犬、現る
少し離れた広場の木の側にエルルがいた。どうやら一人夜空を眺めていたようだ。俺はエルルに話しかけようとして、思いとどまった。
なんだか彼女の様子が気になったからだ。
「…お父さん、お母さん。皆…もうどこにもいないのね」
俺は思わず呼吸を止め、気配を隠した。
「私だけが一人。知り合いは誰も居ない。知っている場所もどこにも無い」
エルルの言葉に、まるでこの世界に来た自分と重なる思いを感じた。
(……やっぱり、気にしていたのか)
普段、あまり深くは考えてなさそうに感じたから気にもしなかった。
「私はこれからどうすれば・・・」
そんな彼女の様子を見て、俺はそっとその場を離れた。自分にはどうすることも出来そうになかった。自分でも自分の境遇をどうとも出来ないのだから。
宿までの道を戻る。
「俺、元の世界に戻れるんだろうか。あいつと自分と、境遇に何が違うんだろうか」
部屋へ戻り、ベッドへ潜り込んだ。元もと疲労困憊だったのもあってすぐに眠りに入った。
翌日、目が覚めた時には日が昇った後だった。エルルはまだ寝ていたようだ。起こさないようにそっと起き上がる。
お互いに疲れが抜けきっていないので、今日は休息の予定だ。最低限の荷物だけを持って出掛けようと荷物袋を漁る。
特に行き先を決めずに部屋を出た。青空の下、石畳の道を歩く。
休みの日にしたが、考えることはどうやって今後クエストをクリアしようかということばかり。消化可能な難易度のクエストばかりとは限らないし、今後も安定して難易度が低いクエストが発注されるとも限らない。
「なんとか最低限生活を維持するクエストは、いつも確保しておきたいなぁ」
そんなことを考えて歩いていたら、気がついたときには冒険者ギルドに居た。
―冒険者ギルド ゼカイア―
もう何度目だろうか。流石に俺も顔を覚えられてきた。雑用職というのも大きい。
「おぅ、雑用の兄ちゃん。なんだかんだで仕事熱心じゃねえか」
後頭部に髑髏の刺青を入れたスキンヘッドの男が話しかけてくる。・・・なんかこの冒険者ギルド、個性的な方が多すぎやしませんか?
「あぁ、駆け出しなもんでね。まずは経験値なり名声が欲しいんだよ」
「経験値ってのが何なのかはしらねえが、名声が欲しけりゃ誰に、どういった方面にってのを考えるのさ」
「どういった方面に、とは?」
見た目とは裏腹に親切なアドバイスをくれる先輩冒険者だった。
「つまりだな。王国府執政機関にコネを作りたいのか、通商ギルドに幅を利かせたいのか、工匠ギルドに伝手を作りたいのか等で選ぶクエストは変わるって事だ。同一方向の依頼人を選び続けることで、そっち方面への名声は効率よく高まる」
「なるほど。そういわれてみればそうだ。ありがとうございます!」
「何、良いって事よ。冒険者にとってはお得意様をどこにするかで旨みも変わるぜ」
そういうと先輩冒険者は去って行った。
定期的なクエストが欲しければ、固定のお得意様を持てばいい。クエストの発注があるかないかで悩まないように、依頼人自体と親しくなればよい。ならば、どこと?という話になる。前回は近場の薬草採取だったが、それなら商工ギルドとなる。
クエスト板をみれば、採取クエストの大半は商工ギルドが担っていた。素材確保は危険地帯に関して、ほぼ冒険者ギルドに委託されているようだ。
先ほどの先輩冒険者は通商ギルドって言っていた。貿易、交易関連も盛んなようだ・・・馬車などあったらそんな仕事も良さそうだ。
加工などを必要とする工芸品関連は交易中心となる。陶器、織物などはこの町の産業ではない。恐らくどこかに主要産業とする街があるはずだが、今の自分にはわからない。いずれ地図を買う必要がでてくるだろう。・・・今日のクエストで知っている場所はやはり前回の森くらいだ。まだそのクエストは公募中だった。
薬草を探す手間さえなんとかなればクリアは簡単そうだ。・・・あの薬草を効率よく探す方法・・・何か無いだろうかと思案する。
ふと、マンドレイクを犬で掘り出すファンタジーを思い出した。
閃いた。あの薬草は独特の香りがするから、犬で探し出せないだろうか。そう思い立った俺は街中のペット売り場を探した。
街中を探すこと一時間。目的の店を発見し、俺はりりしい顔の犬を一匹購入した。後々のえさ代なんて考えていなかったことは認めよう。自分の発想のことしか頭になかった。
「よし、お前は今日からバウエルだ!」
俺はうきうきしながら犬に名をつけた。道具屋で買ってきた薬草を見せる。犬はくんかくんかと薬草の匂いをかぐ。
犬のリードを引きながら、俺は前日の森を目指した。
Quest Set! 「森で薬草を採集せよ! ソロwith犬」 Get Ready? ………Go!