すれちがい
―冒険者ギルド ゼカイア―
その日一日の仕事を終えた冒険者達が、思い思いに過ごしていた。
「シシトウ、今日も一日お疲れ様」
エルルがその日一日を労いながら、エールジョッキを片手に祝杯を上げる。
「今日の様子を見る限り、なんとかなりそうだったな。この世界で生活していけそうかどうか不安だったけど…」
俺はそこまで言いかけて、不要なことまで言いかけたことに気がついた。
「…この世界で生活していけるかどうか…そっか。私、考えていなかった。今居る時代が、私が生きていた時代と違うこと、気がついていない振りをしていた」
俺の話は彼女の境遇の話で置き換わってくれたようだ。
「おっと、まずは今日一日に乾杯!」
俺は沈みがちな雰囲気になりそうだったのを感じ、慌ててジョッキを合わせた。
「…そうね。生きていられるだけ、良かったのかも」
エルルも気を取り直して、目の前の料理の方を向く。俺の方もエルルの言葉を聴いて、異世界にくる前のハデスとのやり取りを思い出した。何か自分に不都合な話があったような気がしたが忘れることにした。
「最初は不安だったけど、何とかやっていけそうで良かったよ。大神官様様だな」
「雑用も初心者とは思えない活躍ぶり。以前は何をやっていたの?」
「俺? 学生だよ」
エルルが料理を口に運ぼうとしていたが、俺の言葉に驚いた。
「え、あんた貴族か何か? それとも平民から優秀な人材として登用された方?」
エルルの反応は意外だった。
「え、あぁ。(なんか教育を受けられる水準があるみたいな言い方だな)登用された方?」
能動的ではなく、受動的な教育過程の人間である為、そのように答えることにした。
「へぇー、意外。シシトウのこと、少し見直した」
見直したと言う台詞に、俺は少し不安を感じた。その分だけ、俺に求める知的水準というもののハードルが上がったかもしれない。俺はこの世界のことはわからないのに。
「そ、それよりだな、今日の出来事を振りかえると、前衛職の人が欲しいと感じた」
俺は話題をさりげなく変えつつ、パーティ構成の問題を提起する。前衛職が居ないのはあるとはいえ、今後も今日みたいに突撃役をやらされるのは不安だ。
「ほら、後衛2(非戦闘員含む)じゃバランス悪いだろう」
「んー、ヒーラーも前衛が居てこその華よねぇ。守ってくれるナイト様は確かに欲しい」
俺はふと、ゲームでの後衛をかばう前衛ナイトの姿をぼんやり思い浮かべる。
「確かにありがたい存在だよなぁ」
ゲームじゃ火力アタッカーを重用するケースが多々あるが、いざ自分が後衛(戦闘員にあらず)をやっていると、そのありがたさがよくわかる。
「いざともなれば突撃。何かあっても私がヒーリング。この完璧な布陣!」
この子には突撃指令以外にないのだろうか。
「おいおいおい、兄ちゃんとこは随分ブラックな現場じゃねーか」
気がつくと隣の席のダブルモヒカン、刺付き肩パッド、むさ苦しいあごひげ、片目傷の男に話しかけられていた。
「あ、いつものことですのでー」
俺は思わず会釈を返す。
「フッ、だが、そんな脳筋パーティ。俺は嫌いじゃない。応援してるぜ!」
いかつい男は笑顔で親指をぐっと立ててきた。
「ありがとうございます…」
そんなパーティでもいいのか、それとも主流なのか。よくわからないが、よいときはよさそうだ。恐るべし、前衛。
「で、前衛が見つかるまではどうするの?」
「えっ、それまで?」
「そう。前衛が見つかるまでなにもしないわけ?」
所持金には限りある。そして、冒険者と書いてその日暮らしという呼称を見かけたことがある。すなわち、回遊魚のように泳ぎ続けなければ生きられない生き物。
「それはまずい。クエストは消化しながら探そう」
「じゃ、前衛よろしくね(ハァト)」
可愛らしく言われる内容かどうか、それは相手の胸中思惑によるところが大きい。ゲームでパーティメンバーを全員後衛にしたら、全員前衛と変わらなくなったケースを思い出した。そして、そんな中で俺が一歩前へ。
「……俺が?」
「そ♪ じゃ、そんなわっけでー、後よろしくねー」
エルルが上機嫌で席を立ち、部屋へ戻って行った。
「おいおいおい、兄ちゃん。大変だねぇ。前衛は落命率が高いからよ。気ぃつけな!」
ダブルモヒカンの男が、にっと笑って親指を立てた。
「あ、ありがとうございます」
俺は恐らくギルドの先輩冒険者であろう男に会釈し、席を立った。
俺は先々に不安を感じながら宿へ戻る。
―冒険者ギルド ゼカイア―
寝室の中には誰も居なかった。エルルのベッド脇の壁にはワンドが立てかけてある。
「あれ、エルルはどこかへ出掛けているのか?」
もう夜になるというのに姿が見えない。外出して迷子にでもなっているのだろうか、とふと考えた。宿の中を歩いたが姿が見えない。
宿から出て通り沿いに探してみる。