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第五章『戦火の空①』



 思いがけずレオンが発揮した力が功を奏し、アランはどうにか仮死状態でイーゴル王宮へと連れ戻された。

 しかし依然として意識は戻らないまま。

 レオンにいたっては、花槽卿としての力を無意識に発揮したに過ぎず、覚醒したわけでもないらしい。自分がファミリアを使役したことが信じられないというように脱力していた。



                  ■□■□



 眠り続けるアランを心配したファングは、寝食を惜しんで付き添った。

 今やアランの姿はそこになく、アレクシア・クリスタの容姿でベッドに横たわっている。

 生命維持を最優先したため、男としての容姿を維持するほどの余力がファミリアに残っていなかったのだろう。

 まるでフレイシャのように、アレクシア・クリスタもまた目覚める気配など欠片も見えないことに不安を覚えた。


 思えば、アランがファミリアの力で生き返ったのは、これで二度目。

 今はかうまく平衡が保たれているようだが、万が一にでも不測の事態が起こった場合、もともと植物由来のファミリアが体内で腐食を始める可能性もある。

 そうなれば、長らく体内に依存したファミリアは、いずれ腫瘍化してアランを朽ちらせる事になるだろう。

 そんなことを考えてぞっとしたファングの元に、レオンがひきつった表情で部屋を訪れた。

 彼は、アレクシア・クリスタの姿になったアランを一目見て、怪訝に眉を寄せた。

「こいつは、なぜ女の姿なんだ?」

「これが本来の姿だからですよ。──アランは女性です」

 すると、それがますますレオンの思考を複雑にしたらしい。

 目の前で、ファングがくすりと笑った。

「まぁ、あなたには関係ないことですけれどね。アレクシア・クリスタを助けてくださって感謝します、国王陛下」

「…」

「このまま彼女をバフィトに連れて帰りたいと思いますので、これからその準備を」

「待て」

 レオンは、即座にファングの言葉を遮った。


 険しい表情のまま、レオンの視線がベッドへと向けられる。

「連れて帰るのは許さない。こいつには、まだ妹の居場所を聞いてない」

「そんなの、あなた自身の力を使えばすぐ見つかるでしょうに」

「確かに、オレは花槽卿だと言われてはいるが、そんな力はない」

「何言ってんですか」

 ファングは呆れた。

 心臓が止まったアランを助けようと、ファミリアの力を使ったのは紛れもなくレオン自身だ。

 いい加減、それを認めてもいい頃だろうに。

「とにかく!」

 と、レオンは拳を握りしめた。

「今、こいつを連れて帰るのは許さない」

「このまま放っておいたら、アランは腐って死に至るかもしれませんよ」

「…それは、なんとかする」

 捨て鉢なセリフを吐くレオンに落胆し、ファングは頭を抱えてため息をついた。


「ありえない無能ぶりですね。とてもあなたがプリンシパルとは思えない」

「う、うるさいっ」

「レオニード国王。バフィトに戻れば優秀な軍医と薬師がいます。それに風配師も…。あの国にはファミリアが無限に生息していて、生み出すことができるのです。あなたなど必要ない」

「オレの妹は…」

 不安げなレオンに、ファングは小さく頷いた。

「居場所はアランが知っています。つまり、アランが目覚めない限り、妹君も戻ってこないってことです」

「…」

「とにかく、この件についてはバフィトのプルーデンス国王にご報告いたします。数日のうちには『アランを連れてバフィトに戻れ』という命令が下るでしょう。せいぜい神に祈っておくことです。プリンシパル・レオニード」



                  ■□■□



 そんなやりとりがあって後。

 ファングはすぐさまバフィトに連絡を取り、フェルディナンからの指示を仰いだ。


「というわけなんですけど、どうしましょう」

 電話口で事情を伝えたファングは、受話器の向こうでため息を聞いた。

「あのレオニード国王が、アランを殺めるとは思えませんが。だからと言ってプリンシパルの覚醒を待っていたら、アランは死んでしまうことになりかねません。今のレオンにとってアランは恋人でも幼なじみでもなんでもない。ただの無関係な他人ですから、イーゴルに長居する意味がありません」

 ファングが、我慢できないとばかりに早口で主張する。

 その言い分を聞きつつ、フェルディナンは言葉をひかえた。


『ファング…その、実はちょっと厄介なことになったんだ』

「なんです?」

『花槽卿が生まれるというプラチナの露桟敷は、もともとユーリル川に自生していたものだと伝えただろう? そのユーリル川がある街の市長から、イーゴル攻撃を依頼されたんだ』

「えっ!」

『露桟敷を他国に奪われたことに、たいそうご立腹らしい。…それで一応、検討してみるとは言ったのだが、あの調子だとまったく納得してないだろうな。もしかしたらリトシュタインにも依頼しに行くつもりかもしれない』

「しかし、」

 あのリトシュタインのシェノア女皇帝が、そんな話を受けるとは思えない。

 軍事国家を指揮しているとはいえ、本来、彼女はとても温厚な平和主義だ。


 フェルディナンも同じことを考えていたらしく、受話器の向こうから何度目かのため息が届いた。

『シェノアが了承しないとなると、他国にイーゴル攻撃を依頼するかもしれないな』

「…戦争が起きますね」

 と、ファングは細い声を絞り出した。

 リトシュタインがこちらにつけば、勝てない戦ではない。

 しかし、いくらプリシパル奪還が目的とはいえ、この戦争自体バフィトが望んでいるものではないのだ。


『…ファング。悪いが、しばらくそちらでアランのそばにいてくれないか。評議会と結審を仰いで検討してみる』

「了解いたしました。よろしくお願いいたします」

 ファングの胸内に暗澹たる思いが駆け巡り、憂鬱な気分で電話を切った。




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