犬との冒険
―動物と野草の楽園 エスクワイア―
以前と同じ入り口から入った森。俺はリードから手を離し、薬草を犬に見せる。
「バウエル、これだ。これを見つけられれば、俺とお前は飯にありつけるんだ!」
俺は油断していた。飼ったばかりの犬がまだそれほど自分になついていないことさえも、考慮の外側だった。
バウエルは勢いよく逃げ出した。
「バ、バウエル! 待て!」
待つわけが無かった。3千Gの犬はいずこかに消え去った。まだ懐いてもいない犬のリードから手を離すという失敗。リードをつけていたときは従順だったので思いもがけなかった。
「バウエルー!」
俺は叫んだ。犬の鳴き声が聞こえる。どうやら返事は返してくれるようだ。俺は犬の鳴き声がする方角へ走った。
遠くから犬の鳴き声がするが、うごめく草や毒草が怖いので慎重に進む。
「この森、そこそこには危険だから、そんな遠くに行かないでくれよ」
少し進むと、木の根元にバウエルが居た。
「犬! 俺を待っていてくれたのか!」
俺はバウエルを名前で呼ぶことを思わず忘れた。バウエルが勢いよく吠える。
「そんなに外を走れるのがうれしいのかよ、お前は・・・ん?」
バウエルの側に見慣れた薬草が生えている。
「これはまさか探している薬草か!」
バウエルは探し物を見つけてくれていた。
「やった、これなら薬草探しは安定する! バウエル、お前は今日から俺達の仲間だ!」
俺はバウエルを抱き寄せて撫で回した。
森深くへ入りすぎると危険な為、出口近くでそこそこに薬草を採取して戻る。バウエルは大いに活躍した。
Quest Clear!! Result.
・千G獲得
・薬草売りの称号を得た
一キロほどの薬草を採取し、道具屋で換金した。その時にさりげなく名を名乗り、軽くアピールして店を立ち去った。
「そっか、こんな感じで顔を売っていけばいいんだな」
些細なクエストも依頼人とのつながりだ。毎日続ければ顔も名前もすぐに覚えてもらえるだろう。単純な収入だけではないし、やり方しだいで得られるものも変った。
宿への帰り道の途中、装飾品屋へ立ち寄った。あるものを買う為だ。
軽い買い物を済ませた後、宿へ帰る。部屋にはエルルが居た。
「あっ、おかえり。遅かったね・・・なにその犬・・・?」
「ただいま。そう、今日から俺達の仲間となるバウエルだ!」
バウエルが元気に吠える。
「いいけど、家の中連れ歩いて平気なの?」
「あっ、バウエル、静かに!」
バウエルはちゃんとおとなしくなった。宿といっても掘っ立て小屋だ。たぶん大家にはばれないだろう。・・・念のため、外に犬小屋を用意しよう。
「エルル、今日はちょっと外に食事に行こうぜ」
いつも冒険者ギルドの酒場ばかりだったので、たまには別のところでの食事に誘う。エルルは喜んで答えた。
行くのは俺がこの世界に始めてきたときに貰ったチラシの店。あのチラシのおかげで冒険者ギルドの場所がわかったのもある。軽い礼のつもりで訪れようと考えた。
―憩いの料理屋 三つ葉亭―
「へぇ、中々良さそうな店じゃない。知っているお店?」
「んー? チラシを貰ったことがある程度だったが、一度は来て見たかっただけさ」
店の中を見回すと、見覚えのあるおばちゃんが居た。流石に相手は覚えていなかったようだ。
「冒険者ギルドからもそこそこ近いから良いかなと思ってよ」
俺は手にしたチラシを見る。これをくれたおばちゃんは、ある種で命の恩人。
席について、一番豪華な食事を頼んだ。割と強気のオーダーだが、トータルで5千も行かなかった。
「随分と強気だけれど、所持金の方はだいじょうぶ?」
「ん、あぁ、バウエルのおかげで、最低限クリア可能なクエストは確保できそうだ」
バウエルは肉塊をあげて掘っ立て小屋においてきた。
「今日はなんだかいつもと違う」
「そりゃあ、俺だってたまには奮発するさ! そうだ、あげたいものがあるんだ」
俺はそっと装飾屋でかってきた箱を渡す。冒険者ギルドでなくて良かった。こんなやりとりしていたら、どう囃し立てられていたものかわからない。
「なにこれ・・・えっ、髪飾り?」
エルルはカチューシャ状の髪飾りをつける。飾りの両端にはティアドロップの宝石が付いている。なんでも精神統一を助ける魔法石だとか。
「ありがとう、でもなんでまた急に?」
「ん、あー。ほら、これから後衛で回復役をしてくれる人の装備の充実をしておきたくて」
俺はエルルが始めにつけていた髪飾りが砕けたことを覚えていた。不可抗力で壊れたとはいえ、少々気にしていた。
「ついに前衛に立つ覚悟をした、というわけ?」
違ったがそういう意味合いに取られる答えを返してしまった。
「前衛の件、忘れていたよ」
今日一日は、前衛が居ない→簡単なクエストなら大丈夫→バウエルで薬草採取、というプロセスの思考による行動だった。現状なら前衛に立つのも仕方が無いか、とそう考える。