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全ての始まり

いやー、なんだろうな。出だし風に伝えると、谷代紗和は少々困った問題に直面していたって感じ。目の前には経営やら調理の本の数々、そして本から少し目を話すと能天気な顔をしている祖母。21歳で大学3年生の私の頭の中には「なんで?」「意味わかんない」という内容の文句でいっぱいだった。約1時間前、祖母である妙子おばあちゃんは私の住む少し古めのアパートを訪れて私にあくまで手短にこう伝えた。


「紗和ちゃん、家をもらってくれないかしら?」


祖母はまるで家に余ったせんべいを渡すような口調で言う。予め伝えておくと、私の家はこれといって裕福なわけでもないし、どこかのセレブタレントのようにポンポンと車や家を買うことは出来ない。そもそもその家というものが何を指しているのかすらよくわからない。

「おばあちゃん、家って…何?」

「家は家よ〜。隆さんと美智瑠がね、おばあちゃんの誕生日に結構な大きめの家をくれたの。いつも紗和がお世話になってるからって。」

「じゃあおばあちゃんが貰えばいいじゃん。」

「いえね、とっても素敵なお家だったのよ。でもおばあちゃん、今の家はお爺ちゃんが昔買ったものだからどうにも離れたくなくてね〜…」

祖母と祖父の晋三はたいそう円満な夫婦だった。祖父が他界したのは4年ほど前だったけど、穏やかな祖母の隣りでいつもむすっとしていたのは記憶に新しい。それでも、祖母の後ろを付いて歩いたり、小さなことでもお礼などはきちんと言うところを見ると、祖父が祖母を大事にしていたことは理解に容易かった。

「紗和ちゃんの大学からも近いし、一度見てみて、紗和ちゃんがそこに住むっていうのもいいと思うの。」

「でも大きな家に女子大生が1人でっていうのは…管理も大変みたいだし…」

”老後破綻を防ぐ”とでかでかと書いてある本をペラペラとめくりながら言うと、ここぞとばかりに祖母が言う。

「そうね、だからおばあちゃんいいことを思いついたの。シェアハウスってやつをしたらいいんじゃないかしら?」

「シェアハウス?」

予想外の言葉が祖母の口から出たことには驚いた。もともと突拍子も無いことを言い出す人ではあったけど…。そう思っていると目の前の経営の本を見て、そういうことか…となんとなく状況を理解した。そもそも祖母は、家をただ明け渡すつもりなどなかったのだろう。

「シェアハウスなんて、どうして急に?」

「え?えーっと…ほら、紗和ちゃん、お家1人じゃ住みたくないんでしょ?ね?」

「違うでしょ。私が家なんていらないっていうのわかってたんでしょ?」

「えっ。その、んー…」

「おばあちゃん、怒らないから誤魔化さなくていいよ。誰に言われたの?」

なにか詐欺絡みの事に巻き込まれたのでは…と連想して、少し強めの口調で追い込む。観念したようにおばあちゃんはため息をついた。

「山内さんのお孫さんがね、今度1人になってしまうんですって…」

山内さんとはおばあちゃんの古い友人で、週1回通うコーラスの習い事でアルト担当をしているらしい。

「山内さんのお孫さんって…まだ子供じゃなかった?」

「もう高校1年生ですって。」

祖母のコーラスの発表会には昔よく足を運んでいたので、何度か顔を合わせたことはあるはずだ。当時はまだ小学校の低学年とかだったが、自身の祖母の晴れ舞台よりもパッパッと変わる照明をじっと見ていたのが印象的だった。

「一人暮らしするってこと?どうしてまた…」

「山内さんの息子さん、離婚されたでしょ?裕人くんはお母様の方に引き取られたみたいなんだけど、今度また再婚するみたいでね…」

「新しいお父さんとウマが合わないとか?」

「どうかしらねぇ…どっちにしても、山内さんの息子さんは親権がないから、口も出せないみたいで…」

「それで?」

「だから、紗和ちゃんがシェアハウスの管理人として一緒に暮らせば山内さんの心配も減るし一石二鳥?っていうか一石五鳥くらいになるんじゃない?って思って。」

「いやいやいや...さすがに人様の子供を預かるって善意だけじゃできないよ…助けてあげたいけどさぁ…」

「紗和ちゃんゼミが忙しくてバイトも出来ないって言ってたでしょ?管理人になれば、家で最低限の家事さえすればお金が安定して入ってくるし、交通費も浮くじゃない、」

「だとしたって…」

「それにおばあちゃんもうそのお話聞いて気の毒で…山内さんと約束しちゃったのよ」

「は!?」

「約束しちゃったの、なんなら一筆…」

「なんでそんな軽々しく約束しちゃうの!?」

「だって紗和ちゃんがダメって言うと思わなかったんだもの!!」

ということで、急にシェアハウスの管理人、もとい住人になった。最後は半ば強引ではあったが、もともと海外で仕事をしている父母の代わりにここまで育ててくれた祖母には強く出れないため、こうなる運命であったといえばそうなのかもしれない。


「でっか…」

おばあちゃんのいう、「大きなお家」がどれほどのものかは見るまで全く想像が出来なかったけど、思っていた以上に大きかった。3階建てで、部屋の数は6畳半が1階に4部屋、2階は丸ごとリビングダイニングで、3階に8畳の部屋が3部屋という構造だ。

これを八十歳にもなる一人暮らしの祖母にあげたのか…?と、大きな疑問ではあったが、もしかしたら建設中にすでにこの計画は立てられていたのかもしらない。なにせ祖母にはだれも頭があがらない。


新居ということもあって、家具や電化製品を用意するのに2週間かけたものの、山内さんの孫、裕人くんの高校入学に合わせて入居日は4月3日に決まった。シェアハウスを経営する上での様々な細かい事項は、名義人であった祖母に任せたので、実質やる事といえば引っ越しの手続き程度の事で済んでしまった。

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