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盗人は心も盗んでいきました

「初にお目にかかります。クルーシェ・ダミエと申します。わたくしのような者もご招待していただき、深く感謝申し上げます。」


陛下にそれはそれは丁寧に、丁寧に、頭を深く下げて挨拶ををする。


「ゆるりと楽しまれよ。」


もう何十回と繰り返した言葉を王太子が投げやりに口にした。どうやら、このダサいドレスにも目に入ってない様だ。


セーフ!


頭を下げたまま、後ろへ下がる。どうやら田舎者令嬢はハズレらしい。アタリならば顔を上げる様に言われるはずである。

田舎者令嬢は肩の荷がおりたのか、死んだ目をしながら食べ物を貪ることにした。


何しているんだ私。


得たものは何もない夜会だった。失うものは多かったが。友人とか、父親の美的感覚の信頼性とか、羞恥心とか、袖とか、襟とか…


せめて、食べ物だけでも…


挨拶を終えて疲れたのか、持ち前の開き直りなのか、豪華な料理を片っ端から摘んでいると、また後ろから衝撃が走った。今度は押される衝撃ではなく、引かれる衝撃だ。数本の髪の毛とともに髪飾りが令嬢から離れていく。すぐさま振り返ると華奢な身体の泥棒が走り去っていくのを人混みの裂け目から見えた。脚力に自信がある田舎者令嬢も走って追いかけるが、相手は慣れているのか、すぐに群衆に溶け込んでしまった。


「泥棒ー!」


はしたなく叫ぶ田舎者令嬢に群衆は助けるでもなく、まるで喜劇を見ている様な嘲笑だけを浴びせた。


私はいくら無くしたっていい。でもあれだけはダメなのよ。


ドレスの裾を握りしめる。人前で涙を出さないように、必死で唇を噛み締めると、ゆっくりと歩み始めた。


青のヒラヒラとした裾のドレスと金髪の女!


泥棒の特徴を何度も脳裏に焼き付け、瞳に業火を宿して田舎者令嬢が行く。周りの視線など目もくれず挙動不審のまま練り歩く姿は、まるで妖怪のよう。そんな程をして血なまこになって探しても中々見つかってはくれない。

それはあの泥棒と髪飾りが見つからぬ焦りを感じ始めた時だった。


「皆のもの!よく聞け!」


王太子の座る椅子から大きな声が響き、会場中が静まった。

皆が足を止めて王太子の声に耳を傾ける中、田舎者令嬢はその時も忙しく髪留めを探し続けていた。


「この髪飾りに見覚えはないか!」


王太子が高く手を挙げると、手のひらのものがキラリと青く光った。

その光を血なまこになって探していた田舎者令嬢は見逃さない。


「この髪飾りの主を我が妃と…」

「はい!!!」


王太子の声を遮るように勢いよく声と手が上がる。

あの田舎者令嬢である。

妃という言葉に一瞬騒ついた会場がまた静けさを取り戻す。


「私の髪飾りです!」


手を挙げたまま、田舎者令嬢が図々しく王太子の前へ出てくる。


「…無礼者!そなたのものではない!」


一時の静寂を切り裂いたのは王太子だった。

変なドレスを着た美しいとは言えない令嬢に、皆も妃になりたいがための嘘をついた不届き者という目を向ける。


「その主たる宝石であるオパールはわたくしの領地で採れたものであり、加工に至っても文書が残されているはずです。」


その視線を跳ね除ける様に田舎者令嬢は理路整然と冷静に反論する。

普段は売りもできない屑のようなオパールの原石しか取れないけれど、父親が私のためにとっておいてくれた、言葉通りとっておきのもの。しかもオパールはその土地で色や輝きが分かるため、すぐに身元がわかる。

だからこそ花嫁道具として父親がこしらえてくれた。


それを…あの泥棒め…


まぁ、見つかったのであれば良いが、一発はくれてやりたいとは思っている。

再度言うが田舎者令嬢は根に持つタイプである。


「小賢しい盗人め!今すぐそのものを捕らえよ!」


王太子の声が響く。そして兵を向かわせる王太子の手は田舎者令嬢を真っ直ぐ指していた。


って、えっ…私泥棒じゃないんですけど!


訳の分からぬ王太子の思考回路に再び大量の血が頭に登って行くのが分かる。


どうせ、処刑されるなら、王太子もろともいてこましたろか!


近づいてくる兵に田舎者令嬢が一矢報いらんと構えたその時だった。


「はい、はーい!その子がその髪飾りつけているのみたよー。」


実に空気の読めていない、気の抜けた口調である。しかも、王太子に向かって処刑されてもしょうがないほどの不敬な言葉使いだ。


「お前は…」


王太子は天敵を見つけた犬のように低く唸るような声になる。


「今ここで証拠の出し合いっこする?こっちは結構証拠あるけど。ここはひとまず置いといて後で確かめたら?そっちの方がよくない?」


それは先程田舎者令嬢をおもしろいと声をかけてくれたお貴族様の男性だった。

話しかけられた王太子は言葉は無いが「ぐぬぬ」と言う声が聞こえてくるような顔をしている。


「じゃあ、それまで僕の家が彼女を預かるね。いいかい?」


お貴族様が王太子に問いかけたのち、田舎者令嬢の方を見て語りかける。外見は貴族様らしい見目麗しいおぼっちゃま、もしくは優男と言う感じであり、そんな美し過ぎるお貴族様と田舎者令嬢の目が合う。男はニッコリと笑い、田舎者令嬢はそれを呆然としながら見ていた。


「殿下の都合はうちの者を通じて聞いておくから、後日改めてよろしくー。じゃあ、行こうか。」


男は王太子ともあろう方に一方的に話を付けると、田舎者令嬢の手を引いて歩いて行く。

田舎者令嬢は引きずられるように男の家の紋章がデカデカと描かれている、一際豪華な馬車へと乗せられてしまった。

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