8:お隣さん
さてさて、この地に新たな住人を迎えたわけですが。迎えたはいいものの、そこで話は完結しません。
問題となったのは住居。アーガスさんの家では、男女四人が住むには手狭なのである。
狭いだけならいい。エルフ族の彼女たちは人族に対し、嫌悪感を植えつけられている。数日ならまだしも、今後もずっととなれば精神的に苦痛となってくるはず。
なので新たに、彼女たち三人が住まう家を建てることとなった。
もともとアーガスさんの家自体、彼がゴーレムに命じて作らせたと聞いている。ならば同じ要領で、彼らに作ってもらえばいい。
幸いシエラが、エルフ式の建築知識を持っている。彼女にゴーレムたちの指示を任せれば、三日あれば建てられるそうだ。なにせゴーレムが大人数人分の働きをするうえ、休みいらずだからな。
まずは建築に必要な、木材の調達。木ならば周囲に山ほど生えているのだから、困る理由がない。
総出であたれば、昼には必要な数が揃うだろう。
「くぅ……! どれもかったいわね、この森の木……!」
……と思っていたのだが、早速苦戦を強いられている。薪割り斧で木をぶっ叩くシエラだったのだが、碌な切れ込みすら入れられず音を上げてしまった。
アルファとベータは単眼から光線を発射して木を裁断するため、こちらはすこぶる順調。けれど俺たち人間側は木の硬さに負け、思うように作業が捗らなかった。
『剛神のグローブ』を着けた俺も試しにやってみたが、確かに硬い。かといって力みすぎると、木よりも先に斧が折れてしまった。
これにはシエラもお手上げ。木材の調達は任すと告げて、後方作業に従事するミファとフィエリのもとへ行ってしまった。
ちなみにミファとフィエリは、運ばれてくる丸太の加工を担当している。風の魔法で樹皮を剥き、乾燥させてもらっている。
魔法、すごい。けど使い方が地味なため、見ていてテンションはあまりあがらなかったな。
彼女たちの作業は比較的順調。樹皮剥きに多少てこずるようだが、乾燥作業はうまくいっているとのこと。
シエラがふたりに合流した結果、丸太の調達が逆に追いつかなくなってしまった。
アルファが丸太運びに従事し、ベータが伐採に専念する。エルフ娘たちは運び込まれた丸太を、建築に使える木材へと加工。
作業のバランスが偏っているため、後者が手持ち無沙汰になりがちだった。
ならば均衡を正すため、俺も伐採側に加担せねば。
目録を開き、木の伐採に適した刃物を探して目を走らせる。というのも、収集品が保管された地下室を眺めていたとき、非常に適した剣があったことを思い出したからだ。
「お、あったあった。これこれ」
・『壊転鋼刃』:古代級
特殊機構を内蔵した魔大剣。使用者の魔力を喰らい、起動する。
一本の連なった小刃が高速で回転し、圧倒的な切断力を誇る。
瞬断こそできないが、金剛石並みの硬度だろうと切断可能。
お目当てを見つけ、項目を操作して手元に呼び出す。
現れたのは俺の身長にも劣らない長さの大剣。いや剣というよりも、もっと形容するに相応しい呼び名がある。チェーンソー、と呼ぶべきだ。
長い柄の上にメカボックスであろう箱が取り付けられており、そこから回転刃が伸びている。
柄を握った腕に、ずっしりとした金属の重みが圧しかかる。『剛神のグローブ』を着けているからこそ持てているが、素手であれば持ち上がりすらしなかっただろう。それでも振るうとなれば、両手で握ってやっとである。
魔力を剣に流し込み、起動させる。刃がゆっくりを回転を始め、徐々に速度を増していく。
始めは小さな駆動音だったが、最終的には獣の雄叫びと遜色ない轟音を響かせていた。
某狩人ゲーの大剣モーションに倣って、大振りな横薙ぎを繰り出す。
剣の中心が木の幹を捉えると、弾かれることなく刃が食い込んだ。すると途端に轟音は唸りと変わり、切り口から凄まじい勢いで木屑を吐き出していく。
普通の斧では手に負えなかった硬い木も、あっという間に切断。まるでプリンにゆっくりと包丁を入れたような感覚。
説明書き通り瞬断とはいかなかったが、剣が素人の俺でも容易く木を切れた。
軸をずらし、倒れこむ木を回避。
倒木の枝を一本一本丁寧に切り落としていき、指定された長さに分断。やっとこさ丸太の完成である。両手で持ち上げ、加工組のところまで運んだ。
俺が伐採組に加わり、ようやく作業が順調にまわり始める。何度か繰り返せば要領を掴み、効率がよくなった。
最終的には当初の予定を上回り、昼になる前に木材の調達が完了。予定を繰り上げ、木材の細かな加工にとりかかる。
日本の伝統工法によく似た、釘やネジを使わない建築を行うらしい。
乾燥させた木材は過度な硬度が落ち着いたのか、幾分か柔らかくなっていた。懸念していたよりも加工しやすくなっており、作業が捗る。
ここでも驚いたのは、ゴーレム二体の手際のよさ。シエラから細かな作業内容を教わるや否や、完璧にこなしていた。
細かく強弱を調整し、精密に光線を照射。組み合わせる継ぎ口を理想的な形で、次々と仕上げていく。
「彼らの前じゃ、年季の入った職人も真っ青ね……」
「作業は彼らに任せ、私たちは下手に手を出さないほうがよろしいかもしれませんね?」
「だナ」
だからといって、さぼるのは感心しませんよっと。
加工後の組み立てはゴーレムの怪力頼りなため、ここから先はほぼ人の手いらず。ならばと家具作りに作業は移行した。
机に始まり、椅子、ベッドの骨組みとこさえていく。ベッドに敷くマットレスに関しては、古くなって仕舞われていたカーテンを布地として再利用した。
袋状に縫いつくり、保管されていた鳥系魔物の羽毛を中に敷き詰める。余った布は枕作りに使われた。
裁縫に関しては、フィエリがずば抜けた才能を発揮した。平穏に暮らしていた頃は、趣味として普段から縫い物をしていたそうだ。
本日の作業は、ここで終了。
木材の加工作業は全て終えており、あとは組み立てを残すのみである。
翌朝も、景気づけにポーション一本を一気飲み。エルフ娘たちにも勧めたが、やはり首を横に振られてしまった。
あの苦味がどうにも受け付けないらしく、必要に迫られない限りは飲みたくないそうだ。俺はといえば、逆にこの味がクセになりつつあるんだけどなぁ。
ポーションを飲んで体に活力がみなぎり、早々に朝食を済ませて作業を再開。
ここで、旧アーガス家におけるトイレとお風呂事情について軽く触れておく。
まずはトイレ。
初めて利用したときに、とても驚いた。形状は俺がよく知る様式トイレに近く、初めて使う気がしなかったからだ。
排泄物の処理は、水洗式とぼっとん式が組み合わさった方式。定期的な汲み取りを危惧したけれど、構造としてはまったくの別物であった。
なんと水の魔法石と闇の魔法石、このふたつを用いた魔法的構造をしていたのである。
ちなみに魔法石とは、魔物の体内で生成される魔石を加工した魔法道具の一種。属性に応じた魔法が封じられている石である。
天井から吊り下がった紐を引くと、水→闇の順に魔石が起動。流れ出る水で排泄物を下に押し流し、集積場に集めて闇の力で圧縮して消滅させる。
うっかり便器に落し物をしようものなら、二度と戻ってこない恐怖のブラックホールとなっていた。
なおちり紙に関しては、木の葉を使っている。俺が勝手に『尻拭きの葉』と呼んでいる葉っぱがあり、しっかりと揉み解せば上質の拭き心地を約束してくれる天然のちり紙だ。
採取しても氷室に入れておけば保存が効くため、季節問わず利用できる。
続いてお風呂。
田舎の祖父母の家に遊びに行けばあるような、木で出来た古風な風呂桶となっている。残念ながら、シャワーはない。
お風呂で使用されている魔法石は、水と火の二種。
とはいえ水の魔石だけでは、風呂桶が満杯になるだけの水を賄えない。許容値を超えた使用は内蔵魔力の枯渇を招き、充填されるまで使えなくなるのである。
だからあくまで補助的な利用に留まり、大半は井戸から汲んできた水で桶を満たしている。
桶に水が溜まれば、火の魔法石の出番。しかしながら、こちらも補助としての利用が限度。温度の調節が主な役割だ。湯沸しには別途薪をくべ、火を焚く必要がある。
アーガスさんが存命していた頃は、彼が直接水の中に火の魔法をぶち込み、一瞬で沸騰させていたっけ。
とまぁ以上のことから、同様の設備を新宅に設置するのは現状では不可能と判断。なにせエルフ娘たちですら、例え魔法石が手元にあったとしても構造を再現できないと嘆いたほどである。
仕方なく風呂はうちに借りに来るとして、問題はトイレ。風呂と違って日に何度も利用するため、移動が困難なフィエリには不便となってくる。
なのでトイレは新宅内に個室を用意し、排泄用に蓋つきの瓶を設置することとなった。
なお溜まった中身の処理に関しては、彼女たちが集落に住んでいた頃とられていたエルフ方式を採用。
敷地の外れに専用の小屋を建て、深い穴を掘っておき蓋を被せておく。毎朝その穴に、汚物を捨ててもらうのである。
投棄後は大地の精霊に呼びかけ、彼らに分解をお願いするのだそうだ。精霊との縁が深いという、エルフならではのやり方に感心した。
トイレ問題で途中作業が中断されたが、二日目の落日を待ってエルフ娘たちが住まう新居が完成した。
待望の、ご近所さん誕生である。