七つの大罪を網羅する娘
ソワソワしながらも包み込むような柔らかなベッドでグッスリと寝てしまったクルーシェは自分の図太さを感じていた。しかし、王族を婚約を破棄に追い込んだ挙句、略奪するような趣味も度胸もない。スッキリと起きた頭におさらいするかのように昨日の出来事が入り込んできて、クルーシェは頭を抱えた。
結局、運び込まれたイクスの婚約者へのプレゼントには一切触れずに、部屋の一角に積み重ねたままにしてある。
クルーシェは昨日のダサいドレスに袖を通す。
昨日は頭の中ではイクスの婚約者にどう誤解を解くか考えを回していた。
「おはようございます。今日は朝の支度後にお坊っちゃまをお呼びいたしますので、それまで部屋でお待ちください。」
部屋をノックする音に返事をすると顔を伏せたメイド数名が部屋の中に入ってきて、そのうちの一人がクルーシェに今日の予定を話す。
ベッドに腰をかけて静かに話を聞いているとクルーシェはメイド達に囲まれた!
「こちらで顔をお清めください。」
目の前に水の入った金の模様がついた器を置かれる。その水に触れる程よく温かい。
自分の家だと自ら井戸まで行き、水を汲んで冷たい水で洗うというのに、クルーシェにとってこれはかなりのカルチャーショックである。
ぶ、ブルジョワ…
「お飲み物はいかがいたしましょう?紅茶、ハーブティー、コーヒー、オレンジジュースをご用意しておりますが。」
顔を洗い、即座に差し出された布巾で顔を吹いていると、またもやクルーシェの家では考えられない言葉をかけられる。
「こ、紅茶で…」
「茶葉はいかがいたしましょう?」
「お任せで…」
「ミルクとお砂糖はいかがされますか?」
「…大丈夫です。」
慣れない会話に頭がぐるぐると回る。
顔を洗った器は下げられ、目の前にはブリオッシュと卵料理や果物などが置かれていた。
「ダージリンのストレートティーになります。」
そこに紅茶が添えらる。
クルーシェは美しい花柄のティーカップに手を伸ばし、口元へ持ってくるとなんとも香り高い紅茶匂いが口をつけていないのに香ってきた。
今まで飲んできた紅茶はなんだったという程、味も違う。ブリオッシュを一口食べた。さすがというかウチの噛み応えと腹持ちはピカイチのパンとは格が違う。柔らかく溢れんばかりのバターの香り…クルーシェは一心不乱に出された朝食を全て食べ尽くした。
私、やっぱり図太いわ。
お腹いっぱいになってクルーシェは何も考えられ無くなっている。メイド曰く、しばらくするとイクスが部屋に来るらしい。
それまで何暇だな…
メイドに混じり、ベッドメイキングをしてみた。
「いけません、お客様でありお嬢様に…」
「お気になさらずに。」
自分が寝たベッドを自分で整えるのはクルーシェにとっては当たり前のことで、他人に全てをやってもらうのは違和感がある。やっぱり動いていた方がクルーシェの性格に合っていると思った。
しかも王族と言えば基本的に身元のはっきりしている貴族をメイドとして雇っている。それならばここにいるメイドよりもクルーシェは身分が低い可能性が高いのだ。そんな方々に世話をしてもらうなど、居た堪れないことこの上ない。
きっとお給金も良いのだろうな…
クルーシェの顔がパッと明るくなる。何かを思いついたのだろうとその場のメイド全員が思った。
「失礼する、ダミエ嬢。」
イクスの訪れをキラキラとした目でクルーシェが出迎える。
「お待ちしておりましたイクス様。」
スカートを持ち上げ、クルーシェが挨拶する。
「早速宿場に荷物を取りに行こうと思うのだけれども…どうかしたのかい?」
クルーシェの様子にイクスも気づき、尋ねる。
「馬車に乗った時にお話しいたしますわ。」
時間は限られている。まずは髪飾りを取り戻す為に動かなくてはならない。思惑を抱えてクルーシェは馬車に乗り込んだ。
「…それでどうしたんだい?」
琥珀のような綺麗な瞳に十人並みのクルーシェを映し、イクスがもう一度尋ねた。朝の柔らかな光がイクスの薄く柔らかな金色の髪をより一層魅力的に見せている。
「私を雇ってくださいませんか?」
クルーシェはありきたりな薄い緑の瞳をこの時ばかりは宝石のように輝かせた。
「えーせっかくできた友達なのに?」
可愛らしい子犬のようにイクスが首を傾げた。イクスは青年だが、その美しく姿に可愛らしい仕草も似合っている。
「髪飾りを取り戻しましたら私は領地に引っ込みますので、殆ど会うことはないでしょう。それならばメイドとして側にいることができれば、友人としても会うことはできますよ。」
いつ友人になったのかとか、この際イクスの変な理屈は無視して、友人として側に居られることを説き、自分を売り込む。
ここで働けば仕送りもできるし、もしかしたらいい縁談もやってくるかもしれない。しかも領地の名産の宣伝もできるかもしれない。
城前で燃えていた野心にもう一度火が灯る。
「それもいいかもね。」
…ぅおっしゃぁああ!!!
イクスの言葉にクルーシェは心の中で巻き舌で叫んでガッツポーズを決めた。