私の国の王太子がこんなにバカなわけない!
クルーシェの乗った馬車が城の中へと入って行く。
相手は将来、一国を背負う王太子。クルーシェは緊張はしていた。真実を捻じ曲げて人一人はおろか、一族皆抹殺するなど造作もない。
何故あんな目の前で手を挙げてしまったのだろう。
クルーシェは改めて後悔した。話も聞かずに親切に拾ってくれただけだと思ってしまった。膝の上で硬く握ったクルーシェの両手に、イクスが手を重ねる。
「行こう。腐った王族は懲らしめないとね。」
イクスは自信満々な笑みを浮かべた。
クルーシェはその笑顔を見て、食いしばっていた奥歯の緊張を解く。
…なんだか大丈夫な気がしてきた。
それが恐れを知らぬ変人だからだとクルーシェは薄々気づいているが、今は頼り甲斐のある人と言うことにしよう。
たどり着いた部屋は、裁判所でも、謁見の間とかでもなく、豪華ではあるけど普通の部屋だった。
「来たか、田舎者め。」
辺りを見回しているクルーシェにその言葉を浴びせて、王太子が登場する。
クルーシェはその言葉に顔色一つ変えず、膝まずき頭を下げた。田舎者など分かりきっていることだから。それに…やはり横に居てくれる存在があるのが一番だろうか。クルーシェの心の友、及びリーサルウェポン、イクスは王太子の前とはいえ、級友に会うように笑っていた。
「犬じゃないんだから、女性を威嚇するのはよくないよ?」
イクスは穏やかに毒を吐く。田舎者呼ばわり程度で王太子を犬呼ばわりなど、いくらなんでも過剰過ぎてクルーシェは少し王太子に同情を覚えると同時に先程感じていた緊張感も何処かへ吹っ飛んでいった。
見事にカウンターが決まった仕返しに、王太子は下を向いてプルプルと震えている。
クルーシェが王太子のセコンドならば、胸に詰めた白い布を投げて挙げたい気分だ。
騎士の情けと言わんばかりにクルーシェはイクスの顔を見て目配せをした。
「ああ、そうだったね。挨拶はこれくらいにして、本質的なことを話し合おう。」
イクスが話を変えると、王太子は睨みつけるように顔を上げた。
「君はあの盗人令嬢を保護しているよね。それで自分の愚かさを分かったんじゃないかい?」
子どもを諭すように、イクスが王太子に話しかける。それは時に人の神経を逆なでする。
「あの令嬢は己の生まれである伯爵家を盾にして身分の低い子爵家や男爵家から大層盗みを働いていたそうだよ。こちらが盾になるからと言うと被害者である子爵家や男爵家の方々は立ち上がってくれたから。これがその写し。」
ズラーっと並ぶ名前に、あの令嬢の悪質さが浮き彫りになる。
私、蚊帳の外だわ。
当事者でありながら、クルーシェは己の口の軽さを知っているため、口を結んでしおらしく佇んでいた。
しかし、イクスがこの数日でここまで調べ上げ、根回しをしていたのに、クルーシェはとても驚いていた。証拠として宝石の鑑定書と髪飾りの注文書を見せればいいと言う安易な考えだったのが恥ずかしいくらいだ。
「では、問おう。ここに居る令嬢、クルーシェは泥棒ではないよね?」
静かにイクスが王太子に問う。イクスの瞳は真っ直ぐに王太子を捉え、真剣な空気を醸し出していた。部屋の静寂さが際立つ。
「…ああ。確かに髪飾りの持ち主はそこの令嬢だ。だがしかし、髪飾りの持ち主を我が妃にすると宣言したのなればいたしかない。そいつを娶るとしよう。こんなどこにでも居るような凡人を妻になど本当に不本意だが、仕方あるまい。」
真剣な空気を切り裂き、丸めて捨ててしまう王太子。
クルーシェは思わず顔を上げてポカーンとしてしまった。イクスの表情も固まっている。
「…本当に馬鹿だよね。」
イクスが低い声で呟くと、表情はおなじなのに空気は一変してしまった。
怒っている。
クルーシェはそう思った。優しい人ほど怒ったら怖いと言うが、今ここでそれを体験することとなった。
「報告書はもう書いて送るだけにしてあるんだけど。それを国王殿下が読んだらどうだろうね。王位継承権剥奪だろうか?それは国民にとってもいいことかも知れないが、昔のよしみで猶予しているんだよ?分かっているの、自分の立場?流石、カンニングしても一番を取れない王太子様様ですね。」
王太子よりも身長の高いイクスが王太子を見下ろす。射殺すような冷たい視線だ。
隣にいるクルーシェも逃げたい気分になって来た。