シンデレラ、お断り
顔が青くなったお馬鹿な王太子はさて置き、クルーシェは薄い緑の瞳を見開いた。
これは好機かも知れない。
冤罪を晴らし、逆に相手である王太子や件の泥棒令嬢の伯爵家に恩を売れるかもしれない。そう、それはこのふざけた妃探しの夜会へ旅立ち時に願っていたこと、領地運営のためのコネクション獲得というクルーシェの野望。王太子と王族の公爵様、それは最強のコネ。
笑みが溢れてくるわ…
クルーシェは笑い声を噛み締め、広角の上がり過ぎないように必死に我慢した。
「余所者が口を出すな!私とその田舎者令嬢の話だ!お前だって王太子というこの俺様に嫁ぎたいだろう。」
んな訳あるか、馬鹿王太子。
クルーシェは喚く王太子に心の中で毒舌を吐く。そして、子どもたちを見守る聖母のような笑顔を作った。
「大変有難きお申し出ですが、辞退させていただきますわ。」
「そうだよね、こんなお馬鹿と結婚なんてお断りだよね。」
イクスの問いかけにクルーシェは無言で微笑んだ。
「取引をいたしませんか?」
「俺を脅すのか?田舎者。」
王太子はクルーシェにはまだ強気な姿勢を崩してはいない。
恐れ多くも自国の王太子をクルーシェは脅しているのだ。怯まないわけではない。でも、イクスが味方にいる今が時!
「いえ。王太子殿下にも喜んでいただけると思いますわ。ここはひとつ、私の勘違いをしてしまったということにして、違う人間を王妃として迎えるのです。そして殿下が勘違いした私を優しくお許しくださったというお話にすれば、殿下の評判もまた良いものになるでしょう。」
クルーシェは駄目押しの笑顔を殿下に叩き込む!
プライドの高い殿下がその話に乗っからない訳がない。
「しかしながら、私には悪評が付くでしょう。その埋め合わせとして、コネクションが欲しいのです。私たちの領地は狭く、これといって大きな事業がありません。その為の新規開拓の礎がほしいのです。」
貴族お得意の面の皮の厚い笑顔を貼り付ける。
「…小賢しい女だな。」
少々の暴言などその仮面の中に隠せてしまうのだから、貴族はすごいと思う。そんなクルーシェも貴族の端くれだが。
「はい。このような自分が殿下の妃など申し訳がないのです。」
「クルーシェ嬢は優しいね。僕なら無償でその役を買って出ていいのだけれど。」
イクスがクルーシェの手を取り手の甲にキスをした。
クルーシェは少し身震いをすると、また笑顔を貼り付ける。
キッザぁ…
手の甲にキスはそれは挨拶ではあるけれど、上流階級何それ美味しいの?で暮らしているクルーシェには少し刺激のあるものだった。
さっきからイクスにヤラレっぱなしでもなお起き上がっていた王子は三度目のダウンを食らっている所だった。これが試合ならとっくにテクニカルノックアウトで終わっている所だ。
「…健気な田舎娘に免じて許してやろう。」
あ、私にはまだ強気なんだ。
こめかみをピクピクと動かしながら王子が言う。それをクルーシェは温かい目で見る。
打たれ強さもまた長所っちゃ長所だよなー。
「仰せのままに。」
早く髪飾りは返してもらいたい。だが、背に腹はかえられぬと言う事だ。私の心などよりも領地の行く末の方が何倍も大切だから。髪飾りを用意してくれたお父様も喜んでくれるはず。
結局、馬鹿王太子曰く御茶会を開いて紹介してくれることになった。そこで、クルーシェの領地の特産品を出したり、紹介なりをしてくれるらしい。
ふう。
クルーシェはイクスの馬車に乗ると自然とため息が出た。
「疲れた?クルーシェ嬢、本当に貴族令嬢なんだなぁって思ったよ。」
「本当に貴族みたいです。私も忘れていたけれど。イクス様も王子様みたいでしたよ。」
違和感の残る手の甲をクルーシェがチラッと見た。
「クルーシェはこう言うのが好きなの?」
「いえ、全く。今後はこう言うのはよしてください。」
クルーシェがハッとして口を閉じた。抑えていた失言癖が顔を出す。イクスは笑っているが、クルーシェは戦々恐々だ。何せ、怒ったイクスは超怖いとわかったから。
イクスだけは敵にするまいと思うクルーシェだった。