第5話 招かれざる客
第三十二番宇宙港爆破テロ事件から大体二か月くらいたった。
最近よく耳にするテロ集団から声明が出て、世間は極めて賑やかになり。当然事件の生き残りである俺の生活も大きく変わった。シェルに乗らなくなって、テレビ局が用意したシャトルばかり使うようになった。迷惑メールばかりが届くメールフォルダは取材や番組出演依頼でいっぱいになり、そういった仕事を受けていると口座残高がモリモリ増えていった。
まともに働いていてもなかなか稼げるような額ではなかったし、何より楽だったので当然受け続け。普段の食事もちょっぴり豪華になり、体を動かすことがなくなったせいか、体重も増えた。あと顔と名前が売れたので近所の乞食どもがうるさくなり、見知らぬ親戚まで湧いてきたので引っ越しもした。
収入源はそれだけでなく。爆発の瞬間、入港待機中の艦船が炎に飲まれるあの映像。それの使用権で入るお金も素晴らしく、不謹慎な話だが、死人の数が多いおかげで大分儲かっている。
さらに遺品ビジネスもいい感じに軌道に乗っている。拾った遺品には血やら皮脂やらが付着しているから、警察に少しだけ小遣いを握らせて協力を頼み、元・所有者の身元を分析・ホームページに掲載し、遺族からの連絡を待ち、引き渡す際に少しだけ「感謝の気持ち」を要求するのだ。
もちろん金を出せと言ってはいないし、強制もしていないから犯罪にはあたらない。頂いたお金はあくまで御遺族なりの「感謝の気持ち」の現れなので、何も問題はない。財布を拾ったからお礼にお小遣いをもらうようなものだ。
予定通り、これでしばらく隠居しようと思った。
しかし、そんな安穏とした生活はどうせ長くは続かない。氷が溶けるように、平穏もまた自然と消え去るものだ。
インターホンが鳴った。また遺品を買い取りに来た遺族だろうか。また文句を言いつつ買っていくのだろうか。なんて思いながらドアカメラで客を確認する。
片目を眼帯で隠した少女と、二十代くらいの女性。しかも美人。
二人のうち片方には見覚えがある。ずいぶん小ぎれいになったが、宇宙港で助けた少女だ。もう片方は、保護者だろうか。母親にしては随分若いが、姉にしては年が離れている。少し怪しいとは思いながら、ロックを外して迎え入れる。
何か起きても女二人だし、一人は子供だ。何かあっても取り押さえるには苦労しない。
「あ……こんにちは」
「はじめまして。カール・バーナード様ですね」
「いかにも。そしてようこそ。それで、あなたは誰で、何の用事があってここへ?」
予想はこの子がらみの話。お礼でも言いに来たか?
「名乗るほどの者ではございません」
「美人の名は聞かずにはいられない性格でしてね。是非教えていただきたい」
「ええ……そうですか。しかし名乗ることはできません。依頼のみ、お伝えします。この子を守り、育ててください。報酬はすでに振り込んであります」
「……は?」
突然の、とんでもない依頼に目を剥く。
「では、よろしくお願いします」
「待て、まだ受けるとは言ってないぞ!」
「Vanish by myself……」
そして流れる、義体の人格データ削除コード。
「待て! キャンセル! キャンセルだ!」
「Complete」
機械臭い声が流れた後に、直立姿勢のまま一切の動きを止めた。肩をゆすっても何の反応もなく、瞬き一つしなくなった。
『人格データを消してあるようですので、もう声をかけるだけ無駄ですよ』
「クソ、クソ! わけがわからんぞクソッタレが……報酬は振り込んであると言ってたな」
『確認中……完了。ワーオ、びっくりするほどの額が振り込まれてますよ』
「は? はぁ!? マジで育てろってことか!?」
『依頼内容はそうなってますね』
「まだ結婚どころか恋人さえ居ないのに子育て? 何の冗談だ! ひどい悪夢だ! 母親は何をやってんだ馬鹿じゃねえの!?」
「ひっ」
少女が怒声におびえて、居所なさそうに体を縮める。そうだ、お前の居場所はここじゃない。立派なお家があるんだろう、そこに帰れ。
高級な椅子に背中を預けながら頭を抱える。
「いや困った。ほんと困った。どうすりゃいんだよ……」
『依頼に反しますが、孤児院に放り込むというのも。しかし、そうできない事情があっての依頼なのでしょう』
「絶対遺言絡みだろうな……」
遺産は全て娘に。彼は名刺にそう書いて、俺は彼の遺言が書かれた名刺を会社に持っていった。その後は知らんが、おそらく一悶着あったんだろう。でなけりゃ俺の家なんかには来ないはずだ。
『ドラマではそうなりますね』
「現実なのが残念だ」
『ちなみに、いくつもの口座を迂回して振り込まれている上に、どれも閉鎖されているため返金のしようがありません。ドラマであれば、この後は壮絶な遺産争いに巻き込まれるパターンでしょう。今すぐ預金をすべて引き落とし、この家を捨て身を隠すべきかと』
なぜとは聞かない。理由は明白だ。大企業の役員がテロで死亡し、その遺産は一人の子供にすべて譲る。という遺言状を残した。遺産を独占した子供が、近親者も連れず、一人……ではないが、大金と共に舞い込んできた。
なんて素敵な厄ネタ。爆弾にしか見えない。
「新しい口座を十個開設。金は等分して入れて、ダミーとして三つは抽選でネットにばらまけ。宣伝は派手にやれ。バカが食いつくようにな」
そうと決まれば早速荷をまとめる。最低限必要な物、それだけでいい。金と、データ端末と。シェルのキー。あとはエクスカリバー。この抜け殻は……捨てるにはもったいないか。人間の見た目と寸分違わず、言われなければ義体とは気づけない。
なるほど、これも報酬の内か。気の利いたことだなクソッタレ。
こうなればもうヤケだ、なるようになっちまえ。
「クソガキ。依頼を受けたからには、今日から俺がお前の父親代わりだ」
涙目になって混乱する少女に現実を告げる。泣きたいのは俺の方だ。やっと腰を下ろして静かに暮らせるかもと思っていた矢先にこれだ。どうしてこうなった。善意で人助けしたのが駄目だったのか? 見捨てればよかったのか? クソッタレ。
「嫌なら残れ。その後どうなるかは知らんがな」
「え、え?」
「ついてくるか、残るか。好きな方を選べ。依頼を受けはしたが、お前には選択する権利がある」
世界はどうしてこんなにも残酷なのだろう。こんな年端も行かない少女に、人生において重大な選択を迫る役を、俺に押し付けるだなんて。あくまで不幸なのは、俺だ。この子じゃない。
『ところでご主人様。この義体を私が使ってもよろしいでしょうか』
「そうしろ」
『ありがとうございます』
義体を担いで動き回るほどの体力も筋肉もない。あったとしても、そんな怪しまれる行動はとりたくない。ただでさえ注目されているというのに。
「おーい。どうしたんだ。えらく賑やかだが、何かあったのかい」
「大家さん。訳あって引き払わなきゃならん。だがこの部屋は向こう三ヶ月ほど電気をつけっぱなしで、誰かに聞かれたらこの部屋にはまだ人が住んでいると答えてくれ。理由は聞くな。いいか?」
「……何かあったんだね。いいよ、こっちゃ銭さえもらえりゃ文句はねえ」
札束一個渡しておいて、必要なものはすべてまとめて。そして夜になってから、こっそりと出ていった。頼る宛? もちろんある。なけりゃこんなことはしないとも……もう引退できると思ってたんだが。まさかこんなことになるとはな、畜生め。