13:一緒にお風呂
タイトルを変更しました。
旧題『おっさんのおっさんによるおっさんのための悠々自適生活』
「そういえば、名乗るのがまだだったね。俺の名はシギ。この家の主だ」
「シギというのだな、覚えたぞ。俺はガルグ。命を救ってくれただけでなく、介抱までしてくれてありがとう。改めて礼を言わせてもらう」
ガルグは外見からわかる通り、狼種の獣人である。獣耳の生えた人間ではなく、人型ながらがっつり獣寄り。身の丈は俺よりも高く、190近くはあるんじゃないだろうか。
赤茶色の体毛をしており、顎下から腹部にかけてが白い。また手足や耳、尻尾の先も白く、いかつい見た目とは裏腹にチャーミングな柄である。
もし俺がケモナーの腐った婦女子であれば、涎を垂らして興奮していただろう。
「俺のほかにエルフ族の娘が三人いるから、あとで紹介するよ。ちなみにガルグ、瀕死の君を森で拾ってきたのは俺が使役するゴーレムだ。会ったときで構わないから、彼にも礼を言ってくれると嬉しいな」
「ああ、わかった。恩人には礼を尽くす、我が家の家訓だ」
アルファとベータに、感情が存在しているのかは定かじゃない。彼らは無機物で、道具の括りに分類される。
でも今回の件といい、彼らにも少なからず意思があるように思えてならない。俺のときもそうだが、森で行き倒れた人を見つけたら保護しろとは命じられていないからだ。
彼らの製作者はアーガスさんで、真実は彼のみが知る。
「ところで、ガルグ。君はなぜこの森に? 君さえよければ、話してもらえないだろうか?」
エルフ娘たち同様、危険な森に踏み入った理由を聞かねばならない。もし彼が罪を犯した凶悪な犯罪者だったりすれば、せっかくの平穏が壊されてしまう恐れがあるからな。
「俺がなぜこの森に、か。端的に言うなれば、武者修行。己を鍛えるためさ」
その結果がこの様で、馬鹿みたいだろ? と自嘲するガルム。
彼が嘘を吐いているふうには思えなかったため、疑わずに信じる。
自分が相手を疑うなら、逆もまた然り。平和ボケした考えかもしれないが、率先してこちらから信じていかないとね。
「魔蝕の森に生息する魔物はいずれも、戦う相手として不足ない。さらにはドラゴンが棲まう伝承もある。魔物を相手に己を鍛え、あわよくばドラゴンと戦えればと考えていた。ドラゴンを討ち取れでもすれば、ひと旗あげられるからな。けど、根本から見通しが甘かったと思い知らされたぜ」
さらに詳しく経緯を尋ねると、どうやらガルグはあのアムドウルススと単独で一戦交えたそうだ。奴の一撃によって、彼は両目を潰されたのである。
よく生きていられたな、と心底驚いた。その答えとしては、彼が勝者だったから。あのしぶといアムドウルススの心臓を手刀で貫いて潰し、さらに首をねじ曲げて辛くも勝利したらしい。
戦闘後の満身創痍で行き倒れていた彼を、アルファが連れ帰ってきたわけだな。
「魔蝕の森にドラゴンがいるのか。初耳だ。ちょっと会ってみたい気もするけど、問答無用で襲われたら恐いな」
「その心配は杞憂だろうぜ。所詮は御伽噺。民草に語り継がれるだけの流言さ。俺だって本気だったわけじゃねぇよ」
「ふぅん、ちょっと残念だな」
でもその割に、ガルグはドラゴンを倒してひと旗あげてやるつもりだったっと言っていた。本人は子供だましっぽく振舞っているが、実のところ結構信じてたんじゃ……?
火のない所に煙は立たないともいうし、噂がある以上は実在しているんじゃなかろうか。
もし本当にこの森をドラゴンが根城としているのなら、怒りを買う愚かな真似だけはしないように努めないと。
「ところで、シギよ。図々しいのは承知の上で、折り入って頼みがある。よければ聞いてもらえないか?」
「俺に頼み……? 聞くだけなら構わないけど、頷くかは内容次第かな」
「はは、そりゃそうだ。……頼みってのはだな、俺をしばらくお前の家に住まわせてもらいてぇんだ。俺にはまだまだ鍛錬が足りてねぇ。目を失ったからといって、おめおめと故郷にゃ帰れんのよ」
いっそお前もこの地に住むか? という提案を考えていただけに、ガルグから先に居候を申し出られて内心驚いている。もっとも彼の場合は定住ではないため、一時的な住人なのだが。
「いいよ、俺は歓迎する。人は多いほうが楽しいからね。……あ、でも、先住人であるエルフ娘たちの意見も聞いてからになるかな。大丈夫とは思うけれど、彼女たちが拒んだ場合は諦めてくれ」
俺にとって優先すべきは、彼より先にこの地に住まうシエラたち。せっかく信頼関係を築けた仲を壊してまで、ガルグを受け入れようとは思っていない。
「ああ、わかった。鍛錬の合間に安心して体を休められる場所が欲しいだけだからな、無理強いはせんさ」
早速シエラたちを家に呼び、彼を仲間に加えてもいいか相談する。すると意外なほどあっさり了承を得られた。
曰く、俺が決めたのなら異論はない、と。
反論が出なかったのは彼が憎き人族ではなく、獣人族だからという一面もあるからかもしれない。エルフと獣人の関係は、比較的良好なようだ。
盲目の獣戦士・ガルグ。こうしてまた、この地に新たな住人が加わった。
ガルグを皆に紹介後、彼を半ば強引にお風呂へと入れた。
ガルグがまだ眠っている間に彼の体を清拭させてもらったが、やはり風呂に入ってきちんと汚れを洗い流す必要がある。
とくに彼は人間と違って、全身が毛深い体毛に覆われているのだ。しっかりと身奇麗にしてもらわないと、家には住まわせられないからね。
ガルグも渋りこそすれど、体の汚れは理解しているため拒否しなかった。しかし盲目となったばかりの彼を、いきなりひとりでは入浴させられない。俺も一緒に入り、入浴の介助を行う。
といっても物を取ったり、手引きや声で導くだけ。
仕事で介護していたお爺ちゃんお婆ちゃんは、それこそ手取り足取りお世話をしてあげねばならなかった。しかし若い彼の四肢は健全なため、少し手を貸すだけであとは自分でこなしてくれる。抱えたりしなくていいため、腰が楽だ。
男同士で入る風呂も、親睦を深めるにはいい。浴槽が窮屈だった点さえ除けば、ね。
男がふたり、体育座りで並んで湯船に肩をつける。ふとした拍子で客観的になると、とてもシュールな光景である。
「……なぁ、シギ。お前はおかしなやつだな。視力を失った馬鹿が、まだ武者修行を続行するとのたまったんだぜ? 普通なら、無理だと笑う場面だったろうに」
「本気で取り組もうとする人を笑うほど、俺は傲慢じゃないよ。俺の故郷ではね、目が見えなくとも危険な崖山を頂上まで登りきったすごい人だっているんだ。見えないのは不便に違いないけど、必ずしもやってやれないことはない。だからガルグ。俺は君のその前向きな姿勢は好きだな」
「ちょ、シギよ。お互いが裸の状況で告白されても困るぞ。そもそも俺たち、男同士だからよ……」
湯船のお湯を思いっきりぶっかけてやった。野郎が乙女チックな勘違いをするんじゃねぇ。
耳に水が入ったと怒られたが、知らん。
「……ガルグはさ、なんで強くなろうとしているんだ?」
「勝たねばならない相手がいるからな。俺は自分の威厳のためにも、そいつに負けたままじゃいられねぇのよ」
ガルグが勝ちを拘る相手か。どんな奴なのだろう?
彼の鍛えられた体から、相当な実力者だと窺える。ましてやあの恐ろしいアムドウルススに単身で挑み、勝利をもぎとった男だ。ガルグの更に上をいく強者となると、想像がつかない。
ガルグに辛酸を舐めさせた人物の詳細を知りたくなって、好奇心から尋ねる。すると罰が悪そうに眉間に皺を寄せ、黙りこくってしまった。
「……妹だ。俺のな」
けれど答えないわけにいかないと判断したのか、ガルグはぼそりと呟いた。
彼を負かした相手とは、まさかの妹君。というか妹持ちかよ、この野郎。羨ましい。
「笑いたければ笑っていいぞ。負けを笑われても悔しくないほど、俺の妹は強いんだ」
「なるほどね、兄の威厳を取り戻すための武者修行だったのか。ひょっとして兄妹喧嘩でもしたの?」
「まさか。自慢じゃないが、兄妹仲はいいほうだぜ。ただ昔からことあるごとに腕試しを挑まれてな、とうとう俺が負けちまっただけさ」
最初の負けを皮切りに、彼ら兄妹の立場が逆転。兄であるガルグは挑まれる側から、いつしか挑む側に。
彼の妹は以降は負けなし。彼女はガルグだけじゃなくほかの挑戦者すらことごとく蹴散らし、最年少で里一番の戦士となったそうだ。
自分よりも強い相手に挑むとなれば、目のハンデはなおのこと重くのしかかる。ガルグの目標は、なかなかに厳しい道程となりそうだ。
「獣人の鼻は人族よりも遥かに優れているんだ。聴覚だって上回っている。何歩か後ろに下がっちまったが、下がった分だけ前に進んでやるさ。獣人にとってはむしろ、視覚こそが他種族と比べて一番劣る感覚なんだぜ」
戦士としてまだ終わっていないと、力強く笑うガルグ。もうすでに彼の頭の中では、新たな戦闘スタイルが構想されつつあるのかもしれない。
なおこれまで彼を笑わなかった俺だったが、風呂上りの姿にだけは思わず吹き出してしまった。
濡れた体毛がぴっちりと体に張り付き、入浴後の毛が萎んで貧相な姿になった愛犬を思い出したからである。
なおガルグから笑った仕返しにと、全身を振るわせての水攻撃を受けた。