第五章『戦火の空②』
いつまでも目覚めないアレクシア・クリスタに付き添っていても仕方がない。
ファングは身支度を整えると、王宮の侍女たちに彼女の世話を任せて、フレイシャの捜索に乗り出した。
大勢の人々が利用する都心の駅に足を運び、その周辺をくまなく探して歩いた。
(──アランは、あの幼い少女を、どこに隠したのだろう)
いくら男の体格とはいえ、あのアランが女の子1人抱えて、そんなに遠くに行くとは考えられない。
となると、駅構内か、もしくは乗り入れホームか。
プラットホームをゆっくりと歩いていたファングは、その先にある空き店舗に目を付けた。
ここだけ人通りが少ない。
それに少し道が入り組んでいて、死角も多い。
ファングはそっとドアを開けると、無断で中に侵入して、室内を調べ始めた。
(…もとは雑貨屋だったのか。しかしカウンターがある。カフェも経営してたのかな)
椅子やテーブルが乱雑に置かれている様子を見ながら、慎重に辺りを探っていた彼は、カウンターの下に何枚ものテーブルクロスが積まれているのに気が付いた。
「──ほう。これはまた…」
とたんに笑みがこぼれた。
目の前に、フレイシャが眠っていた。
すやすやと寝息を立て、猫のようにまるまった体が息遣いでぴくりと動くのを見て目を細めた。
「…ご無事でなりより。イーゴルの小さな姫君」
上体をかがめ、両手を伸ばしてフレイシャを胸の中に引き寄せた。
そして、そのまま抱き上げようと体勢を変えた刹那──
激しい爆撃音が鳴り響いて、地面が揺れた。
あっと思った一瞬のうちに、天井が崩れ落ちてくる。
「うわぁぁっ!」
逃げるヒマすらなく、
ファングは、フレイシャと共に崩落した瓦礫の下敷きになって動けなくなった。
■□■□
「なんだ、地震か?!」
突然の天変地異に、イーゴル王宮はパニックになった。
城内の衛兵たちが慌ただしく敷地内を駆け回っている。
「違います! 襲撃されたのです。軍隊が大量にこちらに押し寄せています!」
「大臣たちを集めろ! 緊急会議だ!」
「城門を固めろ! 兵士たちを町中に配備して住民の安全確保を!」
罵声や悲鳴が飛び交い、国中がどこに逃げるでもなく狼狽している。
レオンはアレクシア・クリスタの寝室に向かうと、彼女を連れて廊下に出た。
「アラン! 目を開けろ。寝ている場合じゃないぞっ」
必死で呼びかけてみるも、一向に目覚める様子がない。
苛立ちに渦巻く感情を抑え、彼はさらに声を張り上げた。
「アラン! 起きろと言っているっ!」
直後。
ぶわりと周囲に小さな光が飛散したと思うと、ふいにアレクシア・クリスタが目を開けた。
レオンの腕の中で、ぼんやりとした瞳をうつろに動かしている。
しかし起きたと思ったとたん。
彼女は彼の胸にすがるように目を見張った。
「フレイシャはどうした!?」
「…お前って…、こんな時に人の心配かよ」
「? あれ、──レオン?」
「ファングかと思ったのか。期待させて悪かったな」
辺りに、ちかちか小さな光が点滅している。
…ファミリアだ。
けれどレオンがプリンシパルとして本格的に覚醒したわけではないらしい。
彼の体には、いまだ蔓草の文様は現れておらず、アランは少しばかり落胆して苦笑した。
「いや、いいんだ。…えぇと、助けてもらったのかな。どうもありがとう」
「──」
照れくさそうにはにかみ、アレクシア・クリスタは心地悪そうに彼の腕からすり抜けた。
とたんに爆撃が激しくなり、王宮の壁が崩れ落ちた。
地鳴りが響き、辺りから絶え間なく噴煙が立ち上っているのに気づき、アレクシア・クリスタは蒼白して窓から身を乗り出した。
「まさかバフィトが襲撃してきたってのか?! あれは…シェノアじゃないか!」
それにユーリル川を所有しているミトリナ市の市長までいる。
「私が眠っている間に、なにがあったんだ。バフィトが宣戦布告でもしたのか」
アランは、唖然として窓の下を見つめた。
その時。
王宮の長い廊下を、誰かがこちらへと歩いてくるのが見えた。
…ファングだ。
砲撃の的にでもなったのか、彼はボロボロになった服装で近づいてきた。
しかもその腕には、フレイシャを抱きかかえている。
それを見たレオンが、悲痛な声を上げて走り出した。
「フレイシャ! 生きていたのか!」
ファングから奪うように妹宮を取り戻し、彼はすがるようにして強く抱きしめた。
ぽかんと口を開けたアレクシア・クリスタに、ファングの視線が注がれる。
「…ようやくお目覚めですか。アレクシア・クリスタ公女殿下」
「はは。心配かけて悪かった。そっちこそ、よくシェノアの居場所が分かったな。連れ戻してくれてありがとう、ファング」
両手を伸ばして抱きつくと、彼はようやく緊張感がとけたようにアレクシア・クリスタを抱きしめた。
その視線が、ふいとレオンの方へと向けられる。
とたんに緊迫した空気が漂い、ファングは厳しい視線をレオンへと差し向けた。
「約束通り、妹宮はお返しするよ、レオニード国王。これで文句ないだろう?」
「…あ、あぁ」
若干不満そうではあったが、レオンは仕方ないとばかりに頷いた。
「では取引成立だ! アレクシア・クリスタは返してもらうぞ」
言うが早いか、彼はアレクシア・クリスタを引き寄せると、肩に担ぎあげた。
レオンが間抜けな顔でぽかんと立ちすくむのをよそに、ファングは彼女を連れて足早にその場から立ち去っていった。