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5:少女を保護しまして……

「んぅ……? ここ……は?」


「お、やっと目を覚ましたな。腹が減ってるんだろ? 胃に優しい温かいスープを用意したから、起きて飲みな」


 日の傾き始めた夕方頃。

 ベッドに寝かせていたエルフの女性が、ようやく目を覚ました。空腹だけじゃなく、よほど疲れていたのだろう。


 ねむけ眼で目元をこすり、意識がまだ覚めやらないご様子。部屋を見回し、自分の置かれた状況を確認しているようだ。周囲を一瞥してからようやく、声をかけた俺と目が合う。


「……き、貴様っ!? ここ、ここはどこだ!? わた、私になにをしたぁっ!?」


 ベッドのシーツを体に巻きつけ、隅に身を寄せるエルフさん。チワワのように小刻みに体を震わせて、ひどく怯えている。


「はっ!? 武器が、ない……? 私の弓は……!? 服が着替えさせられている!?」


 彼女の服を着替えさせたのは、もちろん俺。ベッドで寝かすには汚かったので、仕方がなかった。アーガスさんのお古の服を着せたが、持ち主が小柄だったためサイズには問題なさそうである。


 それにしても、若い女性の裸体を生で拝んだのはいつ以来だろうか。いやぁ、眼福眼福。ご馳走様です。

 ちなみに所持していた弓とナイフは危ないので、身の安全のため没収している。


 以上を簡潔に伝えると、彼女は顔を真っ赤にして泣き出してしまった。


「穢された……。この悪魔め、地獄の業火に焼かれてしまえ……!」


「穢されたなんて大げさな……。服を脱がせて体の汚れを落として、綺麗な服に着替えさせただけだぞ。結果として裸は見てしまったが、やましいことは断じてしていない」


 仕事柄、女性の裸は見慣れているからな。それも毎日、違う女性を何人もだ。

 まぁ相手は全員、乳の垂れた皺くちゃのお婆ちゃんなんだけどね。入浴介助、しんどかったなぁ……。


 うちは小さな事業所だったから、なかなか同姓介助というわけにいかず、拒否をされる利用者さんを除いて性別はおかまいなしだった。浴室も狭くって、自立ができない利用者さんに当たるととても苦労した。おかげで何度、腰を痛めたことか。


「人族の、それも男の言葉など信用できるかっ! 貴様らはオークと同じ、いやオーク以下の存在だ! 一族郎党、滅びされ!」


「酷い言い草だな……。なら今すぐトイレに案内するから、自分の目で確かめるといい。経験済みじゃないなら、純潔が守られているかどうかわかるだろ」


「な!? 私を貴様らと同族の売女と一緒にするな! み、未経験に決まっているだろう!?」


 彼女は顔を真っ赤にさせて怒鳴ると、シーツに顔を潜りこませてなにやらごそごそとし始める。下腹部の辺りで彼女の手が蠢く。

 数秒後、確認が済んだのかシーツから顔を出すと、咳払いをして謝罪を口にした。


「ん、その……貴様の言葉は真実だったようだ。すまなかった、罵った非礼を詫びよう」


「わかってくれたなら、それでいいさ。……ほら、腹が減っているんだろ? 誤解が解けたなら、スープが冷める前に飲みな」


 お盆に載せた、野菜と肉団子のスープを差し出す。

 彼女は恐る恐る受け取ると、匙を手にとってまずはひと口。さらにもうひと口とスープを啜り、次第に匙を動かす手の動きが早くなる。


 よほど飢えていたのか、それとも心に染みたのか。最後は嗚咽を漏らし、涙を零しながらスープを味わっていた。


「お代わりもあるぞ。遠慮せず言ってくれ」


「……もらう」


 欲求に素直な、いい返事だ。

 二杯目は具の量を増やしてやる。これもたちまち平らげ、とうとう三杯目に突入。彼女の空腹が満たされる頃には、ぽっこりとお腹が膨らんでいた。


「ふぅ……。私の舌を満足させるには足らないけれど、そこそこ美味しかったわ。及第点をあげる」


「はいよ、お粗末さま。……あ、そういえば普通に肉を出していたけれど、種族的には食べてよかったのか?」


 ありがちなエルフの設定として、菜食主義というものがある。好き嫌いや体に合わないなど、理由は作品によって様々だが、信仰上の都合であれば問題となりかねない。


「どうして? 私たちエルフもあなたたち人族と同じで、普通に食べるわよ? 野菜や果物だけで生きていけるわけないじゃない」


 ……左様で。俺の杞憂だったらしく、安心する。

 まぁ、弓を使う=狩りを行うともいえるからな。森に住まう種族で、むしろ狩猟民族じゃないほうがおかしいか。


「さてと、腹も膨れて落ち着いただろう? 俺は周防鴫。シギと読んでくれればいいよ。君の名前は?」


 いつまでもエルフの女性だの、彼女だのと呼びにくい。野良の犬猫じゃあるまいし、ちゃんとした名前があるはずだ。自分から先に名乗れば、きっと彼女も答えてくれる。

 これまでのやり取りで警戒は解けたはず。あとはもう、打ち解けるだけだ。


「シギ、ね。スープをご馳走してくれてありがとう。私はルルク族のシエラ。シエラ・ルルク」


 思いのほか、エルフの彼女……シエラはすんなりと名乗ってくれた。最初の警戒っぷりから、少しは躊躇うかと思っていただけに拍子抜けである。

 ルルク族というのは恐らく、エルフという種族の中でさらに細分化された一族のうちのひとつなのだろう。


「よろしく、シエラ。スープの次は、このポーションを飲むといい。体中傷だらけで痛むだろ?」


 小瓶に入ったアーガス印の特製ポーションを、シエラに手渡す。

 受けとったシエラはポーションをまじまじとながめ、恐る恐る口を開いた。


「……え、いいの? だってこれ、赤いポーションじゃない……?」


「うん、そうだね。赤いポーションだね」


 やはり赤いと血液を連想させてしまうか。

 しかし気味の悪い色とはいえど、立派な薬。効果のほどは俺がよく知っている。シエラの傷程度ならば、飲めばあっという間に治る。


「赤いってことは、上等級の品でしょ? 私の怪我はたいしたことないんだから、飲むには勿体なさ過ぎるわ」


「え、上等級? そうなの?」


 きょとんとした俺に対し、シエラもまたきょとんとした反応を返す。

 毎日栄養剤として気兼ねなく飲んでいたポーションだったが、実は高級品だった……?


「そうなのって、持っているくせに知らないの? ポーションは緑が下等級、黄色が中等級。上等級である赤より上が、白の特等級。赤なら金貨を出せば買えるけれど、白の特級はお金で買える代物じゃないわ。……このぐらいの知識、人族にとっては常識だと思っていたのだけれどね」


「常識知らずで悪うござんしたね。こちとら森の奥深くで、他人と関わらず生きてるからな」


 なにせ俺は、異なる世界からきた転移者。この世界の常識を知る由もない。


 とまぁ、馬鹿にされたのは置いておいて。

 赤なら金貨? 金貨と言いましたか、このお嬢さん。

 つまりあれか、俺は毎日金貨相当の液体を飲んでいたのか。金貨の価値が日本円にして如何ほどかわからないが、安くないことだけは理解できる。

 明日からは、もう少し大切に飲むよう心がけるとしよう。


「うちには赤いポーションしか置いてないから、価値なんて気にせず飲みな。目の前で傷だらけのままいられると、心配でしょうがないんだよ」


「でもそんな高価なポーションを貰っても、私はなにもお返しできないわよ……?」


「だからいいって言ってるだろ。さっさと飲まないなら、俺が無理矢理飲ますぞ」


 シエラが手に持ったポーションの奪い取り、栓を開ける。左手で彼女の両頬を掴んで、タコ口となった口に飲まそうと試みた。


「ちょ、ちょっと!? わかった、わかったから! 自分で飲むからー!」


「ん、素直でよろしい」


 観念したシエラに、あらためてポーションを手渡す。

 彼女は瓶の液体を眉を潜めて眺めたのち、一気に中身を飲み干した。


「うぇぇ……。ないこれ、すっごく苦い……。普通は飲みやすいように甘みをつけるはずだけれど、上等級ともなるとそういった気遣いはないのね……」


 ううーん、どうだろう? その気遣いのなさは、アーガス印だからこそな気がする。

 ポーションを飲んだシエラの体は、みるみる傷が塞がっていった。同時に肌には艶と潤いが生まれ、不足していた栄養をポーションが補ってくれたのだとわかる。

 アーガス印の赤ポーション、やはり恐るべし。


「なぁ、シエラ。君はなぜ森にいたんだ? 誰も人が立ち寄らない、危険な場所のはずだけど……」


「……住処を追われたのよ、人族に。私たちエルフの容姿が、彼らの琴線に触れるのでしょうね。武装した集団に里が襲われて、一族の男は果敢に戦いを挑み死んでいった。女子供は捕らえられ、使い道のないお年寄りはその場で打ち首よ」


 うーわ、想像以上に重い話を聞かされちゃったな……。

 つまりシエラは追っ手から逃れるため、この森に入らざるを得なかったわけか。捕まった女子供の行く末は、平和ぼけした頭ですら想像するまでもない。


 事情を聞いたからといって、俺にはどうすることもできないと痛感する。せめて俺に出来るのは、彼女の身の上に同情し、労わってやれるくらいだ。


「……そうか、大変だったな。まだまだ疲れているだろうから、今日はゆっくり休め。行くあてがないのなら、好きなだけここに居るといい。出て行くというのなら止めはしないし、餞別に食料くらいは用意しよう」


「ありがとう、感謝するわ。お言葉に甘えて、しばらく世話にならせてもらおうかしら。私も、ともに逃げ延びた私の仲間も、些か疲れてしまったから……」


「ああ、そうするといい。心の傷が癒えるまで、養生を勧めるよ。……ん? ともに逃げ延びた仲間、と言ったか? その人たちは今どこに……?」


 不穏な雲行きを感じ取る。彼女に仲間がいたのであれば、現在もまだ、あの危険な森の中にいるのではないか。

 もう日は半分沈み、じきに夜だ。夜の森は危険度が跳ね上がると、素人の俺ですら知っている。生前アーガスさんからも、口を酸っぱくして教えられていた。決して夜は森に入るな、と。


「ミファとフィエリなら、まだ森の中に……って、ああ!? そうだ、まだふたりは森の中に居るんだったわ! どうしよう、シギ!? 私、ふたりに獲物を狩ってくるから待っていろって……! フィエリが大怪我をしていて、満足に動けないから……! それで……!!」


 思い出しかのように狼狽し、取り乱し始めるシエラ。森で俺と出会い、急展開の連続だった。満腹と安堵から、仲間の存在が抜け落ちていたのだろう。

 ベッドから勢いよく立ち上がるシエラ。なり振り構わず外に飛び出そうとしたので、彼女の腕を掴み引きとめた。


「離して、シギ!? ふたりの安否が心配なの! もし魔物に襲われでもしていたら……!」


「心配なのはわかるけど、はいそうですかって行かせられないでしょ。夜の森に入るなんて、自分から死にに行くのも同然だぞ?」


「でも、だからって……! 夜が明けるまでなんて、とても待っていられないわ!」


 必至に俺の手を振りほどこうと、暴れるシエラ。終いには涙を流し、行かせてくれと懇願し始めた。


「だーかーらー、落ち着けってば。シエラひとりじゃ危険すぎる。だから俺も一緒に行く。そのほうが、まだ確実だろ?」


「え……? でもそんな、シギまで危険な目に遭うのよ……? 仮にもあなたは私の恩人。これ以上、迷惑をかけられない……」


 暴れるのを止め、シエラはようやく大人しくなる。けれど涙は溢れたままで、自分でも止めようがない様子であった。


「一度も二度も同じだって。ほら、早く泣き止んで。仕度が済み次第、すぐに出発するぞ」


「……うん!」

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