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第四章『逃避行②』

 ふいに電車が大きく揺れ、傾きながら急停車したのは、そんな時だった。

 乗客たちが、口々に騒ぎ始めている。

 事故でも起こったのかと周囲がざわめく中。アランとファングは、顔を見合わせて硬直した。

「まずいな、気づかれたかな」

「そのようですね。追っ手が来ます」

「降りよう」

 その言葉を合図に、2人は眠ったままのフレイシャを抱きかかえて、駅のホームへと飛び降りた。


 駅の構内では、幾度もアナウンスが繰り返された。

 やんごとなき諸事情のため…などと伝えて乗客が不安にならないよう配慮しているつもりらしいが、さっきから軍服姿の兵隊たちが大量に押しかけてきていて、ただ事ではない空気を感じる。

 これがすべてレオンの指示で動いているとなると、アランたちが捕まるのも時間の問題だ。

 駅のホームには、まんじりとも動かなくなった電車が並ぶ。

 それ以外の電車も、乗客を途中の線路で降ろすなどして、利用者の安全第一に配慮がなされているらしい。


 とはいえ、ターミナル周辺は人込みに溢れ、困惑した人々の動きは緩やかに流れている。

 その人波を走って突き抜けるなどとは、到底不可能だ。

 物陰に隠れたアランとファングは、辺りをうろつく警官たちの目をすり抜けながら息をひそめた。


「ファングはここにいろ。私が様子を見てくる」

 そう言って立ち上がろうとしたアランを、彼が引き留めた。

「オレが行く。お前はフレイシャとここに残ってろ」

「けど、」

「お前は目立ちすぎる」

「分かったよ」

 ファングに戒められ、アランは仕方なしに頷いた。

「それならお前が持っている銃を貸してくれないか。懐刀だけではいささか不安だ」

「気を付けて」

「お互いに」

 それぞれが伸ばした手を弾くようにタッチする。ぱんっと軽快な音が鳴った。



 駆け足で行ってしまったファングを見送ると、アランは短銃の安全バーを外して弾数を確認した。

「さて、と」

 ファングにはああ言ったものの、ここでおとなしく待つのは性分じゃない。

 ましてフレイシャが一緒となれば、見つかった時に逃げられる自信もない。

 アランは、人目を避けながら移動すると、駅構内の空き店舗に侵入して、隠れる場所を探した。

「この辺かな」

 フレイシャの体をずるずると引きずって店のカウンター下まで持ってくると、眠っている彼女をそこに押し込めて、何枚ものテーブルクロスをかけた。

 この季節なら凍死することはないだろうが、いかんせん子供な上に、イーゴル国王陛下の妹宮だ。

 ただひたすら無事に生き残ってくれることを祈った。


 店を出たアランは銃を構えると、反対側の通路の看板めがけて発砲した。

 その音に気付いた警備員たちが、血相を変えて向こうの通りへと走り出していく。

 その様子を確認して走り出したアランは、彼らとは別の方向へと向かいながら銃を握りしめた。


 しかし、逃げおおせるかと思えたのは、束の間だった。

「おっと!」

 待機していた別の衛兵に見つかり、慌てて身を翻して階段の下に隠れた。

 だが、さらに上から発砲され、ショッピングモールにいた警官たちがこちらへと駆け寄ってくる。

 目的はアランか、それともフレイシャか…。

(いや、その両方かな)

 と苦笑して、捕まればその場で射殺されるだろう予感に冷や汗をかいた。


 しかし、この包囲網の中で逃げ回るのは、ほぼ不可能に近かった。

 敵を欺きながらどうにか切り抜けてきたものの、駅のホームに駆け込んだとたん、アランは警備兵に見つかって追い詰められることになったのだ。


 横から飛び出してきた警官に横っ面を殴られ、アランの体がゴミ箱をなぎ倒して転がっていく。

 それを待っていたかのように銃口を突き付けられて、這いつくばった体勢で顔を上げた。

 目の前に立ったレオンが、忌々しそうに見下ろしてくる。

「よくもまぁ派手にやってくれたものだな。うろちょろ逃げやがって、ここで殺されても文句は言えないよな。──妹はどうした」

「答えるわけがないだろう?」

 アランは、相手を見据えたまま唇を開いた。


「…ファミリア、」

 その声音と共に、辺りに大量の妖精たちが噴出してきた。

 どこから現れたのか知れない異様な物体の数に、警官たちが恐れおののいている。

 駅のホーム全体を包み込むような光の集合体に周囲が圧倒される中。

 アランは片手を振りかざして、ファミリアたちを誘導した。

「…敬愛なるファミリア。私を助けてくれ。あそこにいるレオニード・ラスター三世を拘束しろ」

 そう言って、妖精たちを誘い込む。


 しかしファミリアたちはアランの指示を無視し、その場から動こうともしない。

 レオンを襲撃することもなく、アランが警官に取り押さえられようとしているのを見ても、ただ静かに光を放つだけで、助けようともしない。


(…やはり、レオンが相手だから? 彼が花槽卿だから…?)

 窮地に追い詰められて、最後の一手を失った今、諦めに似た表情でうつろに宙を見つめた。

 ──ファミリアは、正しいことにしか手を貸さない。

 アランがやろうとしていることは正しくない、とファミリアは判断したということだ…。


「ずいぶんとしおらしくなったな」

 と、レオンが笑った。

「なにか言い残すことがあれば、聞いてやるぞ?」

 その言葉に、それなら、とアランの双眸が揺れた。

「…私を覚えていないのか、…プリンシパル・ヴァン」

「? なんだって?」

 レオンが、怪訝そうに眉をひそめた。

 はぁと息をついたアランが、やり切れない表情でゆっくりと立ち上がる。


「まさか、こんなことになろうとは…」

 いや、こういう事態だけは避けたかったというべきか。

 アランは警官に取り囲まれる中、両手で銃を構えると、迷うことなくレオンへと向けた。

 驚愕に震えたレオンの顔が、瞬く間に卑屈に歪む。

「ほう? 早撃ちか。いいとも。受けてたとう」

 言うが早いか、彼もまた同じようにアランに向けて銃口を構えた。



 ──発砲音が鳴り響いたのは、それから数秒後のことだ。

 周囲が息をのんで見守る中で、先に倒れたのはアランの方だった。


 心臓を打ち抜かれ、即死状態でホームの冷たい床に崩れ落ちていく。

 一方、レオンの方は、まったくの無傷だった。

 弾丸はかすりもしなかったどころか、そもそも当たってもいなかった。

 「…空砲だと…っ?! 弾は装填されてなかったというのか!」

 レオンは、愕然として唇を震わせた。

 放心状態で棒立ちになっていたところに、ファングが真っ青になって走ってくる。

 アランに駆け寄り、呼吸の停止したその体を抱いて声を張り上げた。


「アラン! アラン! ウソだろう?! こんな事あって良いはずがない!」

 その厳しい眼差しが、茫然としたままのレオンへと注がれた。

 びくりと身構えたレオンに、ファングの罵声が響く。

「レオニード国王! コイツを助けろ!」

「っ、」

「あんたはプリンシパルだろう! 早くこいつを助けるんだ! アランが死んでしまう!」


 周囲の喧騒が大きくなり、あちこちから悲鳴が届く。

 さらに増えた傍観者たちが何事かと騒ぐ中。

 サイレンの音がけたたましく鳴り響き、辺りが一層騒然となった。


「うわあああああ!!!」

 何の前触れもなく、レオンが絶叫した。

 両手で頭を抱え、血の気の引いたその顔から、感情という一切のものが失われていく。

 足元からファミリアたちが大量に噴き上がり、

 アランやファング、レオンたちを取り囲むようにして、無数の光は点滅しながら空へと舞い上がった──



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