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宙の人  作者: からす
第二章 親子で傭兵業
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第9話 資本主義の犬たち

 女は星の数ほど居ると誰が言ったか、しかし手の届かない星だってあるもんだ。

合皮張りのソファに座って装飾の少ない天井を見上げる。ガラスのテーブルをはさんだ対面には美人さんが座っている。彼女がまさにその、手の届かない星だ。


「支給するのは当初説明した金額のみ。それ以上は出せません」


 口から出るのがホテルのお誘いなら大変素晴らしいものなんだが、残念なことに色気のない、事務的な話だ。 


「なあ、姉ちゃん。俺はそっちの手配した無能共のせいで、一歩間違えればデブリの仲間入りするところだったんだぞ。おまけに高価な武器も使い捨てにしたんだ。一人前じゃ赤字になる」


 同じ話を嫌になるほど繰り返しているが、進展はゼロだ。俺は二人前の報酬を払ってほしいが、相手は一人前しか払いたくない。繰り返し、繰り返し、繰り返し。馬鹿の一つ覚え。いい加減にイライラしてきた。


「はぁ……」


 落ち着こう。怒ったら負けだ。二人前がダメなら、少し値下げしよう。目標は赤字回避。

 交渉は死ぬほど苦手だけども、頑張ろう。


「敵は六人で、撃墜したのは五人。本来はこれを三人でやるはずだったのを一人でやったんだ。二人前とは言わないまでも、もう少し出してくれてもいいだろう」

「駄目です」

「なんでだよ」

「依頼の内容をご確認ください。三人で共同し海賊を『全員』排除することが、今回あなたに依頼した仕事でした。しかし、不測の事態があったとはいえ、任務は失敗。あなたは仕事を途中で放棄し、逃げ帰ってきた。それでも一人前の報酬を支払うのは、こちらが無能な人員を用意したお詫びです。よってそれ以上の金額は支払えません。わかっていただけましたか?」


 一人分以上の仕事はしたが、任務失敗という点を突かれると痛い。いくら良い点を取ろうが赤点は赤点、合格はもらえない。


「これ以上を望むのであれば、もう一度あの宙域へ出撃し残敵を掃討してきてください」

「……わかった。とりあえず一人前でいい。ただし全員ぶっ殺して来たら、三人前だ。払う相手の二人はくたばってんだ、払う金額は変わらん。いいだろう?」

「私では決めかねます。しかし、わが社は成果主義です。成果を上げれば評価されます」


明言はせず、どうとでも取れる虹色の返事。企業らしいやり方だ。

今のところは、赤字は回避できなかった。チクショウ、折角高い金を払って買ったレーザーライフルも、減価償却を終えるより早くデブリになってしまった。なんて悲しい。


「無能な人員を送ったことは謝罪します。同時に、弊社は単独で任務を半分以上遂行して生還してみせたあなたの実力は高く評価しています。今後も依頼をすることがあるでしょう、その時はよろしくお願いします」

「どうも。こちらこそよろしく」


 ただのリップサービス。本気で受け止めたところで、安く買い叩かれて、使い潰されるのがオチだ。こうしておだててその気にさせて貢がせて、不要になればゴミ箱へ。企業というのは女に似ている。

 次、この会社から依頼があっても余程高額の報酬でなければ断ろう。命を安売りするつもりはない。


 そういうわけで、お家に帰ってきました。中古の輸送艦を買って、内装を改装した移動式マイホーム。港の隅っこに間借りさせてもらってる。


「おかえりなさい。ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも」

「それ以外にネタはないのか?」


 いつも同じネタばかりだと飽きる。自己学習型と謳っていたわりに、ワンパターンだなと感じる。


「不要と判断しましたが、そう仰るなら勉強しておきます」

「楽しみにしておく。リリィは?」

「入浴中です」

「なら飯は後にしようか」


 スーツを脱いで、ネクタイも外してエクスカリバーに渡す。


「はぁ……はぁ……」


 すると、脱いだばかりのスーツを顔に押し付けてわざとらしい呼吸音を出し始めた。

 ……このボディを使い始めてから結構な期間がたつし、なにかバグが出てもおかしくないが。


「大丈夫か?」

「こうすると男性が喜ぶ、と資料を見たので試してみました。あなたにはイマイチのようですが」

「ああ、イマイチどころかまったく股間にこない」


 こういうのは、こっそり隠れてやってて、それが見つかってからの羞恥に興奮を感じる。だが、AIには恥じらう感情がないし、これ単品でポンと出されても……その、なんだ。困る。

 例えるならそう、ご飯だけあっておかずがない。そんな感じだ。


「もう少し有意義なネットワークの使い方はないのか?」

「戦闘用の機能拡張はほぼすべて完了しております。家事もできますし。それでもまだ義体のメモリに余裕があるため、娯楽方面の機能向上を目指しています」

「仕事上がりで疲れている人間の心境を察する機能はないのか」

「私は戦闘支援用AIです。本来家庭での使用は想定されていません。家庭用AIをお買い求めください」


 ストレートに無理と断られては仕方がない。そりゃそうだ、何事にも向き不向きはある。俺の使ってるシェルで百分の一スケールのプラモデルを組み立てろと言われても、無理だと言うしかない。


「ああ。それはすまんな……今でも十分役に立ってる」

「感謝するならば、義体点検の頻度を増やしてください。義体維持に有益です」

「月に一度じゃ不足か?」

「新しい義体を購入すればしばらく不要です」

「今のボディは古くても高性能だ。買い替えるとなると高くつく」


 今回の仕事は赤字だっただけに、しばらくは装備の補給以外の出費は避けたいところだ。


「装備の発注。前回と同型のレーザーライフルと冷却装置をワンセット」

「カタログには新型がありますが。レーザーガトリングはいかがですか?」

「サイズは? シェルに積める大きさでないと意味がないぞ」

「問題ありません」


 新商品。惹かれる響きだ。そしてガトリング。これまたロマンと実用性の両立がされた兵器だ。複数銃身を回転使用することで、発射と冷却を同時に行えるので、クールタイムなしで長時間火力を発揮できるのと、冷却を捨てて全砲身同時に発射すれば高火力を一瞬で叩き込める。

 とはいえ。強力な武器はそれだけ金もエネルギーも多く食う。

単銃身のレーザーライフルなら比較的安価で高火力……それでも高いんだが。


「必要出力は、事前に充電しておけば一戦こなす分には問題ないでしょう」


 それは便利だ。これさえあれば、あの憎き海賊共も皆殺しにできただろう。過ぎたことなので、今ではどうしようもないが。

 次はあいつら絶対殺す。リリィも連れて行けば海賊の殲滅など、デブリ掃除並に簡単なことだろう。


「で、いくら」


 問題はそれだ。


「前の五倍ですね」

「……無理だな」


 どれだけ欲しい品でも。どれだけ強力な武器でも、金がなければ買えない、使えない、意味がない。つらい。


「前に使ってたのを発注しよう」

「キャンセルは不可です。よろしいですか」

「ああ」


 買えるものを買って、それでしばらくしのごう。それで金が貯まったら買おう。そうしよう。


「発注完了。返信があり次第報告します」

「ありがとう」


 さあ、業務も一段落したし飯にしよう。腹が減っては戦はできぬ。


「ところで、飯は」

「ご希望は?」

「何が良いかね……あぁそうだ。肉が食べたいな」

「わかりました。少し待っていてください」

「任せた」


 キッチンへ向かうエクスカリバーを見送って、椅子に座ってリラックス。体の力を抜いて、頭の中の本を開く。

 タイトルは『鋼鉄の夢-Iron Dream-』今はもう住めない地球に、もしも人が住んでいたら。という仮定のもとで書かれた作品で、荒んだ日常とロボットの戦闘描写の温度差が素晴らしいと評判の一作。面白いかって? まあそれなりに。

 それを読もうとした途端、物音がしたので目を開いた。


「あ、おかえりなさい。おとうさん。お仕事どうだった?」


 リリィが風呂から出てきた。家族とはいえ異性の前にバスタオル一枚で出てくるのはどうかと思いますよ、と義父としての意見を言わせてもらいたい。

 バサバサと頭を振り回し、短い髪の毛から水気を飛ばす仕草は、なんか犬っぽい。


「赤字だ。追加報酬が欲しけりゃもう一回行って、海賊を皆殺しにして来いとさ。やる気があるならついてこい。それからドライヤーも使え。髪が痛むぞ」

「はーい。お手伝いしますよ」

「ありがとう。飯食ったら行こうか」


 今回の装備は実弾装備。反動で機体が動くからあんまり好きじゃないんだが。レーザー装備は捨てちまったから仕方ない。


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