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宙の人  作者: からす
第二章 親子で傭兵業
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第18話 入院のろくでなし

 傭兵とは損な職業だ。シェルの操作技術は各所で役に立つが、仕事柄どうしても粗野なイメージが付きまとい、善良な市民の方々からは理解を得難く、転職が難しい。おまけにケガどころか死が常に隣に付きまとうので保険にも入れない。

 目立った活躍、腕があれば警察や軍、あるいは企業から仕事の依頼が入るが、大半の傭兵はそこへ至るまでにデブリと散るか、港で荷の積み下ろしが精々。

たまに傭兵という仕事に幻想を抱いた一部のアホが現実を受け入れられず、食うに困って輸送船を襲い、こっちの方が効率よく稼げると気付いて味を占めたら、晴れて討伐名簿に悪党として名前が載る。それをベテランがかっこよくぶっ殺して、その姿に憧れる馬鹿が出てきて。その無限ループ。


 言い逃れのしようがなくマッチポンプじゃねえか。そりゃ市民様も嫌な目で見るわ。


 話が脱線しつつあるので引き戻す。会社員でないので入院すれば治療費は全額支払わなきゃいけないし、労災なんて当然ないので休業期間中は無収入。蓄えがないと借金しなきゃならないが、返すアテがない奴に誰が金を貸してくれるのか。

幸いなことに、俺には蓄えがあったので生き残れているが、世の傭兵の大半はケガ=引退となる。


「お前ももしものときのために、金はしっかり貯めておけよ。ゲイリー」

「心配すんな。蓄えはちゃんとある。それでリリィちゃんの報告だ」

「聞こうか」


 俺から見たらどうしても身内贔屓で評価が甘くなる。なので療養ついでにちょっと鍛えてもらうことにしている。ゲイリーはその経過報告に来ているのだ。入院中の暇つぶし道具もいくつか持ってきてもらってる。


「腕はいいが、精神が伴ってない。目立つ問題はそれだけだが、致命的な問題だ。この前もうっかりやられそうになってた」

「なるほど」

「足りないのは経験。お前の見方は間違ってないが、下手に腕があるだけに油断が過ぎる」

「頑張って育ててくれ。子供だから適応も早いだろう」

「言う方は楽でいいなぁ」

「まあそう言わずに。金払ってんだからさ」

「桁が一つ足りなくねえか?」

「そこはアイツを働かせてだな」

「カバーするこっちの身にもなってみろ」

「友達だろぉ?」

「はいはい」


 文句を言いつつも、仕事はちゃんとしてくれる。やはり持つべきものは真面目な友人だな。


「しかし、別方向で稼がせた方がいいんじゃないか。顔はいいんだし、アイドルとか」

「俺が同じことを考えないとでも?」

「冷血非道の傭兵がそんなことを考えるとはな。意外だよ」


 ひどい誤解だ。これでも温かい血の通った人間で、ちゃんと親してるのに。


「もちろん別の道を勧めたが。本人が拒否した」

「そりゃなんで」

「あの子の過去は知ってるか?」

「酔っぱらったお前が愚痴ったのを聞いたな」

「なら話が早い。あいつの動機は憧れと正義感だ。自分を死の運命から救ってくれた傭兵にあこがれて。自分の親と、罪のない人々を虐殺した悪党が許せない。だから自分の手でぶっ殺したい」

「引退させろ。今すぐに」


真顔で詰め寄られる。うん、そりゃそうだろう。動機が危険すぎる。金のため、とかの方がまだ理解できるし、ブレーキが利く。だが正義や憧れはそうでない。何かの拍子に転げ落ちて、死ぬだけならまだいいが。まかり間違って討伐名簿に名前が載れば……育てた責任を取るしかない。


「できたらとっくにやってるよ」

「そこをなんとかするのが親の仕事だろ」

「無理」


 止めるのはもうあきらめた。俺にできるのは、道から落ちないように軌道修正してやるのと。うっかり死なないように力を付けさせるだけだ。

 ついでに投資した分を回収させてもらってるのは、言い逃れのしようがなく屑だけど、まあ傭兵だし。世間体を気にする気はない。


「引っぱたいてでも止めろよ」

「拷問みたいな訓練しても変わらねえんだ。そのくらいで止まったら苦労しない。馬鹿は死ななきゃ治らないって言葉は本当だって思い知らされたよ」


 もしかしたら死んでも治らないかもしれないが。


「……そうか。まあ、俺が口を出すことでもなかったな」

「心配してくれたことには感謝するよ。体が治ったらまた一緒に遊ぼうぜ」

「そうだな。じゃあ、今日はここで」


 今のやりとりからわかるように、一般的な傭兵のイメージと実際とは大きく食い違う。だがそれは友人だからであって、もちろん仕事ではその情は欠片も発揮されない。もし敵になれば迷わず撃ってくるだろう。


「さて……また暇になるな」


 ゲイリーの持ってきてくれたデータチップを携帯端末に入れて、再生。SKB69というタイトルの、アイドルグループのパロAV。アイツの好みらしいが、しばらく再生してるとリリィに似た顔の娘がアップで映り、ちょっと複雑な気分になった。こう、興奮はするんだが……イケナイ気分になるというか。


「これがアイツの好みか……気を付けるように言っとかないとな」

「彼がリリィさまに手を出す可能性は低いでしょうし、放置を推奨します。教官に警戒心を抱かれては、訓練に支障が出るかと」

「……エクスカリバー。声をかけるにしてももう少しタイミングってものがな」


 久々に元気を取り戻した『相棒』が、相棒の声に反応してしぼんでしまった。なんてことを。


「失礼しました。しかし性欲処理なら私にも一応機能はありますよ」

「無理無理。頼むくらいなら死ぬ」

「私が機械でよかったですね。生身の女性に同じことを言ったら九割の確率で殴られますよ……ところで、誰か来ますのでその端末はしまった方がよろしいかと」

「おう……マジか」


 再生を停止して、ベッド横の棚に片付ける。危うく相棒丸出しのみっともない姿を見舞客に見られるところだった。


「で、誰だ」

「わかりません」


 この病室はほかの病室と離れている。身内以外に来るとすればナースか医者だが、この時間帯には来ないはず。エクスカリバーがカバンからでかい散弾銃めいたフォルムの銃を取り出して、これまたでかいドラムマガジンを装填して……俺も枕の下に忍ばせた拳銃を取り出し、弾を込め、安全装置を外し、ベッドを立てて遮蔽物にする。

 傭兵というのは損な職業だ。仕事柄どうしても人から恨まれやすい。名前が知られれば知られるほど、実績を重ねれば重ねるほど……身に覚えしかない恨みが送られてくる。


「数は」

「一つ」

「ゲイリーが忘れ物を取りに来たってのは」

「彼はアンドロイドでもサイボーグでもありませんよ。それとも、そういったお知り合いに心当たりでも?」

「お前以外には居ないよ」


 しかもガチかよ。一応扉をロック。


「ここ何階だっけ」

「地上五階です。スタントマンの経験は?」

「あったら今すぐ窓から飛び降りてる」


 コンコン、とノックされる。随分行儀がいいじゃないか。ぜひそのまま帰ってくれ。


「入っても?」

「今ちょっと恋人と楽しくやってるとこなんだ。出直してくれるかな」

「そうか。それは失礼した」


 失礼した、とか言いながらドアのロックを力づくで破壊、警報が鳴り響き、扉を蹴破り、敵の姿が覗く。降りてくる緊急用シャッターを受け止め、ひしゃげさせて、部屋に侵入しようと試みる。

 同時に、エクスカリバーの構えた銃から弾丸がフルオートで放たれる。弾頭は20mmHEAT弾。それを毎秒10発のレートで撃ちだす。

人間が制御できる代物ではないが、しかし人でないなら扱える。20発マガジンの中身を2秒で撃ちきった後には煙とスクラップしか残らない。

 直後、エクスカリバーがベッドのこっち側へ飛び込んできて……俺を抱きしめて……廊下のスクラップが爆発。炎が窓を割った。


「……プハッ……くそが……弾もタダじゃねえのに」


 エクスカリバーの抱擁から解放されて一息。胸で窒息するかと思った。肺を焼かれるよりはマシだが。

 そして、爆心地で真っ黒に焼け焦げたスクラップ。データの回収は望めないだろう、畜生め。これじゃ弾薬費を請求できない。


「髪と服が少し焼けてしまいましたね。機能に障害はありませんが、修繕を希望します」

「ああ。だがまず退院手続きだな。くそ……またいらん出費が増えた」

「ご主人様は悪くないので、踏み倒しましょう」

「そうだな。それがいい」


 人を治すための病院でケガ人を出そうとするなんて……一体誰がそんなことをすると思う? わかんねえな。わかるのは、病院だろうと安全じゃないってことだ。やっぱり傭兵が安心してくつろげるのはマイホームしかない。ハッキリわかんだね。


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