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根に持つ系令嬢、君の名は

「大丈夫?髪飾りは必ず取り返して見せるから待っててね。」


お貴族様が優しく語りかけてくれて、田舎者令嬢は自我を取り戻した。

バーサーカーモードがエンストしたように不発に終わった田舎者令嬢はそれまでされるがままの木偶の坊だった。それがいきなり見目麗しいお貴族様の顔のが直撃する。お貴族様の飴細工の糸ような繊細で美しい髪のせいだろうか、薄暗い馬車の中だというに田舎者令嬢は一瞬眩しさを感じて目をシバシバさせる。


「ご温情深く感謝申し上げます。…しかしながら、貴方様は大丈夫でしょうか。相手は腐っても王族ですし…」


田舎者令嬢はみすみす一家破滅する訳にはいかないし、それぐらいなら髪飾りは諦める覚悟はしていた。

しかし、このお貴族様は髪飾りを勝ち取るつもりらしい。


「あはは…腐っても、か。直接アイツにぶちまけたいよね。こっちも腐っても王族だから気にしないで。」


ご貴族様改め王族様様は腹を抱えて笑うと笑いすぎて出た涙を拭い、気軽に衝撃的な言葉をブッ込んだ。

田舎者令嬢は顔を真っ青にして慌てて顔を下げた。

高貴なお方には促されるまで顔を上げないのがマナーだ。しかし、もう田舎者令嬢は挨拶せずに「どうも」「腐っても王族」など暴挙暴言を繰り返している。


く、首切り…


下げた頭のうなじにギロチンが走る想像が見て取れる。


「…数々の無礼、申し訳ございません。」


父、母、弟よ…すまぬ。姉のせいでみんな揃って処刑だ。


田舎者令嬢は心の中で遠く離れた家族に懺悔し、王族様様の沙汰を待った。


「顔を上げて。こちらこそ愚鈍な従兄弟が申し訳ないね。あと、その態度は辞めてほしい。面倒だし前みたいな普通がいいかな。」


くっ…天使がおられる。


田舎者令嬢はこの慈愛溢れる王族様様になら騎士のように忠誠を誓ってよいと思った。


「自己紹介がまだだったね。僕はイクス・シエ・グリテンシュタイン。祖父が先代の国王で、王太子とは従兄弟の関係。で、今は何だかんだで遊んでいる最中なんだ。君は?名前を教えてくれる?」


家名に泥を塗る数々の行いに、名乗るのは気が引けるが、仕方ない。


「…クルーシェ・ダミエと申します。」


田舎者令嬢は頭を下げる。そんな田舎者令嬢の視界の中に王族様様の手が入り込んできた。


「よろしく、ダミエ嬢。」


田舎者令嬢はその手を取ると、軽く引っ張られる。すると顔が上がり、目の前には王族様様の綺麗な顔があった。

先程の普通にしてとの言葉を体現するようにスマートに顔を上げさせてくれる紳士的な王族様様に敬愛の念すら湧いてくる。


この人が王太子ならよかったのに。


田舎者令嬢は心からそう思った。

あの色に狂って人の話を聞かぬ王太子と比べると雲泥の差である。


「早速だけど、君の父さんが持っている証拠が欲しいし、何より君を預かることを了承してもらいたいと思ってる。こちらからも文を送るが、誤解が生まれないように君からもお願いしていいかな。」


屋敷に着いて早々、王族様様もといイクスから提案される。


「はい、もちろん。こちらこそお願い致します。」


田舎者令嬢もといクルーシェは軽く頭を下げた。


「いいんだよ。こちらが首を突っ込んだことだから。あの髪飾りは良いものだね。早く取り返そう。」


イクスの優しさがクルーシェの身に染みわたる。クルーシェにとって色々無くした夜会だったが、イクスと出会えたことで少しは報われたような気がする。

クルーシェは作ってもらった髪飾りを勿体ないと父親本人の前では悪態ついたが、本当は嬉しかったのだ。髪飾りを用意してくれた父親が誇らしく、髪飾りを褒められると父親を褒められたようで嬉しくなる。

クルーシェは抑えていた涙が再び溢れそうになるのを我慢する。


私はあの髪飾りを取り返したい。


クルーシェは案内されて豪華でだだっ広い部屋に連れて来られた。貧乏男爵家のクルーシェはソワソワしてしまって落ち着かない。


「急あつらえでごめんね。君の荷物は…」


先のお城で見たような美しい装飾に溢れた部屋を「急あつらえ」とイクスは軽く言うが、クルーシェのダミエ家のものがこんな部屋に滞在するなど一生に一度もないことだ。王太子と年齢が近いからとお城に呼ばれたことさえも奇跡だというのに、クルーシェは今奇跡を二度も体験している。


「宿場に預けています。」


貧乏男爵家は王都に邸宅を構えることが出来ず、今回は宿場を利用していた。しかも最低限の宿場を選んだため、この屋敷の侍女よりも質素な部屋である。


「荷物は明日取りに行こう。今日はこちらで用意しよう。」


あの場から着の身着のまま、手を引かれて連れてこられたクルーシェはもちろん手ぶらだ。とても泊まれるような状態ではないが、田舎者で開き直りが得意なクルーシェは気にしなければどうにでも出来そうでもあるが、その申し出はとても有難い。


「婚約者へのプレゼントがあったし、それ持ってきて。」


付き従う執事にイクスが指示する。


「ちょっと待ってください!」


その言葉を聞いてクルーシェが声を上げた。


「どうかしたのかい?」


イクスは涼しい顔で微笑んでいる。


「婚約者様へのプレゼントを私などが使えません!」


クルーシェは婚約者プレゼントを横取りして波風を立たせたい訳ではない。ただでさえ、髪飾りの一件で迷惑をかけているのに、これ以上何かを起こしたくない。


「いいんだよ、明日には解消される婚約だから。」


クルーシェは両手を床につき、力なく倒れ込んだ。


「気にしないで。」


クルーシェの上からイクスの言葉降り注ぐ。


これで気にしないでいられるだろうか、いやできない!

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