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6:増えました

 二体のゴーレムに背負われ、日の落ちた夜の森を疾駆する。アルファの背には俺、ベータの背にはシエラが負ぶさった。


 俺の手には魔導光のランプが下げられ、人が可視できるのは半径五メートルが精一杯。もっともゴーレムはその限りではないため、警戒範囲は視界よりもずっと広い。


「シエラ、君の仲間がいる方向はこっちで合っているんだな!?」


「ええ、間違いないわ! 迷わないよう、木に傷をつけてあるの! その目印をたどって!」


 聞いた情報をもとに、アルファとベータに命じる。彼らは驚くほど正確に、シエラのつけたという目印をたどっていった。

 これは俺たちが直接出向くまでもなく、ふたりに任せてしまえばよかったかもしれないな。とはいえシエラの心情として、待っているだけなんてできなかっただろうが。


「もうすぐ、もうすぐだわ! 大きな木の根元に窪みがあって、そこにふたりを待たせているの!」


 道を記憶しているシエラが、待ち人が近いことを伝える。無事でいてと、彼女は小声でなんども呟いていた。

 俺としても、平穏無事に終わってほしいと願うばかりである。せっかくこの世界で出会えた人なんだ、不幸な結末だけは迎えてほしくない。


 しかしそんな願いも虚しく、突如として夜の森に獰猛な獣の雄叫びが響き渡った。雄叫びに紛れて小さく木霊する、女性の悲鳴。

 シエラは血相を青くし、瞳を曇らせる。お願い、急いで、無事でいて。彼女の口からは、同じ言葉だけが何度も繰り返されていた。


 悲鳴は絶えず木霊し続け、そのたび獣の雄叫びはさらに激しさを増す。声が聞こえなくなったそのときこそが、終わり。


 ゴーレムたちは懸命に、全力で走ってくれている。焦る気持ちを抑え、耐えるしかない。魔物に襲われているであろうふたりにも、耐えてもらうしかなかった。


「……いたわ、あそこ!」


 シエラの言っていた通り、彼女の指差す先には巨木があった。けれど近くには、立ち上がれば五メートルはゆうに越える巨大な熊型の魔物の存在。

 巨熊は件の木の周辺を、執拗にうろついていた。


「ああでも、やっぱり魔物が……! それもよりによって兇暴な、アムドウルススじゃない……!」


 アムドウルススとは、うろつくあの巨熊の名前か。

 黒に白い斑の入った毛皮。特筆すべきは左右に二本ずつある、計四本の太い腕だ。森の主と称されても納得の、凶悪な姿であった。


 巨熊はしきりに唸りをあげ、鼻息荒く根元の窪みを覗き込む。隙間から薄っすら垣間見えた、身を寄せ合い怯えるふたりの少女の姿。

 窪みの入り口が小さく、巨熊の大きな体では入り込めずにいるようだ。手の届かないギリギリの瀬戸際で、なんとか踏みとどまっている。


 けれど全ては時間の問題。巨木とはいえど、所詮は木である。アムドウルススが獲物を引きずり出そうと穴に手を突っ込み、徐々に入り口が削られている。やがては木の窪みが、奴の半身を受け入れるのにそう時間はかからないだろう。


「アルファ、このまま勢いに任せて突っ込め! ベータはここで待機、周囲を警戒しつつシエラを守っていてくれ!」


「行っちゃ駄目よ、シギ! よしなさい、あなたまで殺されるわ!」


 背後から、シエラの静止する声が届く。手の出しようがない状況に、彼女の中ではすでに諦めが生まれているようだ。

 けれど俺は案ずるシエラの言葉に、任せろと手を上げて返した。


 地を響かせながら近寄るこちらの姿に気付き、アムドウルススは後ろ足で立ち上がって威嚇を発する。

 広げられた四本の巨腕。伸びた爪先は鋭く、軽く撫でられただけで致命傷ものだ。


 巨体には巨体をぶつるける。アルファにやつを組み伏せろと命じ、背中から飛び降りた。俺の手にはすでに、穿光の魔杖が握られてある。


 着地後、即座に撃てる体勢を整えた。片膝をつき、狙いを定める。アルファとアムドウルススが組み合う瞬間を狙い、光線を放った。


 闇夜を切り裂く、ひと筋の閃光。


 光線は巨熊に命中し、腕を一本根元から落とした。頭を狙ったつもりだったが、当たったのでよしとする。

 痛烈な相手が痛みで怯んだ隙を衝き、アルファが自重に任せて巨体を押し倒す。暴れるアムドウルススを制し、力と体重で完全に押さえ込んでいた。


 すぐさま近くまで駆け寄り、魔杖を構える。充填が間に合っておらず、現在撃てる最後の一発。狙いは外せないと、頭部に杖先を向けた。

 アルファもまた単眼に灯る光を強くし、とどめの一撃を放つ態勢をとる。


 示し合わせたわけでもなく、ほぼ同じタイミングで放たれた光線。アムドウルススの頭にふたつの穴を空け、暴れていた腕は力なく地面に横たわった。


「よし、仕留めた……! アルファは警戒態勢に移行、魔物が近寄ってきたら対処しろ! ベータはシエラをこちらに連れてきたのち、引き続き警戒にあたれ!」


 新たな指示を受けたアルファが巨体を起こし、周囲に目を配らせる。ベータはシエラを近くまで連れてくると、そっと地面に降ろした。


「ミファ、フィエリ……! よかった、無事ね……!」


「……シエ……ラ……!」


「シエラが帰ってこないから、もう死んじゃったんだと思ったんだゾ……!」


 シエラは窪みの中に潜り込むと、身を寄せ合うミファとフィエリのふたりを抱きしめる。彼女らの微笑ましい再会を、俺は外から眺めていた。


「間に合えてよかったな、シエラ。とはいえまだ危険が去ったわけじゃないから、ふたりを連れて早く安全な小屋まで帰ろう」


 放っておけば朝まで抱きついていそうなので、移動を促す。続きは帰ってからだ。


 不意に、背後から強烈な殺気を感じとる。一難去ったと気を抜いていた俺は、静かに近寄る気配に気付くのが遅れてしまった。

 振り返ればそこには、先ほど仕留めたはずのアムドウルススの姿。すでに腕は振り下ろされており、受けも回避も間に合わず、腹部へもろに喰らってしまう。


 太い腕から繰り出された力任せの一撃は、人間の貧弱な体を綿帽子の如くふっとばした。飛ばされた先で、俺は木に背中を強く打ちつける。


 強烈な痛みに意識が飛びかけ、ぶつけられた衝撃で肺の空気は全て吐き出された。呼吸が覚束なくなり、息が苦しい。酸素を寄越せと、本能が渇望する。


 頭に穴を空けられて生きているなんて、そんなのありかよ。俺の持つ常識が通じないあたり、さすがは魔物か。


 事態を察知したアルファとベータが、すぐにアムドウルススを二体がかりで取り押さえた。彼らは単眼を何度も光らせ、強烈な光の乱舞が巨熊の頭部を蜂の巣にしてしまう。

 さすがのアムドウルススといえど、今度こそ本当に息の根を止めた。


 今回ばかりは、さすがに死んだと思った。しかし痛みこそ激しいものの、至って体は健全に動く。腹部を爪で貫かれたと感じていたのだが、服が裂けているだけで血はでていない。


 服の下から顔を覗かせ、ぼんやりとした輝きを放つ薄地。着込んでいた『オリハルコンの薄衣』のおかげで、俺は死なずに済んでいた。

 意図せずして効果のほどを実感する。さすがはオリハルコンと名乗るだけある。


「シギ、大丈夫!?」


 駆けつけたシエラに助け起こされ、改めて怪我の具合を確認する。擦り傷こそあるものの、これといって大きな出血はなし。体を打ち付けた痛みが主で、怪我は打撲だけである。


 安心するのは、魔物が完全に死んでいるのを確認してから。図らずしもいい教訓となった。


「心配してくれてありがとう、シエラ。俺は大丈夫だから、ふたりを連れて早く帰ろう」


「え、ええ。……あの一撃を喰らって大丈夫って、どれだけ体が頑丈なのかしら?」


 頑丈なのは俺の体ではなく、着込んでいた防具のほうだけどね。いちいち説明していられないので、割愛。次なる脅威に襲われる前に、早く森から出ねば。


「初めまして、俺の名はシギ。シエラと一緒に、君たちを保護しに来た。敵じゃないから安心して欲しい」


 だからどうか、刃物をこちらに向けないでください。目尻に涙を溜められると、心情を汲んではいても傷つくなぁ……。

 シエラが間に割って入り、事情を説明してくれたおかげでふたりからの敵意は解かれた。


「ミファはミファだゾ。助けてくれてありがとな、シギ」


「えっと……フィエ、リ……と申します」


 言葉遣いから、やんちゃな印象を受ける少女、ミファ。反対にフィエリは、大人しい印象を受ける。

 ふたりとも、シエラとよく似た外見的特長を持ち合わせていた。


 ミファはくせっ毛のあるショートヘアで、銀の青みが強い。地肌は白いながらも、ほんのりと日に焼けている。


 対してフィエリのほうは、シエラよりも長いロングで姫カットとでも言うのか。三人の中で一番、髪も肌も白い。そして胸も一番大きかった。


 俺はフィエリの足元を見て、思わず絶句した。彼女の右足は、膝から下が失われていたからだ。

 片足を欠損した痛々しい有様。傷口に巻かれた包帯は赤く滲んでおり、血の乾燥具合から比較的新しい傷なのだとわかる。話を聞けば、二日前に魔物から襲われて負った傷なのだそうだ。


「ミファもフィエリも、私と同じルルク族のエルフよ。……本当はもっと大勢で逃げてきたのだけれど、生き残っているのは私たち三人だけなの。だからふたりが無事でいてくれて、すごく嬉しい。ありがとうね、シギ」


 美人から裏表のない笑顔で礼を述べられると、年甲斐もなく照れる。


 シエラたちは最初、全員で十人いたそうだ。魔蝕の森に踏み入って彷徨っているうちに、次々と魔物に狩られ残ったのは彼女たちだけ。

 だからこそ三人はより強い絆で結ばれた、かけがえのない大切な家族となっていたに違いない。


 ひとまず、持参していた赤ポーションをふたりに飲ませる。渡したとき、新たに保護したふたりはシエラとまったく同じ反応をしていた。

 けれどシエラほど遠慮がちではなく、ことミファに至ってはすぐに飲み干していた。


 上等級のポーションを飲んだフィエリだったが、残念ながら失われた右足は再生せず。部位欠損に効果があるのは、特等級の白ポーションだけなのだそうだ。


 仕方なく、動くのに不自由なフィエリを抱き上げる。やはりこの娘も軽い。シエラ同様、満足な糧を得られていないからだろう。


 抱き上げた際、フィエリは酷く顔を赤面させていた。嫌がったり暴れたりしないのは大人しい性格からというよりも、自分の体の状態をよく理解しているからか。

 横で見ていたミファが茶化し、シエラに咎められる。


 フィエリをアルファに背負ってもらい、ベータにはシエラとミファのふたりを任せた。俺には足の速くなる軍靴があるため、帰りは自分で走る。


 無事家に帰るまでが遠足。最後まで気を抜かず、警戒を厳に保ちながら帰路についた。

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