表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/29

4:飢えた少女

 今日は朝からお供にベータを連れ、森の中を散策する。

 危険な森といえど、結界樹の生える敷地付近には本能的に近寄ってこない。ゴーレムの索敵能力も高く、注意さえ怠らなければ窮地には陥らないだろう


 昨日一日で、どうにか『剛神の手袋』と『疾駆の軍靴』の扱いには慣れた。慣れたといっても油断すれば失敗するが、日常的に利用できる範疇。


 次に試すのは、狩りに使える武器。

 二十代の頃、猟師が主役の漫画を読んだ影響で憧れを抱いた時期があった。触発され、機会があればやってみたいと考えたほど。

 ……結局は時間のなさと行動力のなさから、実現には至らなかったが。


 だけど今なら、いや今こそ憧れを叶えるまたとない機会といえよう。

 目録を広げ、昨夜地下室で現物を眺めつつ決めていた収集品を選ぶ。


 ・『穿光の魔杖』:伝説級

 充填式の魔法杖。硬い鎧も容易く貫く光線を放つ。

 一発撃つごとに、約八時間の充填時間が必要。最大三発まで充填可。


 ・『斬影の短剣』:古代級

 ひと振りするたび、斬撃が飛ぶ短剣。

 無闇に乱舞すると大惨事を招くため、周囲に人がいる状況で使用してはいけない。


 選んだ武器はこのふたつ。

 狩りに使えそうな杖と、護身用が主目的の短剣である。


 穿光の魔杖は杖と銘うっておきながら、その形状は杖と呼ぶに程遠い。狙いをつけやすくするためか、拳銃に近しい形をとっている。

 とはいえトリガーやハンマーなどは存在せず、銃口にあたる部分には穴ではなく宝玉がはめ込まれていた。木製なのが災いして、ちょっとオモチャっぽい。


 斬影の短剣は、刃渡りが十五センチあるかないかのナイフ。黒い刀身が特徴的で、こちらは所持しているだけで銃刀法で引っかかりそう。

 試しに振ってみれば黒い辻風が飛んでいった。斬撃の射程距離は十メートルほど。距離が離れるほど威力が落ち、射程ぎりぎりだと木に傷をつけられる程度。

 斬撃の発生条件は、一定の速度以上で刃を振ること。ゆっくりと振っただけでは発生しなかった。


 森に入り込んで数分。早くも獣の気配を察知する。……俺ではなく、ベータが。


 単眼を明滅させ、こちらに教えてくれたのだ。彼らは言葉を発しないが、なにか伝えたい意思がある場合、今回のように単眼の明滅で伝えてくる。

 内容まではさすがにわからないので、こちら側で汲み取るしかないが。


 ベータが警戒する方向に向け、先制攻撃として斬撃を飛ばす。すると茂みの中から、小柄なウサギが飛び出した。


 しかしウサギといえど、絶対に侮ってはいけない。

 なにせここは『魔蝕の森』。当然ながら、生息するのは普通のウサギなはずがない。俺のよく知る姿からは想像できない、凶悪な牙を口から生やしていた。


 体毛は赤黒く、爛々と殺意の篭る金の目。明らかに草食の域を超えており、間違いなく肉食。さっきから虎視眈々と、俺の喉元を狙っているのが丸わかりである。


 鼓動の乱れた心臓を落ち着かせ、冷静に魔杖を赤黒ウサギに向けて構える。ゲームでは手馴れた狩りだが、現実とは違う。ましてや動物の命を奪ったことすらない。


 魔杖を構えた右手が、意思とは裏腹に震える。そんな俺の弱気を見抜いたのか、赤黒ウサギは牙を剥き、思い切り飛びかかってきた。


 咄嗟に魔杖を発動させ、一条の光線を放つ。

 初日にゴーレムが狼を仕留めたものとよく似た、眩い光線。けれど覚悟の篭らない一撃は、焦りから掠めすらせずに外れてしまった。


 すかさずベータが腕を伸ばし、飛びかかるウサギを払い落とす。おかげで鋭い牙で噛みつかれずに済み、事なきを得た。


「ありがとう、ベータ。助かったよ……」


 俺の感謝の言葉に、ベータは単眼を短く明滅させる。


 払い落とされたウサギは何事もなく地面に着地し、逃げようとはせず威嚇を続ける。俺を食い殺すまで諦めないといった、溢れんばかりの敵意だ。


 相手の強い意思を目の当たりにし、俺も覚悟を決める。

 食うか食われるか。もとよりそのつもりで、俺は森に足を踏み入れた。武器を手にして出会った以上、軽い気持ちだったと言い訳できない。この地で生きていくと決めたのだから、今更あとには引けるか。


 今度こそ狙いをしっかりと定め、魔杖を構えなおす。撃てる残数は二。全てを撃ちつくす事態だけは避けたい。

 ……次こそは確実に決める。


 ウサギが飛びかかろうと足に力を込めた。攻めに転じた瞬間こそ好機と判断し、杖から光線を放つ。

 光線は飛び上がった直後のウサギに見事命中。頭から胴体にかけ、一直線に貫いた。

 空中で一瞬の静止。貫通した空洞から、向こう側の景色が見えた気がした。


「……や、やった。やったぞ、やってやった! やってやったぞー!!」


 興奮が最高潮になり、雄叫びをあげる。直後に膝がくずおれ、地面にへたり込んだ。腰が抜けてしまったらしい。


 しばらくは呆然と、動かなくなったウサギの死体を眺めた。ふと我に返り、両手を合わせて合掌する。自らの手で奪い、これからいただく命に、感謝と祈りを込めて。


 動けるようになってから恐る恐るウサギの死体に近づき、両耳を掴んで持ち上げる。

 ……重い。小柄な見た目からは予想できない重量がある。俺が奪った命の重みと理解し、あらためてもう一度祈りを捧げた。


「さて、獲物を狩ったはいいものの、どう処理をしたらいいのかな? とりあえず血抜き……?」


 過去に読んだはずの漫画の記憶を掘り起こし、やっとこさ浮かんだのが血抜き。

 えっと、まずは心臓をナイフで刺すんだっけ? それとも喉を掻き切る? それから川の流水につけておくのだっただろうか?


 うーん、曖昧にしか思い出せない。

 なのでとりあえず喉元をナイフで切り裂き、足を麻紐で縛り逆さづりにした。ベータの首元から下げておけば、あとは勝手に流れ落ちるだろう。

 ……ベータの背中が、流れ落ちる血で汚れてしまった。帰ったら、井戸の水で洗い流してやらなきゃな。


 まだウサギを一羽狩っただけだというのに、どっと疲れが押し寄せてくる。肉体的というより、精神的な疲労だ。今日の狩りはここまでにしておこうか。


 初めてにしては猟果は上々。無理せず早めに切り上げて、次回に備える。介護士をしていた頃と違って、時間は山ほどあるのだ。焦る必要はあるまい。


 回れ右をして、小屋のある方向に進路を向ける。すると次の瞬間、俺の前を高速でなにかが横切り、鼻先を掠めた。


「痛っ!? え、なになに!? これって……矢?」


 すぐ横の木に、深々と突き刺さった矢尻。なんだこの森は、矢を放つ魔物までいるのか!?


 慌ててベータの背に隠れ、矢の飛んできた方角を窺う。

 草木を踏みしめ、茂みを掻き分ける音。眼光をぎらつかせたひとりの女性が、弓に矢を番えた体勢で姿を現した。


 銀の長い髪に、アルビノを思わせる白い肌。長身からすらりと伸びた、しなやかな手足。端正な美しい顔立ちで、赤く綺麗な瞳に意識を吸い込まれそうになる。

 彼女の身なりはかなり薄汚れ、随分と粗末な格好をしている。白い肌は擦り傷だらけで、痛々しい。それでもなお、見惚れてしまう容姿であった。


 特に視線を釘付けにしたのは、上向きに長く尖った彼女の耳。俺の予想が正しければ、彼女はエルフ。ファンタジー世界における、森に住まう長命な種族ではなかろうか。


「ウ、ウサギ……! そのウサギを、こちらに寄越しなさい! さもなくば、容赦なく射る!」


 おっとっと、見惚れている場合ではなかった。俺は今、彼女から弓を向けられているのだ。

 それにしても、ゴーレムを前にして脅迫をかましてくるとは。よほど腕に自信があるのか、もしくはなり振り構っていられないという、極限状態の表れか。


 しかし俺に武器を向けたのがまずかった。ベータが彼女を敵と判断し、排除のため動き出してしまったのだ。

 地をならし、拳を振り上げて迫り来る岩石の巨人。俺がもし襲われる立場なら、恐いってレベルじゃない。


「ひっ……!? く、くるなっ!!」


 それは勿論、相手のエルフも同じだった。彼女は単眼を狙って矢を放ったが、当たりはしたもののベータは無傷。怯みすらしない。

 あっという間にエルフ少女の目の前に到達。振り上げた拳を、彼女めがけて勢いよく振り下ろした。


「ストップ! 止まれ、ベータ!!」


 慌てて静止を命じ、寸でのところで拳が止まる。鼻先三寸の位置で、あわや潰れたトマトを拝むところだった。


 よほど恐かったのか、あまりの恐怖にエルフの女性は背中からばたりと倒れこむ。ゆっくりと近づき様子を窺うと、彼女は気を失っていた。


「あちゃー……。まぁ、そりゃそうなるよね」


 肩をゆすってみたり、頬をぺちぺち叩いてみるも意識を取り戻さない。目覚めるまで時間がかかりそうである。


 危険な森の中に気絶した女性を放置してはおけないので、仕方なく小屋まで連れ帰る。彼女を背負ったとき、やけに軽かったのが気にかかった。

 背中に感じる柔らかさは心もとなく、手をよく観察してみれば肉付きが悪い。肌はかさかさで、栄養状態が悪いのだとすぐにわかった。


「そういえば、俺の狩ったウサギを寄越せって脅迫してきたんだもんな。この状態なら、納得だ」


 恐らく常に空腹の状態で、まともに思考が働いていなかったんじゃなかろうか。事情はともあれ、目を覚ましたら温かいウサギの肉団子入りスープを振舞ってやろう。


 なぜ女性がひとりで危険な魔蝕の森にいたのか。疑問は尽きないが、話を聞くのは彼女が目を覚ましてからだな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ