で変に目立つのはまずい。それはそれとして、
「え、本物の転生モノ? マジですか?」
始まりのイベントを観光イベントと勘違いをして飛ばしてしまった感。チュートリアルなしでいきなりゲームを始めてしまった感。操作方法がわからないゲームを手探りでしている感覚。…死んだらどうなる? いわゆる死に戻りは可能なのか。…そもそも死にたくない。そうだ。慎重に行動しよう。
わくわく感と得体の知れない不安。現実感が無い分、より危険な状態。
現状確認。現在地は不明、所持金0円(通貨単位は何ですか?)、自分ができること…何?
詰んだ。いきなり手詰まり。ゲームで言うところの自由度が高すぎて、次どこへ行ったらいいか、何をしたらいいかがわからない状態。
大事なのは最初にどこへ行くべきかだ。ゲームのセオリーなら話にあがったギルドかな。たぶん仕事の斡旋所の役割もしてくれるはず」
俺はもう一度チラシを見る。チラシの地図には目印のお店のほかに、この辺りの周辺地図も載っていた。参考にしてギルドを目指すことにした。
―冒険者ギルド ゼカイア―
それは全ての冒険者の憩いの場。冒険者としてのステータスの管理のほか、仕事の斡旋や受注。仲間探しなどを行う場所。彼らの活動の拠点だ。
ギルドを見つけるのはさほど苦労しなかった。地図があるは大きい。
俺は入り口の羽扉を開けて建物へ入った。一見すると酒場と雰囲気は大差ない。
室内に看板は無い。どこへ行けばいいのだろうか。受付らしき場所がある。そこに居るお姉さんに聞いてみるしかない。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」
白いローブに身を包んだこぎれいなお姉さんがカウンターの向こう側に座っている。
「はい、なんでしょうか?」
お姉さんが俺の顔を確認しながら返事を返してきた。
「冒険者になるにはどうすればいいんでしょうか?」
これまでに聞いた言葉は冒険者志望と炭鉱の鉱夫志望。職業斡旋を受けておかないと、その日の暮らしすらままならない。所持金0。つまりこのままでは死ぬ。
「はい。それでしたら、この用紙に必要事項を記載の上、こちらに提出をお願いいたします。また、冒険者志望の為のいろはと、最低限必要となる契約事項の用紙がこちらとなります」
受付のお姉さんが複数の紙を渡してきた。
「ありがとうございます!」
俺は礼を言うと即座に建物内の空き椅子に座った。受け取った紙の一つは申込用紙。簡単な略歴を記す為のもののようだ。身分を証明する必要が出たらどうしよう。出身地の証明の仕様が無い。事務手数料とかが必要になったら、それはそれで終わりだ。
自分の情報を書き込もうとして手が止まる。どんな字を書いたら良いのか…を思い浮かべたら、側に見慣れない言葉が思い浮かんだ。なんとなくそれらの字を書き込んでいく。
次に冒険者の心構えという箇条書きの用紙を手に取る。
①冒険者たるもの、必ず生還すべし
②冒険者たるもの、クエストで生計を立てるべし
…んん、いきなりなんだろうと思うような一文が出てきた。何を伝えようとする一文なのかニュアンスがわからない。手にした紙にはまじめそうな内容が続くので、一旦飛ばす。
最低限必要となる契約事項の紙に移る。
①私は死亡した場合、救出者へ所持金の半分を提供いたします。
②私は同一クエスト受注者が居た場合、彼らと協力する事を良しとします。
③反社会的活動には手を貸さないことを誓います。
…つらつらといろんな記載事項がある。箇条書きにして30項目以上。中には意味のわからないものもあるが、最初の一文目にドン引きした。ちゃんと了承を得る手続きがあったのか。
…あ、閃いた。誰かを助けると今日のご飯が食べられる。…誰かが助けを必要とするところを自分ひとりで歩けるとも思えないので、やはり却下。
俺は必要事項を記載した紙を持って、受付のお姉さんのところへと向かう。