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12:アルファの拾いもの

 ある日の夕暮れ。

 単独で森に出ていたアルファが、一匹の大きな狼を担いで帰ってきた。


 いや、狼と呼ぶのは失礼か。獣の特徴を色濃く出しているが、彼は服を着ている。顔は確かに狼なのだが、手足が長く伸び、指は人間と同じ道具を扱う形をしている。


「彼は狼種の獣人ね。身なりからして武人のようだけど……」


「酷い怪我、ですね……」


「両目が完全に潰れてるゾ。視力を失っては、戦士としてお終いだナ」


 アルファが森で拾ってきた獣人族の男は、全身に大怪我を負っていた。とくに酷いのは、顔に負った傷。目元に四本の爪痕が深々と刻まれており、両の眼球が潰れているのは明らか。


 脈はしっかりとしており、息がある。重傷を負って瀕死の状態だが、まだ死んではいない。ひとまずポーションを消毒液代わりにして傷元を拭い、ベッドに寝かせた。


 本来のポーションは患部に塗布することでも十分な効力を発揮するらしいが、アーガスレシピのものは内服特化。塗布でも効果があるにはあるが、飲んだ場合と比べれば効き目は段違いなのである。


 潰れた眼球を再生できるかは怪しいものの、彼が意識を取り戻したら開口一番でポーションを飲ませてやろう。


 明くる日の朝になっても、獣人の男は目を覚まさなかった。それどころか熱を発症し、苦しそうにうめき声をあげるばかり。


 清潔な布にポーションを薄めた水を染みこませ、口に含ませてやる。

 わざわざ水で薄めたのは、意識のない状態の彼の舌が、ポーションの強い味に驚いて吐き戻さないようにとの配慮から。誤嚥ごえんに発展して悪化されては、目も当てられない。

 意識がなくとも彼の体は水分を求めており、苦味のある水であろうと貪欲に啜っていた。


 つきっきりの看病の甲斐があってか、三日目の夕方になって彼はようやく意識を取り戻した。


「うぅ、ここ……は?」


「お、やっと起きたか。体の具合はどうだ? ポーションを用意してあるから、体のためにも飲みな」


「……かたじけない」


 彼はこちらの申し出を拒んだりはせず、素直に手に持たせたポーションを飲み干した。男らしい飲みっぷりは感心するが、直後の渋い顔で台無しである。


「目が見えん。医薬を飲めば治るやもと期待したが、駄目か」


 彼が全身に負っていた傷は癒えていたが、潰れた両目だけは元に戻っていなかった。やはり怪我の分類では欠損にあたり、上等級のポーションでは再生できなかったか。


「すまないが、飲ませたポーションで治らないとなれば打つ手がないんだ。光を失って辛いだろうけど……」


「はは、お前さんが気に病む必要はないぜ。この傷は自業自得なんだ。無茶をした俺への罰さ。……命が助かっただけでも、儲けと思うしかないな」


 気遣う俺を逆に気遣ってか、彼は笑い飛ばした。けれど毛布を掴んだ彼の手は、悔しさで小刻みに震えている。


 突然視力を失って、普通なら正気でいられるわけがない。自業自得であったとしても簡単に納得できるはずがないし、誰かに不満をぶつけたくなるのが心情。

 だというのに、獣人の彼は取り乱さなかった。よほどの修羅場を潜ってきたのか、もしくは常日頃から命を落とす覚悟で生きていたのだろう。


「すまんが、少しひとりにしてくれないか? 心配せずとも、取り乱して暴れたりはしねぇからよ」


「……わかった。ずっと寝ていたんだから、腹が減っているだろ。食事を用意してくるよ」


「すまんな、恩に着る」


 男が達観しているふうに見えたのは、俺の思い違い。やはり彼自身、目を失った現状に気持ちの整理がつけられていないようであった。

 こればかりは一朝一夕にいかない。体の傷はポーションですぐ治せても、心に負った傷が癒えるには時間という薬を必要とする。

 ひとまずは彼が望むとおり、ひとりにしておいてやろう。


 さてさて、俺は俺であの男にしてあげられることに務めよう。

 早速前言通り、彼の食事を作る。数日も寝ていたのだから、胃の中はとっくに空っぽのはず。時間が経って落ち着いてくれば、さぞかし空腹を感じ始めるだろう。


 彼のために病人食として、お粥を作ろう。

 といっても、残念ながら米はない。早くも頓挫している。が、ないからといってそこで諦めない。パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。つまりお米がないなら、別の食材で代用するまで。


 用意したのは、ドングリ粉。ミファがまたまた集めてきたので、粉にして保存しておいたものだ。このドングリ粉に水と卵白、塩を加えてこねる。水は少なめ。固めの生地を作る。


 生地がこね終わったら、次はスープの準備。


 水洗いした鶏がらを、沸騰したたっぷりのお湯に一分ほど潜らせる。軽く火が通ったらすぐにとりだして冷水にさらし、血合いなどの風味を損なう部分を丁寧に取り除く。


 鶏がらを包丁で適当な多さに骨ごとぶつ切りにし、水を張ったお鍋に野菜と一緒に放り込む。

 野菜は畑で取れた三種の神器、ジャガ、ネギ、トマトを使った。追加に森で採れた優しい香りの香草を、何種か加えておく。


 混在となったお鍋を強火にかけて、水から煮て沸騰させる。

 沸騰し始めたら弱火に落とすのだが、アクが際限なく浮いてくる。澄んだスープ作りのためには、浮いてくるアクを小まめに取り除いてやる必要がある。


 この状態で三十分ほど。アクがでなくなるまで煮込んでから、多めの卵白を鍋に投入。スープに残った不純物を、固まった卵白が吸着してくれる。

 卵白がスープのお掃除を終えるまで、またしばらく煮込む。


 鍋を煮込んでいる間、再び作業はドングリ粉の生地へ。火にかけた鍋の様子を窺いつつ、主材の調理に取りかかるのだ。


 お粥を作ると言っておきながら、この生地はなにに使うのか。いやいや、この生地こそがお粥になるのですよ、奥さん。


 某バラエティ番組のサバイバル企画で、とあるコンビのお笑い芸人の片割れが、「白米が食べたい」と発言したことがあった。見かねた相方が彼のため、練った小麦粉の生地を小さく米粒大のサイズにちぎり、茹でて白米の代用食としたのだ。


 このドングリ粉は、小麦粉米のアレンジに使う。代用の代用である。

 かの偉大な売れっ子芸人さんを真似て、ひと粒ひと粒ちねりちねり。茹でれば水分を吸って膨らむことを考え、お茶碗に半分ほどの量をちねりあげた。


 ちょうど鍋のスープも頃合となり、濾し布を張ったザルに潜らせる。濾されたスープは綺麗な黄金色。トマトが入っているから、少し赤みが強い。

 塩で味を調え、ほんの少量レモン汁を垂らえばコンソメスープの完成だ。


 このスープを適量鍋に移して中火にかけ、沸騰し始めたら火を弱めてドングリ米を投入。米の型崩れを避けるため、混ぜすぎない。火加減を調整して対流にも気を配り、芯まで熱が通るのを待つ。


 鍋の中身に目を光らせ、煮込んでいる途中で余っていた卵黄をかけ混ぜる。卵黄がほどよく固まった食べ頃を見極め、火を止める。

 深めの皿に出来たお粥をよそい、スープに使って煮崩れしたジャガイモを乗っける。仕上げに、刻みネギをたっぷりふりかければ出上がり。


『ドングリ米のなんちゃってコンソメ粥』、完成!


「……それ、今日の晩御飯カ?」


 声に驚いて振り返ると、窓からミファが顔を覗かせていた。

 外で遊んでいて、漂う臭いにつられてきたのだろう。俺が調理に集中していたため、完成を待って声をかけたようだ。


「このお粥は、怪我人の彼に出す食事だよ。夕飯はまた別で作るから、大人しく待ってな」


「そうか、なら仕方がなイ。でもせめて、味見をさせロ」


 突如として呪詛のように連呼される、味見要求のコール。うるさいミファを黙らせるため、渋々ひと匙すくって彼女の口に突っ込んだ。


「ほぅ、鳥と野菜のスープだナ! いつものと違って、雑味がないゾ! 具として入っているこのくにゅくにゅした小粒の実が、スープの味をよく吸っていて美味しイ!」


 味見をしたミファは目を輝かせ、『なんちゃってコンソメ粥』を絶賛してくれた。

 自分でも味見はしていたものの、ちょっと不安だった。けれど人から太鼓判を押されると、自信が持てるな。


 ミファからもっと食わせろコールが続いたが、窓を閉めて強制シャットアウト。ドングリ粉のちねり作業って、けっこう大変だったんだぞ。


「飯が出来たぞ。俺の故郷の料理を参考に、お粥をというものを作った。気が滅入っていて食事どころじゃないかもしれないけど、少しは胃に入れたほうがいい」


 食事の載ったお盆を片手に、ドアをノックして開く。

 獣人の彼はベッドの上で静かに座禅を組み、瞑想に耽っていた。


「……いい匂いだな。美味そうな匂いのせいで、さっきから腹が減って死にそうだった。ありがたく頂戴する」


 どうやら途中からずっと漂っていた匂いで、ひとりで考え込んでいる暇すらなかったらしい。座禅を組んで精神統一を図っていたのは、食事を欲する己の胃を律するためだったか。


 その証拠に、お粥を前にして彼の腹の虫が鳴いた。自分で制御が利かないのか、立派な尻尾はさっきから暴れまくっている。


 彼の前に、生前アーガスさんが使用していた介護用の机を用意する。ベッドでも寝ながら使える、片側にだけ足の付いた『コ』の字型の机だ。


 机の上にお粥と水、匙を並べ、彼の手を取ってどこになにが置かれているかを口頭で説明しながら触らせる。

 彼にとって、全盲となってから初めての食事だ。最初のうちは慣れないだろうが、毎日必要に迫られる日常動作となってくる。さすれば自ずと、口頭の説明だけで勝手がわかってくるはず。


 獣人の男はぎこちない動きで匙を掴み、反対の手でお粥の入ったお椀を持つ。目が見えずとも、毎日こなしていた動作を体は簡単に忘れたりしない。

 口に運ぶ際に少し零したりはしていたが、その程度。想定の範疇で、事前に敷いておいたタオルが受け止める。


 彼がひと匙すくうたび食べる勢いが増し、あっという間にお椀は空。見えないながらも最後のひと粒まで、名残惜しそうに平らげていた。


 彼は遠慮して机にお椀を置いたが、こちらからすかさずおかわりを提案する。

 嬉しい申し出に、男の尻尾が左右に大きく揺れた。

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