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掛け声のふんぬは憤怒のふんぬ

田舎者の男爵令嬢はフンと鼻息をして気合いを入れた。

時は国ができ、何度かの隣国との小競り合いを経た太平の時代。場は王太子の婚約者を探す夜会。

少女は敵城へ乗り込むか様に城を睨んだ。

流行り遅れのドレスに、髪飾りだけがキラキラと輝く。

その髪飾りは令嬢の父親である男爵がこの日の為にとあつらえたもの。例え王太子に選ばれることは無くとも、他の男性から見染められてお嫁に行く時に一緒に持って行く様にと作った一生物の髪飾りである。

そんな輝く髪飾りとは対照的にご令嬢は…よく言えば普通に可愛い。悪く言えばその流行り遅れのドレスの様に野暮ったく、十人並みというところではないだろうか。

そんなご令嬢が気合いを入れて城に向かうのは、王太子に選ばれるという自惚れがあるからではない。

ただ、田舎の男爵である父親が裕福ではなくとも、ここまで用意をしてくれたことに恩を報いたいのだ。


田舎者の男爵令嬢は口をあんぐりと開けて立ち止まった。


天井なんて誰も見ないでしょうが!


神々と天使が祝福するかのように描かれている天井は金色の額縁のような装飾で囲われ、その四方の壁にも似たような絵や装飾を施されている。

これが太平の世の栄華である。


無駄!


それを田舎者はその一言で片付けた。しかし、見れば見るほど気にもなってくる。


どうやって描くのかしら。


令嬢が首を傾けながら不思議に思っていると、後ろから衝撃が走った。


ドン!


「ごめんあそばせ。」


艶やかなご令嬢と田舎者令嬢の目が合う。

艶やかなご令嬢は真っ赤なドレスと同じく真っ赤で羽根のついた扇子で口元を隠して目を細めた。


馬鹿にされてる。


田舎者令嬢はすぐにピンと来た。流行に疎くとも、女のカンというものは常備しているらしい。

それはアホヅラでボケっと立っていれば、おのぼりさん丸出しである。田舎者令嬢はようやく辺りを見渡す。そして今までの違和感について気づいた。


皆の着ているドレスと私のドレスちょっと違う?


ダサい服装に恥ずかしくなりながらも、図太い田舎者はすぐに開き直った。


私は自分を売り込むために来たのではない、領地を売り込むために来たのだ。


と。田舎者令嬢の領地では酪農が盛んであるが、自ら何かを起こすには小さ過ぎるため、何処かの領地と手を組んで何かを提供したり、事を起こせればいい。今日はその手を組める領地探す。全てはとても優しくて少し頼りない父親に恩返しをするため。


しかし、あの行商人、売れ残りを押し付けやがったな!


田舎者令嬢は根に持つタイプである。

アウェーの洗礼を受けている田舎者令嬢でも顔見知りがいないわけではない。なんとか見つけた顔見知りに挨拶をするために、足を運ぶ。


「御機嫌よう、ミレー様」


田舎者令嬢はスカートの裾をちょこんと上げ、丁寧に挨拶をする。

ミレーは顔見知りというか幼い頃からお茶会を開いて何度もあった所謂幼馴染である。小さな身長に小さくて丸っこいつぶらな瞳を持ち、小動物の様な方であり、今日は黄色のドレスがよく似合っている。


「わ、私、挨拶周りがあるから…」


ミレーが脱兎の如く逃げていく。さすが小動物だ。野生の犬…もとい田舎者令嬢が狼にでも見えたのだろうか。


お茶会では一番に仲が良いと客観的にも思っていたのだが…


少し気が弱いけれど心優しい彼女とあんなに和やかに談笑していたのが夢のよう。挨拶さえもされなかった。


「何あれ。カーテン羽織った方がマシよ。」


クスクスと嘲笑う声とともにその声が聞こえくる。


そっかぁ…服かぁ…


田舎者令嬢は自分の服を見た。行商人に売りつけられたとはいえ、父親がよく似合うと手放しで喜んでくれたものだ。よく見れば訳の分からない模様がびっしり描かれた布の間から目の冴えるような赤が所々顔を出している。あとなんて言っても膨らんだ襟と袖が凄い。時々領地にくる道化師の履くズボンのよう。お洒落の分からない田舎者令嬢は違和感を覚えながらも行商人と父親に任せたことを悔やんだ。


父もまた趣味が悪いのだな…


田舎者令嬢は遠い目をした。

知り合いさえも遠ざけるのだから、領地を売り込むなんて無理だろう。


さよなら、今日の夜会。


田舎者令嬢は諦めた。が、そこで帰れる訳ではない。

陛下に一人一人挨拶をしていくのだ。皆、保護者と挨拶するが、父親が来れるほどの経済的余裕が無かったため、田舎者令嬢は一人で挨拶をする。


このドレスで、か…


田舎者令嬢は持ち前の図太さで開き直った。

近くにあったカーテンに包まる。


「ふんぬ!」


と声がすると同時にビリっという音が辺りに響いた。何度かその音を繰り返すと、サッパリしたデザインのドレスを着た田舎者令嬢が出てきた。


他愛もない。


「フッ。」


敵をなぎ倒したように颯爽としているが、うるさい柄とチラチラ覗く赤は健在だ。それでも、かなりマシにはなっている。足元には襟だったものと袖だったものが散らばっていた。

遠巻きに眺めている群衆はその音からなのか、少し恐怖を抱いているような目で田舎者令嬢を見ていた。


「君、面白いね。」


恐れを知らない男が一人、田舎者令嬢に声をかけた。


「どうも。」


田舎者令嬢はぶっきらぼうに答えた。挨拶はしない。今こんな姿で挨拶しても家の恥を晒すだけだからだ。

男は明るい白銀色の上着に煌びやかな金の刺繍や宝飾をほどこされていて、良い家の出身だと一目でわかった。


私がこんなんじゃ無かったらな…


後悔が滲みでるが、この夜会は捨て試合である。後ろ髪を引かれながら、男爵令嬢はその場を離れた。

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