11:雨の日のお菓子作り
今日は朝から雨。土砂降り日和である。
雨が降れば、外に出ての仕事はお休み。なので雨天は家にこもり、室内でできることをする。
「あの、シギ様。このお洋服は……?」
「俺の恩人が持っていた古着だよ。今日は裁縫が得意なフィエリに、仕事をお願いしたくてね」
「私にお仕事ですか? はい! シギ様のお願いとあれば、頑張ります!」
頼られているとわかり、俄然やる気を見せるフィエリ。彼女にお願いする仕事とは、服の仕立て直しである。
俺がこれまで着ていた服は、アーガスさんからの頂きもの。彼が持っていたなかで、とりわけ大きなサイズの服を着ている。ただし今回は俺の分を頼むのではない。自分が着る服は、現状足りているからね。
フィエリに仕立て直してもらうのは、ほかならぬ彼女たちエルフ娘が着る服だ。
彼女たちは着替え分を含め、各々が二着足らずの服でやりくりしている。いずれの衣服も彼女たちの苦労が滲み出ており、随分とくたびれてしまっていた。
もし連日雨が降り続けば、いずれ服が回らなくなってくるだろう。なのでアーガスさんの古着を拝借し、自分たちが着る用に仕立て直してもらうのである。
外界との交流がないので、布は貴重な資源。アーガスさんも有効に使ってくれるとなれば、きっと咎めやしない。それどころか、若い女性が袖を通すと知れば喜んだかも?
「シギ様、ありがとうございます。実を申しますと私たちも服には悩んでおりましたので、とても助かります」
「そっか、ならちょうどよかった。古い服だけれど、どうかな? 使えそう?」
クローゼットの奥に仕舞われていた、アーガスさんが昔着ていたであろう男物の服。そのなかでも保管状態がよく、綺麗なものを選らんだ。さすがに彼が晩年着ていた服を渡したりはしない。
「……古くはありますが、どれも上等な布地ですね。質に問題ありません。女性の体に合うよう少し手を加えれば、すぐにでも仕上がります」
「さすがだね。フィエリひとりに任せちゃって悪いけど、シエラとミファのためにも頼むよ」
「はい、お任せください!」
さっそくフィエリは裁縫箱を開き、服の仕立て直しにかかる。慣れた手つきで作業が開始され、滞りのない動きに感心した。
今後も縫い物の類は、彼女の手腕に頼るとしよう。
「ごめんね、フィエリ。私は昔から裁縫が苦手なのよね」
「ミファが縫い物をすると、もれなく針で指を刺ス。絶対に刺ス。痛いのは嫌だから、無理だゾ」
なお、シエラとミファは戦力外の模様。各自が得意な分野を頑張ればいいので、出来なかったからといって気に病む必要はない。
そういった意味でも、フィエリに裁縫の仕事を任せられてよかった。人の役に立てる仕事があるとなれば、塞ぎ込んだり悩んだりせずにすむ。
手を動かすフィエリの表情は楽しげで、見ていてこちらも嬉しくなってくる。当初は暗い印象があったが、あの様子ならもう心配はいらないな。
「ねぇ、シギ。私たちはなにをすればいいのかしら? 用事があるから、私たちにも声をかけたのでしょう?」
「勿論。シエラとミファのふたりには、これをやってもらいます」
台所から山盛りに入ったカゴを持ってきて、ふたりの前に置く。
カゴの中身は木の実。子供の頃よく公園で拾い集めた、ドングリによく似た実だ。ミファがシエラにくっついて森に行くたび、毎度の如く大量に拾ってきたのである。
今日はこのドングリを材料に、お菓子を作ろうと思う。
介護の仕事で利用者のお婆ちゃんから、ドングリは食べられるんだよと教わった。興味本位で詳しい調理の仕方を聞き、ドングリ粉のクッキー作りをレクリエーションとして行ったのである。
評判は上々。クッキーの味こそ微妙だったが、利用者さんからの受けはよかった。
今回はあのときの経験を生かし、クッキー作りのリベンジを果たす。
まずはドングリを粉に加工する。
使用するのは、水につけて沈んだドングリ。浮かんだものは中身が虫に食われている可能性が高いため、取り除いておく。
選ばれた精鋭たちを今度は沸騰したお湯に入れ、茹でる。お湯は何度か取り替え、しっかりと灰汁を抜いた。
以上の下処理を済ませたものが、目の前に置かれたドングリの山。これからこのドングリを、トンカチなどの道具を使って硬い殻を剥いていく。
集中しているフィエリの邪魔をしないためにも、彼女が作業する机から離れた地べたに座り込んで行う。
殻割りに使える道具はシエラとミファに渡し、俺は素手で殻を剥いていく。手に着けたグローブの恩恵で、面白いほど簡単に殻を割れる。作業が捗りすぎて、つい没頭してしまった。
「……ん? どうした、ミファ」
剥いたドングリの中身を指先で掴み、じーっと見つめるミファ。おもむろに口を開くと、ぱくりと食べてしまった。
味わうように何度も咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「こら、ミファ! つまみ食いしちゃだめじゃない! ……それで、お味はどうなの?」
「んんー……可もなく不可もなく、だナ。ほんのり甘みがあって不味くはないが、特別美味しくもないゾ」
ミファの食べてみた感想を聞き、俺とシエラもドングリの味見をする。
……うーん、なるほどね。
抱いた感想は同じ。所詮は加工前のドングリだしね。大げさに振舞うほど、もともと美味しい食材ではないってことか。
半分の量を剥き終えたあたりで、並行して次の作業を開始する。
殻の剥けたドングリを清潔な布で挟み、上からトンカチで叩き潰す。
細かく砕いた実を取り出したら今度はすり鉢に入れ、すりこ木で念入りにすり潰していく。形がなくなって、粉状になるまでごりごりと。
ミファがやりたいと主張したので、この作業は彼女に任せる。
ドングリは重量の半分を殻が占めていたため、全てを粉にし終えたら随分と少なくなってしまった。
ドングリ粉が出来上がったので、次はいよいよ本命のクッキー作りに挑む。
まずはドングリ粉に量を確かめながら水をいれ、溶いた卵の黄身だけを加えて混ぜる。甘味には砂糖の代わりとして、蜂蜜をたっぷり加えた。そこへ塩をひとつまみ。
材料が全て混ざるまでこねこね。
バニラっぽい甘い香りのする香草があったので、みじん切りにして生地に練りこんでみた。
お菓子作りをするうえで、立ち塞がる食材がバター。そもそも牛乳すらない環境なので、諦める。
クッキーじゃなくて、乳成分の少ないビスケットが出来上がりそうだ。もっとも、クッキーもビスケットも定義としての違いは曖昧らしいけど。
完成した生地を棒で適度な厚さまで伸ばし、ひと口サイズの大きさに切り分ける。
お菓子作りに使う抜き型があれば色んな形を楽しめるのだけれど、今回は割愛。暇をみて、木を削って作っておこう。
台所にはかまどがあるだけで、オーブンはない。なので生地をフライパンに並べ、焼くことにした。
焦がさないように細心の注意を払い、綺麗に焼け目がついたあたりでひっくり返す。両面が焼けたら皿に移し、どんぐりクッキーの完成である。
思いつきで始めてしまっただけに、いろいろと足りない食材が浮き彫りになってしまった。ないない尽くしなのだと、とことん実感させられる。
少しでも料理に凝ろうものなら、あれがない、これがない。俺がいかに、便利な世界で生きてきたのかを痛感するな。
「おぉ、これがくっきーなのカ!? 早く食べさせロ!」
言うや否や、答えを聞く前に手を伸ばすミファ。口に放り込み、さっそく頬張りはじめる。ぽりぽりと咀嚼する音がし、芯までちゃんと火が通っているみたいで安心した。
「さっくりとした歯ごたえに、ドングリと蜂蜜の風味。さらに甘いハーブの香りが合わさって、いけル! うまいゾ、シギ!」
「どういたしまして。でもお行儀悪いのは感心しないよ、ミファ」
皆で食べるのを楽しみにしていたのに、先走るのはよくない。食べた分はちゃんと、ミファの取り分から引かせてもらう。
「あら、なんだか懐かしい味ね。エルフ族が作る焼き菓子とは、また違った美味しさがあるわ」
「昔、お婆様が作ってくださったお菓子を思い出します。あのときも、木の実を材料にして作ったと仰られてました。心が安らぐ味です」
皆に食べてもらった感想としては、いい反応だ。
俺も手を伸ばし、頬張る。焼き加減といい、硬さといい、ちょうどいい。素朴な風味が心に染みる。
そりゃ元いた世界で食べなれたクッキーとは、比べものにならない味だ。甘みが足りず、ぱさつきが強くて美味しいお菓子とは評し難い。
けれど体が菓子の甘味に飢えて久しい状態なので、十分に満足できた。