7:歓迎いたします
命からがら夜の森を走破し、安息の地に駆け込む。
帰り着いた頃にはもう体はくたくた。夕食のスープの残りを温め、新たに保護したふたりにも振舞った。
腹が膨れ、体が温まれば必然と眠くなる。とうに夜も更けてしまった。ベッドとソファをエルフ娘たちに譲り、本日の営業は終了とする。
小柄な女性ふたりであれば、ベッドはひとつで間に合う。従ってミファとフィエリが個室のベッド。居間にあるソファは、一番長身で年長者っぽいシエラに使ってもらう。
俺はといえば、居間の床に毛布を敷いての就寝。普段なら同じ部屋に女性が寝ていれば興奮しただろうが、さすがに今日ばかりは疲れてすぐ夢の世界に落ちてしまった。
明くる日の朝。シエラに揺すられて目を覚ます。
まだ寝たりないと欠伸をしながら、朝食の準備に取りかかる。四人前を用意するとなれば、なかなかの大仕事だ。昨日の肉団子スープは全て飲み干してしまったから、一から作らなければならない。
裏手の氷室に足を運び、保存された食材を吟味。ここに冷蔵されている食材は、畑で収穫された野菜を除き、全て魔蝕の森で採れたもの。ゴーレムが森に分け入り、調達してきた成果である。
「……うん、これとこれにしよう」
まず手にとったのは、4Lサイズはあろうかという茶色い殻の卵。二個あったので、二個とも持っていく。
シンプルに目玉焼きにしようか、それとも塩で味付けして卵焼きにするか。四人で食べることを考えて、分けやすい卵焼きにしよう。
……ちなみに、なんの生き物の卵かは詳細不明。少なくとも、鳥じゃないとは思う。
次に畑で取れたジャガイモ。ふかしてから潰して、マッシュポテトにする。そこへ昨日余ったウサギ肉のミンチを炒めてから混ぜ込み、細かく刻んだ葉ネギも加えてミートポテトにしてやろう。
こちらの味付けは、先日試しに作ってみたトマトケチャップ。
畑で収穫したトマトをひたすら煮詰めて、濾してから単純に塩で味付けしてみた。なにか物足りない感じがしたけれど、味としてはまあまあ。及第点といえる。
市販のトマトケチャップって偉大だったな、と作ってみて気付かされた。
この世界で料理をしていて困ったのは、調味料の少なさなんだよね。
基本味付けは塩のみ。魔蝕の森で採れた岩塩を使っている。甘味には蜂蜜を使い、あとは香草を加えたりする程度。醤油や味噌はあるはずがない。
胡椒なら人里にでればありそうだけれど、買うとなればやっぱりお高いんだろうか?
出来上がった朝食を食卓に並べる。ほかほかの湯気を立てた料理に、エルフ娘たちは目を輝かせていた。配膳の間しきりに体をそわそわさせ、早く食べさせろと暗に催促してくる。
ミファあたりはツマミ食いをしかねなかったので、強めに待てと命じておいた。
大皿から全員の取り皿へ均等に取り分け、席につく。ここはエルフ娘たちにも、日本式を倣ってもらう。
全員で両手を合わせ、いただきます!
食事が始まり、各々が好きな料理に匙を伸ばす。俺は手を止め、料理を口にする彼女たちの反応を窺った。
「――おいしい! 味付けは塩だけみたいだけれど、素朴で心が落ち着くわ!」
「面白い形をした卵料理ですね。薄く焼いて、何度も重ねているのでしょうか?」
シエラとフィエリは口にしたのは、卵焼き。本音としては出汁巻きを作りたかったのだけれど、塩だけの味付けが逆に功を奏したかな。
シエラは純粋に賛美してくれて、フィエリは珍しい卵料理の形に興味が強いご様子。
「んゥ!? こっちの肉が入った芋も、とってもうまいゾ! 赤いソースの酸味がほどよく効いていて、手が止まらなイ!」
ミファが真っ先に手を伸ばしたのは、味付けにケチャップを和えたミートポテト。
うまいうまいと何度も匙を口に運び、あっという間に皿は空。行儀悪く匙で皿を叩いて鳴らし、おかわりを催促し始めた。
見かねたシエラとフィエリが、卵焼きとの交換を条件に自分の分を分けてなだめる。
がっつくミファの勢いにつられて、俺も最初のひと口はミートポテトをぱくり。
うん、ふかした芋のホクホク感はそのままに、肉の旨みとトマトの酸味が塩梅よく舌を刺激する。我ながらそこそこ美味しくできた。
このままでも十分美味しいけど、胡椒を少量加えれば味が締まった気がする。あとやっぱり、自家製ケチャップ自体がいまひとつな感じ。
自分が作った料理を、誰かが美味しく食べてくれる。この家に転がりこんだ当初の、俺の作った料理を食べるアーガスさんの笑顔を思い出す。
頑張った証として、誰かが笑顔になる。喜んでくれる。これって素晴らしいことだよね、と再確認できた。
シエラたちのおかげで久々に、賑やかな食卓を囲えた。
「――さて、昨日森の中で君たちを保護したわけですが、今日は君たちの今後について話し合いたいと思います」
食後の食卓で、淹れたてのお茶を啜りながら会議を始める。全員が水分で唇を潤したのを確認し、本題を切り出した。
「まず、俺からの提案な。ご覧の通り、ここには今は俺ひとりしか住んでいない。敷地もだだっ広く、余らせている状況だ。そこで君たちさえよければだが、この地に定住してはどうだろうか?」
住処を追われ、行き場を失った彼女たちの境遇に同情しただけが理由じゃない。
昨日まではアルファとベータがいれば寂しくないと思っていたのが、それは俺の思い込み。強がりだったと気付かされた。人と触れ合って、寂しさを実感してしまったのである。
言葉を交わす相手が欲しい。ともに汗を流し、苦労を分かち合える仲間が欲しい。
衣食住が満たされた結果として、シエラとの出会いを引き金にさらなる望みが湧き出てしまった。人の欲とは、かくも末恐ろしいものか。
俺の提案を聞いた三人は、一様に眉をしかめて悩ましい表情となる。互いに視線を交わして目でコンタクトをとり、提案に頷くか否かを考えている様子だ。
「……シギ。昨日の一件で、あなたがとてもいい人なのはわかったわ。でも私たちはあなたの同族によって、酷い目に遭わされた。だからまだ、心の底からはあなたを信用できない。心情的に、首を縦には振れないの」
最初に口を開いたのはシエラだった。この娘はやはり、三人の中で代表格にあたるのだろう。
シエラの応えは、どちらかといえば否定的。休息を目的とした一時的な滞在は願ったり叶ったりなようだが、今後も住み続けるとなれば話は違ってくる。
「う~ん、ミファはシエラについていくしかないからナァ。シエラの決定に従うまでだゾ」
例え俺が命の恩人といえど、そう易々と信用してはもらえないか。
俺の性別が女性であったなら、また話が違ったのだろうか。男である以上はこちらに危害を加える気がなくとも、嫌でも警戒されてしまう。
俺はただ単純に、仲間が欲しいだけ。下卑た考えは持ち合わせてはいない。けれどそれは最初の内だけで、慣れてくればまた考えが変わってくるだろうことまで否定できない。
今日ほど、自分が男であることを悔やんだ日はないな……。
「……私は、ここに住みたいです」
男だからこそ、漢らしく諦めが肝心。彼女たちの意思を尊重すべきで、駄目なら仕方がない。せめて滞在している間は、存分に羽を休めてもらおう。
そう心で結論付けていると、フィエリが小さくぼそりと呟いた。
「あ、あの! 私をここに住まわせてください! お願いします、シギ様!」
「ちょっと、フィエリ!? 本気で言っているの!?」
「そうだゾ! 答えを出すには早すぎル!」
俺は勿論だが、シエラとミファのふたりもまた、フィエリの言葉に驚いていた。
目を覚ましなさいと、シエラがフィエリの肩を掴み激しく揺する。けれどフィエリは、自分の意思を曲げなかった。
「ふたりとも、お願いだから落ち着いて聞いて。……私は片足を失って、もう満足に走れません。次もまた魔物に襲われたら、今度こそ逃げ切れずに死ぬと思います」
……ああ、そういうことか。あそこまで語られて、察せないわけがない。
フィエリもまた、本心からここに残りたいと考えているのではなかった。ただ、残るしか生きる術がないからだ。
まだ生きたいと、まだ死にたくないと願って導き出した答え。でも自分がいては、シエラとミファの足枷となる。
足手まといを連れて生きぬけるほど、魔蝕の森は甘くない。フィエリは重々理解しているからこそ、悩んだ末に下した苦渋の決断だった。
「だから、シギ様。こんな体の私ですが、お傍に置いていただけませんか? ……片足を失った体では満足に働けませんが、得られる安寧の対価は支払わせてもらいます。庇護を受けられるのであれば、私は――」
「待った。そこから先の言葉は、俺は望んじゃいないよ」
手の平を突き出し、フィエリの言葉を遮る。
これ以上彼女に喋らせると、勝手にどんどん俺が悪者となりかねないからな。
「残りたいと言ってくれたことは嬉しいし、大歓迎だ。けど、俺は従順な奴隷が欲しいんじゃない。一緒に暮らしてくれる住人、対等な仲間が欲しいんだ。決して勘違いしないでくれ。だから、フィエリ。君が最初からそういった心持ちでいるのなら、俺は君を受け入れられないよ」
もし彼女たちが見目麗しいエルフの女性でなく、毛むくじゃらのドワーフのおっさんであったとしても、俺は同じ気持ちを抱いていた。彼らにも定住を勧めていただろう。
だから彼女たちの境遇上仕方ないとはいえど、不純な目で見られたくない。
「……フィエリの体を思えば、選ぶ余地はないわね。あなたをひとりで残してはおけないもの」
「だナ。森を抜けようにも、フィエリをつれてじゃ不可能ダ。それにどの道、ミファとシエラだけじゃ魔物の餌になるのがオチだゾ」
紆余曲折あったが、こうしてこの地に新たな住人が加わった。
現状ではまだ、本人たちが望んでではなく仕方なくといった理由。だが今は無理でも、いつかはここに根を下ろしてよかったと思ってもらえればいい。そのためには俺も、誠意を持って彼女たちに接していこう。