第10話 宇宙のゴミ掃除
自分で言うのもなんだが、俺はろくでなしだ。頭もよくなけりゃ顔もそれほどよくない。軍にも入らず独学と実戦でシェルの操作を学んだおかげで、腕もそれほどよくはない。悪くない程度なのが幸いだ。
それはいいんだ。この世の中にはそんな奴らはいくらでもいる。だが、特にひどいと思うのが、地獄から助け出した子供をまた地獄へ放り込んでいるところだな。これはひどい。弁解のしようがない。
『お義父さん。準備できたよ』
今俺たちがいるのは海賊のアジトの近く。デブリ帯の中に放置された輸送艦を改造したもの。その付近。監視カメラはエクスカリバーがハッキングを仕掛けて無効化してくれているので、向こうには探知されていないはず。
「よし。お行儀よく扉をノックしてやろう」
ハッチは当然、外からの侵入を防ぐために封鎖されている。軍隊ならともかく、民間用シェルの手持ち火器ではこじ開けるのに難儀する。だからちょっと工夫する。
周りは大小さまざまなサイズのデブリがゴロゴロしているので、その中から良い感じの大きさのものを選んで、ワイヤーで括って、二機のシェルで左右から掴んでいる。
「推力リンク。カウント3,2,1、点火」
機体をゆっくり加速していく。ワイヤーがピンと張ったら徐々に出力を上げいき、最後にはフルスロットル。どんどん機体速度が上昇していき、それに合わせて引っ張られるデブリも速度を上げる。
猛烈なスピードで海賊のアジトが迫る。もちろん激突する前にコースを変える。ワイヤーを手放してから。
「ワイヤーパージ。軌道修正、ぶつかるな」
『そんなドジはしないって』
二機は左右に分かれて激突を回避するが、引っ張られていたデブリはまっすぐ海賊のアジト、輸送船に向かっていき。
「着弾!」
十分に運動エネルギーの乗った大型のデブリが、海賊船のハッチに深々と突き刺さり。衝撃で船体全体が動いた。これで来客があったとわかるだろう。わかったところで、玄関はぶっ潰れてるから出てこれまいが。
『反対側から出てきます。二機』
「リリィ、お前の方向だ。やれるか」
『やってみる』
とは言うが心配なので、狙撃砲のスコープを起動して待機しておく。レティクルの中央をハッチに合わせて置きエイム。顔を出したら狙い撃つ。
待つこと十秒、深い青色迷彩の機体が二機出てきたので、片方は出てきた瞬間にぶち抜いてやった。もう片方は、反動で機体が遊んでいるせいで狙えない。これだから実弾兵器は……とぼやいている間に、リリィのショットガンが敵機に命中。命中個所にいくつもの小さな爆発が発生して、デブリの仲間入りを果たした。
「エクスカリバー。残りの敵は?」
『シェルはすべて破壊しました。あとは生身です』
「よし。じゃああとは港湾警察に任せよう。それから前の会社に追加報酬をよこせとメールをしておいてくれ。リリィ、帰って飯にするぞ」
『了解』
『はーい』
ということで後日。例の会社からはしっかりと追加報酬をもぎ取ってやった。弾薬と燃料代程度の、だが。まったくケチな会社だぜ。
さて、依頼は山ほどあって、その中から好きなものを選んで受ける。というのが俺の……というか俺たちの仕事。割のいい仕事から売れていくので、楽をして儲けたいのならマメに掲示板を見ておくべきだ。
しかしたまに地雷な仕事が紛れ込んでいるから、報酬がいいからといってホイホイと請け負ってはいけない。依頼内容をよくよく確認しておこう。
それでは、楽しく素敵な傭兵ライフを。
「俺を名指しで仕事が入ったって?」
「ああ。たまにこういう事もある」
次の仕事は何にしようか。と思っていた矢先に飛び込んできた、傭兵派遣会社からの呼び出しメール。
仲介料をもらって掲示板に仕事を載せるだけ、その後のことは当人同士で勝手にやってろ、が基本姿勢の会社がわざわざ呼び出すなんて何事か。そう思って来てみたら、個人あての依頼が入ったとの説明がされた。
「個人を指名しての依頼なんて、よほど気に入られたか、その逆かの二択しかない。お前いったいなにをやらかしたんだ?」
「何をしたと言われてもな。あっちの用意した無能のせいで死にかけた、と文句を言ったくらいだ」
「そうか。そのくらいで殺すとはふつう思わんよなぁ。となると気に入られた? 悪口を言われたのに?」
「実力を評価するとは言われたよ。また頼むかも、とも」
「おお、よかったな」
「俺みたいなボンクラに?」
「不思議なこともあったもんだ。世の中にそんな変人がいるなんてな!」
それはともかく、依頼の内容を見てみよう。受けるかどうかはそれから決める。安全な仕事ならまた引き受ければいいし、そうでないなら断ればいい。
「なに……新兵器の実戦テスト。報酬金額は……やけに高いな。おまけに全額前払い? 終了後に新商品もプレゼント?」
なんだこの見え見えの地雷は。怪しいどころか殺意があふれ出ている。殺意マシマシすぎて皿からハミだしてるぞ。例えるならあれだ。ババ抜きのババを裏返して「これ引いて」と言ってるようなもんだ。
これを受けたら死ぬ。推定ではなく、断言できる。
「よっぽど気に入られたようじゃないか。本当に身に覚えがないのか?」
「あっちが非常識なほど短気で、デブリ掃除に戦艦を持ち出すような馬鹿だってことはわかったが、俺からは本当に一言二言しか罵ってない。これはマジだ。あとこの依頼はゴミ箱へ捨てといてくれ。俺は別の港へ逃げる」
命の安売りはしない、とは言ったが、いくら高くても売る気にはならん。
というわけで他の仕事を探す。今回は変なのに目をつけられたことだし、オフラインで定期便の護衛でも請けよう。居場所をくらませば、わざわざ殺しには来ないだろうし。
発注したレーザーライフルが届いたらすぐに出られるよう、帰ったらリリィに説明しないといけない。
いきなり港を出る、なんて言っても納得してもらえないだろう。
『説得はお任せください。家の義体で話を共有してあります』
「お前は本当に優秀だな」
『ありがとうございます』
「ところで、行先は?」
「適当に決める」
「決まったら教えろ。俺もついてく。最近ここでの生活も飽きてきたからな」
「情報を漏らしたら許さんぞ」
「安心しろ。誰にも言わん」
「ならいい。しかし、お前はこの港を空けてていいのか? 一応、責任ある仕事を任されてるんじゃないのか?」
ゲイリー・トライフット。愛称は三本足。依頼掲示板の管理者で毎日やって来る仕事をぺたぺたと掲示板に張り付けるだけの仕事をやらされている。
数が多く、依頼は二十四時間、時間帯関係なく持ち込まれるから、割と過酷な労働らしい。単純作業だし機械にやらせてはどうか、と思って聞いたことはある。もちろんゲイリーも考えていたことらしく、ちゃんと理由も帰って来た。「生身の人間でないとダメな客が少しいるおかげで、俺は給料をもらえてる」のだとか。
では、代役が見つかったのだろうか。
「少し高いアンドロイドを買った。人間と違うのは中身だけだ。ユーモアたっぷりだぞ、お前の相方みたいだ」
「いいのかそれ。バレたら怒られるぞ」
「バレやしねえよ。機械は嫌だとか言ってる馬鹿の頭の中は、21世紀で止まってる。今は24世紀だ。見分けられるはずがねえ」
「旅費は自分で出せよ」
「もちろん。じゃあ、俺は例のお客さんにお断りの連絡をしとく。帰っていいぞ」
「任せた。またな」
そして帰宅。
「というわけで、引っ越しだ。嫌なら残れ」
我が家は中古の小型輸送艦の内装を改造したもので、港近くの小惑星帯にアンカーを打って係留し、生活している。嫌なら荷物を纏めさせて、生活費を渡して放り出す。
ここの港は食料栽培プラントが港内にあるから、飯がうまくてよかったんだが。
「父さんについて行かないと生活できないでしょ。私も行く」
「ん? 生活費は出すぞ」
「まだ一人立ちはできないから。ついていくわ」
時計を見る。依頼の話を受けてからまださほど時間は経ってない。もう少しゆっくりしてもいいか、と甘えた考えが浮かんだが、善は急げだ。次にやることをやろう。
「じゃあ港へ行ってくる。近いうちに出る輸送艦を探さないと。護送もついでに請け負うからな」
本当ならわざわざ出向かなくとも、掲示板を使えば済む話なのだが。これも危険から身を守るため。臆病すぎるくらいがちょうどいいのさ。。
「待って」
「なんだ」
さっさと行って帰ろうと思ってたのに、リリィに呼び止められてしまった。
「話に出てきた会社の名前、心当たりがあるの」
「……ハッキング仕掛けて逆探知でも食らったか?」
「違う! お父さんの勤めてた会社」
「俺……じゃないな。リチャードさんか」(実父の名は第2話の通り、リチャード・J・マイヤースではなかったので…?あと、第3話より、主人公がカール・バーナードです…よね?)
テロの犠牲者の一人。かつ、リリィの本当の父親。では、リリィがなぜそんなことを気にするのかを考えてみよう。身の安全に直結する話だ、真剣に。
あの会社がリチャードさんを殺すために、テロを装って港を爆破したと仮定すれば、テロリストが新型シェルを持っていた謎も判明する。なぜ殺されたのかは今は置いておこう。俺には関係ないことだし。
「生存者の殺処分が目的か?」
金に釣られてあちこちに顔を出したツケが、今になって回って来たか。クソ、目の前のニンジンに釣られた俺が馬鹿だった。
あのテロに会社が直接かかわったことを証明することができれば、それを武器に敵を打ち倒すこともできただろうが、残念だがそんなものはない。
暴力至上主義の傭兵らしく武力行使で叩き潰す? 無理だ。企業というのは大きな人間の塊で、大きさに比例して力もでかい。
タンカーにボートでぶつかるようなもんだ、ぶつかればこっちが粉砕される。
こっちは小物だし、小物らしくチョコマカと逃げ回ろう。蠅のように目のつくところでブンブン飛び回らなきゃ、潰されることもないだろう。そうすればいずれ忘れてくれる。いつかきっと。