第11話 逃げる者と追うモノ
結局、あの後無事に依頼を受けられた。正規の手続きを踏んでいないので報酬が割安なのは、まあ仕方がない。飛び込み依頼だし、案内料金を払わされなかっただけ御の字だろう。
ただ、途中で海賊の襲撃がなければ、報酬は安め。襲撃があれば追加報酬が支払われる。当然、護衛が成功して荷物が無事に届けられればの話だが。
今のところ、レーダーに映るのは塵や小惑星程度のもの。それもコース外なので気にする必要はない。
前方を行く大型輸送艦のケツを艦橋(と言ってもサイズ比からすると運転席みたいなものだが)から眺めながらあくびをする。
現在、宇宙港から出ておよそ五時間ほどだ。旅の道程はまだ半分にも達していないが、まったく退屈な旅だ。退屈は平和とも言い換えられる。平和とは素晴らしいことだというのに、俺は何かあることを心の隅っこで期待している。
なんというダメ人間。
コックピットから眺める宇宙の色は、どこまでも続く果てしない黒と、その中に星の灯りがちらほらと混ざる。あまり代わり映えはしない。
彗星でも流れていれば、もう少し楽しい仕事になるんだろうな。
『雇われ共に告げる、仕事の時間だ。迎撃準備をしろ! 今すぐだ!!』
突然怒鳴り散らす輸送艦の艦長と、命令を受けてすぐに船外に出てくる、同業者のシェル達。
「こっちのレーダーには何も映ってないが」
『ボートとタンカーでは積んでる機材の出力が違うんですよ』
「それもそうか。シェルの立ち上げは?」
『スタンバイモードで準備してあります。起動まで一分』
「仕事が早いな。褒めてやる。リリィ、聞こえてるか。出るぞ」
ベルトを外して運転席を離れ、格納庫へ向かう。何もなければ仮眠でもしようかと思ってたのに、と残念に思いながら、廊下から格納庫の扉を掴み、開く。いそいそと気密服を着こんで、シェルに乗り込んだ。
『お義父さん遅い』
「もうオッサンなんだ。許してくれ」
『肉体年齢は若いでしょ!』
「体は変わらなくても心は老いる」
『また屁理屈を……』
「まぁ、仕事はきっちりやるさ。コックピット密閉。格納庫減圧開始。完了次第ハッチ開放、拘束解除」
『減圧完了まで十秒……完了。ハッチ開放。カタパルト射出』
開いたハッチの向こう側にはすでに傭兵らが展開し、待機している様子が見える。自分もそれに加わる。レールにつなげられた自機が加速、まっすぐ外へ放り出される。数秒遅れてリリィの機体も後を追う。
まったく。さっきまで退屈だ、と心の内で文句を垂れていたのに、いざ有事となれば消えてしまった平穏を惜しむ。人間というのはなんてわがままなのだろう。
『現在、大型の物体が当艦に向け急速で接近中。距離測定用レーザーを受け、所属の確認をしましたが先方はこれを無視。よって不明機を敵性勢力と認定。皆様には当初の依頼内容に沿って、脅威の排除をしていただきます。接触までの時間は十分。よろしくお願いします』
『大型って、具体的にどのくらいのサイズだ? 隕石の見間違いじゃないだろうな』
オペレーターの説明に、名も知らぬ傭兵がツッコミを入れる。それは俺も気になってた。
「まずサイズについてお答えします。この艦と同程度か、またはそれ以上。隕石との見間違いについては、否定します。あちらからレーダー照射があり、その後反応が加速したためです。他に質問は」
……輸送艦と同じかそれ以上って、どうやって排除しろと。シェルの手持ちの火器で艦船を撃墜はほぼ不可能だ。せいぜい推進装置を破壊して動きを止める程度が限界。というかそれも難しいような。むしろこっちがやられるんじゃ……
しかしただの海賊が、それほど大きな船を持っているものか。本当に海賊とすれば、よほど勢力の強い海賊になるが、俺の知る限りではこの航路は彼らの縄張りには接触しないし、まず一番に停船命令を出すはず。
となると軍か? まさか軍隊が民間の輸送艦を狙うわけがない。戦争が始まるなんて、噂にも出てこないし……
『不気味だな』
『なに、殴り殺して死体を検めれば、どこのどいつかはっきりするさ』
『しかしそんなにデカイ奴をどうやってブッ殺すんだ?』
『一発の銃弾で止まらないなら百発ぶちこめばいい。それでもだめなら一千発だ』
『弾代は誰が出す?』
『デカイ船だ。スクラップとしての価値もさぞかしデカいだろう。弾代払っても酒のお替りし放題だ』
『ヒャッホイ、テンション上がってきたぜぇ!』
『落ち着け。相手を殺しても自分が死んだら酒も飲めないぞ』
傭兵たちの戯れで無線が騒がしくなる。気持ちはわかるけど、もう少し静かにできんかね。
『こちらゲイリー。悪いニュースだ。長距離カメラで見た感じ、この船よりデカイのと、どう考えても突撃用の衝角を着けてる。突っ込んでくるつもりだ。時代錯誤にも程があるぞ。画像を送るから見てみろ』
「ジーザス。設計者は馬鹿だろ」
『私もそう思う』
送られてきたのは、デブリ破砕船がつけている角を大きくして前面に張り付けたような姿の物体X。あんな立派なブツにケツを掘られたら、どれだけお堅い女でも一発で昇天しちまうだろう。
設計者は頭がいかれてる。艦船は精密機械の塊なのに、そんなものをぶつけるなんて修理費だけで頭を撃ち抜きたくなる。
「衝角突撃なんていつの時代の戦法だ。これが同じ宇宙時代を生きる人間のやることか? 原始人がタイムトラベルしてきたんじゃないだろうな」
……現実逃避はやめだ。現実を受け止めて、どう対処するかを考えよう。正面衝突するのが前提の設計なら、正面装甲は極めて頑丈に作られているはずだ。正面から撃破は戦艦砲でも持ってこないと無理。じゃあ、やっぱり掘られる前に掘るしかないか。
『さておき。こいつが海賊って線は薄いな』
「ないな。手口が雑すぎる」
海賊は護衛満載と見れば痛い目を見る前に引き返す。護衛の数が少なく、大した損害も出さず制圧できると判断すれば、最低限の損害だけ与えて投降を促し、積み荷を丸ごと手に入れるか、たまに船ごと奪っていく。そうするのが一番儲けが大きいからだ。
だから、こんな雑なことはしない。
『じゃあ、何がこの船を狙うんだ』
『エイリアンかもな』
『以前、ご主人様が実戦テストの依頼を持ち掛けられ、断った新型兵器ではないでしょうか』
「ハハハ、そんな馬鹿な……そんなことあるわけねえ……と思いたい」
その推測が当たっているとするなら、どこかから俺の所在がバレていて、それをもとに件の会社が殺しに来たと? 酷い話だ。わざわざ気を張ってオフラインで話をしたのに、これでは全く意味がない。
「ゲイリー」
『俺じゃない』
「まだ何も言ってないぞ。なのにわかるってことは心当たりがあるんだな!? 終わった後生きてたら締め上げてやる!」
『まぁまぁ、その話は後にして、今は目の前の事を片付けようぜ。俺の見立てじゃあ、正面から行けばひき潰される。回り込もうとすれば、たぶん側面に仕込んでるであろうミサイルやら機関砲やらがお出迎えしてくれるだろう。アレを止めようと思ったら、それをかいくぐってケツを掘るか、発射口を潰して誘爆させるかの二択だ』
「そんなもん誰だって見りゃわかることだ。偉そうに解説するんじゃねえ!」
『おいおい、喧嘩は終わった後に二人きりでしてくれ。うるさくてかなわん』
『同感。でもあなたが言うことじゃない、さっき散々騒いでたじゃない』
各々好き勝手言ってるが、やることは全員分かっている。
敵が輸送艦に到達するか、その前に護衛が全滅すればゲームオーバー。それまでに敵を殺せば俺たちの勝ち。ルールはいつもと変わらん。やられる前にやれ。
「まあ、いつも通りだな。よし、ゲイリーお前が気を引け。俺がケツを掘ってきてやる」
『しょうがねえなぁ。やってやるさ。あとで一杯奢れよ』
大変結構。仕事を投げ捨てて敵前逃亡なんてしたらぶっ飛ばしてやるところだったが、その必要はなさそうだ。
先に光の尾を引いて飛んでいくシェルの群れに、自分も混ざって飛んでいく。
果たしてこの中で何人生き残れるやら。
「エクスカリバー。俺が死んだらリリィはお前に任せる」
『やめてよお義父さん、縁起が悪い』
『死亡フラグですね。承りました。ご主人様が死んでも代わりは居ますから、安心して死んでください』
「そこは死なないでください。だろう」
『あなたは死にません。私がサポートしますから』
「まあ、死んでもバックアップがあるんだけど」
死ぬのが怖くないか、というと、まぁ怖い。それでも、もし死ぬなら苦しまない死に方がいいなぁ。