第21話 安堵する外道 臥薪嘗胆のろくでなし
カール・サイン・バーナードの死は、世間と、傭兵連中に瞬く間に、花火のように広がった。
世間には大規模テロを生き延び、生き証人として多くの取材を受けた悲劇の主人公として知られたその人。ろくでなしの間には、一財産築き上げたというに、再び傭兵の世界へ身を投じ。活躍は地味ながら、達成件数は多く、成功率も高い、人気傭兵の一人として知られていたその人。
それがかつてのテロの首謀者として討伐名簿に名を載せられ、その当日に友人の手で討ち取られたというのだから、あまりにもあっさりした幕引きに、惜しむものも居れば、胸をなでおろす者も居た。
「ようやく目障りな虫が消えてくれた」
オフィスで一人安堵するようにつぶやく、中年の女。白髪が混じる短めに切りそろえた金髪、彼女はリリアン・マイヤースの母親であり、世界有数の宇宙開拓企業の役員。元夫の死により空白となった座に就いた、オーレリア・マイヤース。
仕事によるストレスか、それ以外も含めてか、髪も肌も艶がなく、目の下には濃い隈があり、それを隠すための化粧も厚い。かつては美しい人だったのだろう、と思わせる要素はあるが、今はその欠片も見当たらない。
「なぜ私に任せなかった?」
傍らに立ち文句を言う美丈夫は。人に見えるが人ではない。瞬きをせず、呼吸による体の動きもない。口を動かさずに、しかしハッキリと声を出す。人工知能を搭載した義体。
「一度敗北しておいて、二度目があるとでも」
「成長のための経験だ。彼との戦闘は良い経験であり、私の完成度は高まった。もう一度戦って、勝利すれば私の性能はより向上できた」
「ああ。それは残念だったわ」
部下兼武器の要望に、完全な棒読みで応える。お前に期待などしていないとばかりに。
軍用シェルに、軍のシミュレーターで戦闘データを積み重ね先鋭化させた戦闘AIを合わせた。最高の機体に、最高のパイロットを組み合わせた。最高に最高を合わせた、シンプルに最強……のはずだった。
おまけに念を入れて、廉価版の無人機を大量にぶつけて消耗させる作戦を取った。その上で負けたとなると、評価が急降下するのも仕方がないことだ。開発したモノに低い評価を下されると、部門責任者への評価も当然下がる。つまり、彼女のことだ。
彼女のやったことは、部門主任の夫をテロに見せかけて殺し、財産と椅子を奪う。そのついでに、軍へのデモンストレーションとして無人機を運用し、港湾警備部隊を排除することで、予算を獲得した。
そこまでは成功だった。しかし、あの傭兵一人が生き延びて画像を公開したせいで、フレームのデザインを大幅に変更する羽目になった。おかげで納品時期が大幅にズレ、会社は高額の違約金を請求される羽目に。その責任で彼女は降格&左遷。おまけに夫の遺産は行方をくらませる始末。
その屈辱に耐え、五年かけて社内での地位を回復させてきたところで、またコレか、と。
競合企業ならの妨害ならまだ理解できた。しかし、それがただ一個人、たった一人の傭兵の手でもたらされた損害。一度だけでも耐えがたいのに、二度も顔に泥を塗られた。だから殺したい。つまり、シンプルな私怨。大それた陰謀などではなく、個人の暴走。
もし事態が発覚すれば、今度こそ、完全に社会的に死ぬ。それでも許せなかったのだ。
ただのネズミ一匹。被った損害や恨みなど、飲み込んで放っておけば傷は浅く済んだものを。メンツにこだわって何度もつついたせいで手を噛まれた。窮鼠猫を噛むとはこのこと。
それでも、彼が死んだという報告を聞いてようやく溜飲が下った。あとは行方をくらました娘だけがほんの少しだけ気になるが、重役となった今はもう十分な収入がある。将来も約束されている。生きているかどうかもわからない小娘一人、今更どうでもいい。
そんな些細なことなど、もう気にならない。積年の恨みをようやく晴らした今の気分は最高だから。一年の最後の夜に、シャワーを浴びて溜まった汚れを落とし、洗いたてのシーツに包まり、新しい朝を、希望に満ちた信念を迎える。そんな清々しい気分。
一方。一度殺された側はと言えば。
「はっはは……絶対許さんからな……クソがー……」
全身を猛烈な筋肉痛に侵されながら。猛烈にまずいプロテイン漬けにされながら。メンタル、フィジカル両方に深刻なダメージを与えられながら。かつてない憎悪と筋肉痛を抱きつつ、天井を見上げていた。
連中の罪状はいくつもある。
一つ。テロの片棒を担がせた。
二つ。命を狙われた。
三つ。恋人も居ないのに子供の面倒を押し付けられた。
四つ。心労を含め、不要な苦労を強いられた。
五つ、六つ。輸送船の護衛時に二度目の暗殺未遂。入院時の暗殺未遂。三度も殺そうとした。
七つ。テロの実行者として濡れ衣を着せられた。
八つ。よりによって友人に俺を殺させた。
九つ。これまで積み上げてきた実績と信頼をゼロにされた。
十。こうして苦痛を味わわされている。
両手の指でぴったり十個の負債。この感情は恨む、という一言ではとても済ませられない。しかしそれを表すだけの言葉を俺は持っていない。だから、鋼の如き決意を持って。
「絶対ぶっ殺す」
「非推奨です」
「うるせえよ」
焼けた鉄をバケツに投じるがごとく、相棒の一言によって憎しみに支配される脳みそは一瞬で冷まされた。
「一体どうやって望みを果たすつもりですか」
「……これから考える」
「あなたのご友人は隠蔽工作をしてくれています。何もしなければ、相手はあなたが死んだものと判断するでしょう。あとはあなたが何もしなければ穏やかな人生を過ごせるのですよ。なぜあえて茨の道を進むのです」
穏やかな余生。素晴らしい響きだ。面子と過去に囚われず、復讐を投げ捨てれば、命の危機に怯えることなく生きていける。それはとても素晴らしいもので。
「んなこと、できるか」
そう簡単に捨てられれば苦労しない。
あぐらをかいて、ナイスバディの相棒に向き合う。感情のない瞳が見つめる。ああ、アイカメラの奥の電子脳は一体何を考えているのやら。
「理解できません」
「長年付き合っててまだわからんか。人間そう簡単に割り切れるようにはできてねえんだ」
と言っても理解しないだろう。彼女の思考のベースには三原則がある。人を傷つけるな。人の命令に従え。上記に反しない範囲で、自身の保存を優先。
俺はまず相手を殺したい。そのためなら多少傷つくことも厭わない。とあれば、反発は必至。しかし対岸を覗き込むことで得られる気付きもある。
「だがまあ、確かに。無謀な突撃じゃ何も得るものはないな」
水をかけられて、そう気づいた。当たり前のことだが、企業は個人よりも力が強い。群体であり、軍隊をも抱えているのだ。単独で突っ込んだところでバックアップも壊されて今度こそ本当におしまい。
「はい。命令ならば従いますが、無策で進めば無意味に死ぬだけです。賛同はできかねます」
「なにかいい案は」
「この船に爆薬をめいっぱい詰め込んで特攻しても、無関係な方が巻き込まれるだけでしょうね」
「つまり無いってことだな。ああもう、役に立たんやつだ」
「役立たずに答えを求めるご主人さまは、それ以下でしょう」
「口をタッカーで縫い止めてやろうか?」
「塞ぐなら男性器の方がよろしいかと。黙らせられる上にスッキリして一石二鳥ですよ」
無表情のままドストレートなシモネタを投げられて面食らう。思わぬ反撃に一瞬言葉を失い、罵倒されてヒートアップしかけた脳みそが冷えてきた。
「……お前相手じゃ勃たねえよ。まったく、シモ系の冗談はいい加減飽きたぞ」
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「いや……うん。まあいい。今日のところは、この話はこのくらいにしておこう。十分頭は冷えた。ゆっくり反撃策を考える」
「結局諦めないのですね」
「そりゃそうだ。テロの片棒担がせて、濡れ衣着せられて、これまで積み上げた実績と名声を全部奪われて、泣き寝入りなんてできるわけない」
「そうですか。では、私もなにか付け入る好きがないか探っておきます。慎重に。」
「任せる。頼りにしてるからな。なんならゲイリーのアドレスを踏み台にしろ。あいつには貸しがあるからな、スケープゴートの役割を背負わせても文句は言わんだろう。言っても無視しろ」
「わかりました。では、とりあえず夕食を作ってきますね。失礼します」
……変わらない、というか昔に戻った、という感じもするな。少しだけ以前より血の気が多い、ような気がする。一応バックアップは命日の朝に取ってあったが、精神が肉体の状態に引っ張られてるのか、疲労のストレスが精神状態に影響を与えているのか。
何かしらの仕返しをする、というのは死ぬ前からの決定事項だから、そこは変えずに。ただし、もう少し冷静に、慎重に考える。
今はまだ、行動を起こすべきではない。相手は俺が死んだと思っているのだから、その優位を活かして色々証拠を探って、致命傷になる弾丸を探すのだ。
またせたな!(8月は忙しくて死んでましたすんません)




