第3話 拾いものには福がある
「連邦警察へ。こちらカール・バーナード。応答願う」
『こちら連邦警察。どうぞ』
「了解。三十二番宇宙港で爆破テロが発生し、極めて多数の死者が発生。捜索し、確認できた生存者は私含め二名、負傷者一名、眼球破裂。現在出血はない。応急処置を施し、保護している。多目的宇宙服を使用しているが、到着まで四十時間。四十時間後の座標へ向け発進する。また、テロリストからの補足回避のため、救難信号は発信していない。どうぞ」
『了解。アラートはこちらでも確認しているが……誤作動と思いたかったよ。こちらから救助艇を出させる。二十時間の地点で合流し、負傷者を引き受けよう。どうぞ』
「了解。これより三十二番宇宙港より離脱する。通信終了」
『無事を祈る。通信終了』
交信を切ったら、隣に座る少女に向き直る。
「というわけだ。痛いのはあと少し。我慢してくれ」
「……」
下を向いて小さく頷く彼女。慰めるように、頭をなでる。頭痛薬を与えてごまかしてはいるが、それでも痛みは耐え難いものだろう。大量のデブリが舞っているが、幸いなことに射線はクリアだ。
「貨物用カタパルト、射出角度計算は」
『目標十一番宇宙港、四〇時間後の周回軌道上座標。何事もなければ、問題なく到達できるでしょう。電圧安定。射線クリアいつでも出られます』
「対ショック姿勢。歯をしっかり噛んでろ。出るぞ」
『カタパルト射出。五秒前』
歯を食いしばる。操縦桿を強く握り、手足を踏ん張ってシートに体を押し付ける。傍らの少女は、目を閉じて、何かに耐えるようも体を震わせている。
『三、二、一、ゼロ』
一瞬の衝撃。全身を押し潰すような負荷。うめき声さえ出ない。
『アフターバーナー点火。巡航速度まで加速』
さらにもう一段加速。締まるベルトに腹を押されて、ヘルメットの中に昼に食ったサンドイッチの未消化分を吐き出しそうになる。
「ぶぇ……っ」
俺が吐くより先に同席者が吐いた。きたねえ。
「ぉえ」
釣られゲロ? もらいゲロ? 我慢してたのに横で吐かれたら、「あ、自分も吐いていいんだ」みたいに思ってついやってしまう。
せめて、意識が飛ぶほどの加速ならまだ楽なのに。
いや、そんな出力のエンジンは性能も値段も高すぎて積めないか。改造してあるとはいえ所詮民間用。よしんば装着したとして、使用にはフレームが耐えられないだろう。
操縦席横に括ったタオルをほどいて拭う。申し訳なさそうな顔をしている少女の顔も新品のタオルで拭いてやる。自分の意志でやってる慈善事業だから、気にしなくていい。というかそんな顔をされたらこっちが辛い。
『加速完了。ここからは慣性で移動します』
さて、退屈な旅行が始まるぞ。狭い機体の中での娯楽なんて映画を眺めるくらいしかない。
「今週のおすすめ映画は」
『スペース・ウォーズはどうでしょう』
「名作だが冗談にならん。却下だ」
戦争、戦争とは、前世紀によく叫ばれた言葉だ。今回のテロも、どこがやらかしたか特定されたら粛清が始まるんだろうか。だといいな。
『シリーズを通しで見ていれば合流まで退屈とは無縁です』
「確かに、ちょうど二十時間くらいだが……」
『子供にも人気だというデータもあります』
「そういう問題じゃなくて。目が痛むんじゃないか?」
「あの、私のことは……気にしないでください」
じゃあいいか、と再生許可を出そうと、操縦桿を握る手を緩める。
『警告、レーダー波確認。逆探知……成功。アンノウン急速接近。警備部隊を撃墜した機と同じ周波数帯です。あと十分で接敵』
強く握り直し、コックピット内のレーダー表示を凝視する。見逃してもらえるかと思ったのだが、残念。見つかってしまったようだ。目撃者は皆殺しか。全く……一人や二人くらい逃がしてくれてもいいじゃないか。
「ECM起動、使える装備は……デコイとサテライト。それからミサイルか。拾ったはいいけど使えんのかこれ」
『使えます』
幸い今は距離がある。攻撃される前に対抗手段を取っておこう。レーダー妨害と反応の偽装は、宇宙戦での生命線となる。
そしてサテライトはレーダーでは塵程度にしか見えない小さな機雷。蜘蛛の巣のように粘着性のあるワイヤーを伸ばし、何かが引っかかると巻取り、接触した物体を爆破する。それを大量に散布して、広範囲を封鎖する。
こっちは足が遅い。迂回を強制しても、逃げ切れるかどうか。
「まずはデコイ散布。一分後にサテライトを散布。目視されてないならまだ大丈夫だ。AB再点火。加速して振り切る。軌道計算は後でやり直す」
『了解。ではそのように……ところでミサイルは使わないので?』
「詳細を表示」
宇宙用第5世代ミサイル。誘導方式、画像・IR・アクティブ・パッシブレーダーホーミング。起爆方式、近接信管とてんこ盛り。察するに対戦闘機用か。買ったらきっと高いんだろうなぁ。でも今がまさに使い時。
これを運んでいた人は死んでしまったが、おかげで俺と子供一人の命は繋がりそうだ。ありがとう。仇は取る。
「使おう」
見事命中して、相手が死んでくれれば最高。誘導方式に気付いてレーダーを切っても、すぐにミサイルの誘導方式が切り替わって執拗に追い回してくれる。その分逃げる時間も稼げる。
迎撃を試みるにしても猛スピードで突っ込んでくるミサイルはなかなか撃ち落とせるものではないだろう。
『姿勢制御はお任せします』
「はいよ」
進行方向そのまま、ハンドルを動かして、機体の向きだけを反転。体が前に引っ張られ、ベルトが巻き上げられてシートに固定される。横で悲鳴が上がる、小さくすまないと詫びて。
『安全装置は解除しました。あとは敵へ発射するだけです』
長い筒を構える。発射方向、よし。
「発射」
バスン、と機体に振動が伝わる。筒から一本細長い何かが飛び出て、点火。光の玉が筋を描いて飛んでいく。
もう一度反転、軌道修正は後でする。さて、あとはこのまま逃げるだけだ。惨めな敗走だが、ひと泡吹かせてやれるだけマシだと思おう。
「再加速」
ミサイルに追い回されて慌てる様も見てみたいが、もし撃破できずに近寄られたら何もできずに死ぬだろう。今のうちにできるだけ距離を取りたい。
『ちなみに今のミサイル、買おうとしたら何百万は飛びますよ』
「贅沢だな。しかし命あっての金だ……というか金があったとして、軍用品を売ってもらえるか?」
『無理ですね。使いたければ軍に入隊しましょう』
「軍か……安定した収入は魅力的だな。まあ、この仕事が終わって、遺品が高く売れたらしばらく休業だ」
『今は仕事を受けていないのでは』
「この子を無事に親元へ届けるのが仕事だ」
『そうでした』
姿勢を戻して、もう一度、相手を振り切るように加速。あとで座標と進路を再計算しないと、救助隊との合流位置から外れるだけじゃなしに、とんでもない方向へ行ってしまう。そのまま宇宙で遭難とか、笑えない事態になりかねない。