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宙の人  作者: からす
第二章 親子で傭兵業
20/21

第20話 ろくでなしの晩餐

 もしもの時のためのバックアップ。できるならこれに頼りたくはなかった。


「ぐぬぅぉおおおおお」

「がんばってください。腕立て伏せあと五回」


 バックアップが起動してからはずっと筋トレ強化月間。細胞を培養して生成したクローンボディだが、前のボディと違うのは、まあ色々あるが一番に挙げるなら筋肉の量だ。起動するまで低重力環境でずっと眠っていたわけで、筋肉などあるわけがない。

 仕事をするためだけでなく、生活するためにも最低限筋肉がいる。バックアップを使う前提で生活などしていなかったから、電気刺激で強化する設備などもない。つまり、辛く苦しいトレーニングをこなし続ける必要がある。


「終わりぃ!」

「次は十分の休憩を挟み、スクワットを二十回を五セット」

「……休ませてくれ」

「十分では不足ですか?」

「いや、今日はもう終わりにしないか……疲れた」

「ダメです。一日も早く原状復帰しなければ、次にいつ襲撃があるかわかりません。訓練とは毎日やらなければ効果が出ないものです。さあ早く」

「さすが機械だ。血も涙もないぜ」

「模したものはありますよ」

「そういうことじゃない」


 そういうことじゃないが、わかって言ってるんだろう。機械も冗談がわかるようになってきたか、大した成長ぶりだ。


「今日の夕食はリリィ様が作ったプロテイン粥です。楽しみにしてください」

「毎日同じものばっかじゃねーか」

「ご不満ですか?」

「不満だよ!」

「叫ぶ体力があるのは、トレーニングの効果が出ている証拠です。計画では一か月で元に戻す予定ですが、余裕がありそうですし一週間縮めますか?」

「やめてくれ。死んじまう」

「ではこのままで。恨むならゲイリーさまを恨んでくださいね」


 ゲイリー。ああ、ゲイリー。あいつのせいで今こんな目に遭っているが、あいつが俺の死体を写真で撮って、傭兵組合に死亡登録をしなけりゃ他の賞金稼ぎが毎日家をノックしてきただろう。それで今と同じか、もっとひどい状態になっていた。理解はできても、ムカつくもんは仕方ない。友人でなければ心置きなくぶっ殺せたんだが。

 体がバックアップ前と同じくらいの筋肉量に戻ったら泣くまで殴ろう、そうしよう。


「……」


 鏡を見る。体には傷一つなく、日に焼けていない真っ白な肌。発達し始めた筋肉がわずかな凹凸を作っているが、前の体と比べれば明らかに細い。同じはずの顔つきも、体に刻み込んだ経験が、脳で知っているだ知識に成り下がったせいで、迫力がない。


 バックアップを起動してしばらくは鏡を見るな、と医者が言っていた理由が分かった。これは自分であるが、自分でない。そんな肉体と精神の乖離を感じる。

 俺はさほど気にならないが、気にする人は発狂するくらい気にするんだろうな。何にせよあまりいい気はしないので、なるべく鏡は見ないようにしよう。


「休憩終わり。さあ、次のメニューを開始しましょう」

「おう」



 一通りのトレーニングを終えて、シャワーを浴びる。シャワーを浴びたらその後は食事。これがまた苦痛で。


「飽きた……」

「味付けは毎回変えてるんだけど」

「プロテイン粥に違いはないだろ……」


 スプーンで白くべたつく液体をすくって口に運ぶ。マズイ。べちゃっとしてるし独特のにおいと味がある。最初はあまり気にせず食っていたが、三食目くらいから飽きて、今では完全に拷問である。

アレに似ているわけではないが、独特の臭いがする粘性の白濁液というとやはりアレを思い出させるのがまた苦痛に拍車をかける。


「しんどい……」

「ほら頑張って食べて」


 それでも耐えられるのは娘の応援あればこそ。無心になって皿に食いつき、かきこんで完食する。


「よく食べました」


 次に待っているのは固形食。流動食でタンパク質を、三センチ角のキューブ状に固められた食料でその他全般の栄養を取る。こっちはまだいい。素材の味が、防火壁を挟んだ程度には感じられる。


 口に入れて噛むと、ガリっとした飴のような膜があるのでそれを噛み割る。その向こうに、ギュッギュッとした何とも言えない固い食感。この固いのは食物繊維で、甘いのか苦いのか辛いのか酸っぱいのかよくわからない感じの味は、何種類もの栄養素を壊さないよう工夫したメーカーの企業努力の結果だろう。

 欲を言うならもう少し味の方をどうにかしてほしかった。非常食に贅沢を言うなと怒られそうだが。

 一粒をしっかり噛んで、飲み込む。最初は顎の力さえなくて、一つ食べるにも苦労した。見かねたリリィに押し倒されて、噛み潰したモノを口移しされた日には情けなくて死にたくなった。

今では少し顎が疲れる程度で、問題なく食事ができる。リハビリが順調に進んでいる証だ。素晴らしい。


「お義父さん。これからどうする?」

「どうするとは?」

「仕事」

「組合に新人として登録して地道に稼ぐ。ついでに感覚を取り戻す」

「また狙われるかもしれないのに?」

「だからこそだ。他の仕事をしていても狙われる可能性はある」


 バックアップで実戦経験は引き継げない。経験は体全体が保有しているもので、肉体を統括する脳に知識として変換されて蓄積される。その知識は引き継いだが、前の体とは色々と勝手が違うからそのままでは使えないのだ。

体をできる限りバックアップ前に近づけて、実戦を経て知識を運用する必要がある。

 新兵同然の状態で奴と戦うことになれば、勝率は絶望的だ。


「私はどうすればいいかな」

「……」


 もう一つの課題。リリィは傭兵登録をしていないが、俺に娘がいるというのはよく知られている。俺が死んだことが広まれば、じゃあ娘はどうしたんだ、となるのは自然か。父の跡を継いで張り切ったら、さぞかし目立つだろう。


「お前だけでも他に仕事を探すか?」

「傭兵以外にできる仕事なんてある?」

「アイドルとかどうだ」

「それは嫌って前にも言ったと思うけど」

「そうだったっけ? 忘れたよ」


 本当は覚えているけど、気が変わっていてくれないかと期待して聞いてみた。結果は残念ながら、変化なし。


「リハビリを早く終わらせないとな。早く仕事がしたい」


 今のところ、リリィとゲイリーでチームを組ませて仕事をさせている。名前は伏せて、ゲイリーの成果としてカウントさせているから目立たず、しかし報酬だけはキッチリもらっているので目立つことなく経験が積める。毎度毎度、何機撃墜したと笑顔で報告してくるから胸が痛い。

諸々の事情を踏まえれば、エクスカリバーの言う通りリハビリ期間を縮めるべきだろうか。苦痛を感じる時間も短い方がいい。




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