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第四章『逃避行①』

「まったく、あなたはいつからそんなあくどい人間になったんでしょうね」

 呆れたファングが、少女をベッドに横たえてため息をついた。

 ようやく宿を確保してほっとしたのもつかの間。

 アランは、心外だとばかりに振り返った。


「あくどいだって? あれは正当な取引だろう?」

「あれが正しい行いだと言うのなら、世の中はもっと平和でしょうね」

「文句を言うなら追い出すぞ。誰のおかげでベッドで眠れると思っている」

 ふくれっ面で着替えをすませると、アランはここに来る途中で買い足した上着を手に取った。

「…もう夜中ですよ。どこに行くんですか」

「散歩」

「こんな時間に?」

「先に寝てていいよ。妹宮を見ててくれ」

 そう言いおいて、アランは極めて簡素な恰好でドアの外に出た。



 宿屋の周辺は、ダウンタウンの貧民街だった。

 雑多なストリートが迷路のように入り組み、新参者の侵入を防いでいる。

 よほど仲間意識が強いのか。

 女主人ニナの手を借りなければ、こんなところに身をひそめることなど出来ないところだ。

 アランは、夜空を見上げて息を吐き出した。

(この複雑な地形なら、少しはレオンの追っ手をまけるかもしれない。かく乱できる保証はないけど、一晩くらいの時間稼ぎにはなる)

 今のうちに、明日の逃走経路を確認しておかないと…と思いながら、町の景観がよく見える高台へと向かおうとした、その時。

 ──ふいに、人の気配を感じて、足を止めた。


「…あぁ、…どうも」

 独り言のような呟きをもらしたアランの眼前に、妹宮の幽体がゆらりと現れ出でた。

 隣に並ぶように立った少女は、無表情のままこちらを睨みつけている。

「えぇと、名前を聞いてもいいかな」

 アランが苦笑すると、彼女は拗ねたような顔で視線を上げた。

「…フレイシャ。でも、あなたが知りたいのは、そんなことではないでしょう?」

 大人びた問いかけに、アランはなおさら笑ってしまった。

 幼い面立ちは可愛く見えるのに、中身はずいぶんと擦れてしまっているらしい。

「私がなにを知りたがっているか、君に分かるの?」

「もちろんよ」

 とフレイシャは答え、その双眸が陰鬱な色を帯びて暗くなった。


「お察しのとおり、兄が花槽卿よ」

「!」

「でも、あれは偽物。本物の国王だった私の兄レオニードは、もういないわ」

「いないとは?」

 2人の会話は、まるで夜空に溶けるかのように淡々としていた。

 フレイシャの声音に抑揚はなく、ただ事実だけを述べるかのように静寂を極めている。


「バフィト国からプラチナ色の露桟敷を持ち帰った兄は、その実から生まれてきた花槽卿を科学の力で人工的に成長を早めようとしたの。…でも、そのせいで花槽卿は、本来の力を持たないまま生まれてきてしまった。ファミリアを扱うこともできない、ただの無能者よ。でも私にとっては大切な人なの」

「…本物のレオニードはどこに?」

「知らないわ」

 その視線が、ずっと遠くを見つめた。

 自分の兄が誰だろうと、彼女にとってレオニードはただ1人ということだろうか。

 だが、アランにとっては複雑だ。

 こちらにとって、ヴァンはただ1人の大切な人──

 なのにプリンシパルは、これから先、何人も生まれては消えていく運命をたどっている。


 フェルディナンの言う通り、すでに故人となったヴァンを追い求めるのは、虚しいことなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ふいにフレイシャが苦しむようにしゃがみ込んだ。

「フレイシャ?!」

「…来ないで。私に近づいたら、あなたを殺すわ」

「っ」

 そう言われて一度は引き下がったものの、彼女の顔色はみるみるうちにひどくなっていく。

 そして、次第に肌の色までもが浅黒く変色していくのを見て、アランは思わず両腕の中にその体を包み込んだ。

 …しかし、しょせんは幽体だ。

 フレイシャはアランの腕に中にとらえられることなく、指先をかすめていく。

 

「体内に宿した露桟敷の種が、腐食しているのだな。…ファミリアが暗黒の闇に沈み落ちていく」

 こんな光景を、以前にも見たことがある。

 宮廷道化師ジェスター

 ファミリアの力を宿して、アレクシア・クリスタの左足を自分のものにした人物。

 だが、それは暗澹の中でファミリアを凶悪化させ、自身を追い詰める結果となった。

 清廉な場所でなければ、妖精は健やかに成長しないのだ…。


「フレイシャ…」

 その名を呼んだとたん。

 いきなり幽体に飛びかかられ、アランは背中から地面に倒れ込んだ。

 こちらからは触れないのに、彼女はやすやすと手を伸ばし、ぎりぎりとアランの首を締め上げてくる。

「っ、フレイシャ…!」

 必死の思いで声を絞り出し、どうにか逃げ出そうと爪を立てる。

 しかし空を切るだけの抵抗に虚しさを覚え、息の根を止められる苦痛に顔を歪めた。

 その刹那。

 ふいに体が楽になったような気がして目を開けると、フレイシャの幽体が、ファングの剣によって真っ二つに斬られているところだった。


「ファング!」

「立ってください、逃げますよ!」

「でも彼女は…」

「置いていきます。本体は、部屋で眠っています」

「ダメだ、連れて行く」

 ぐいっと乱暴に引っ張られた腕をむりやり振りほどくと、ファングが驚愕して振り返った。

「あのガキは、あなたを殺そうとしたんですよ」

「連れて行く!!」

「…っ、くそ」

 頑固として主張するアランに舌打ちし、彼は腹立ちまぎれに足元の土を蹴り上げた。

「どこに連れていくというんです?! あんな眠り姫が一緒では、バフィトに戻るにも一苦労ですよ」

「…分かっている。とりあえず、駅に向かおう」

「は?」

「人が多ければ、紛れられるだろう。電車に乗ってみたくはないか、ファング」

「!」

 どこか楽しそうなアランの声音に、彼は開いた口が塞がらなかった。



                  ■□■□



 なけなしのお金で切符を買ってみたものの、

 電車に乗り込んだ後も、ファングはひたすら不貞腐れて、車窓に張り付いていた。


「…お前は、いつも怒っているのだな、ファング」

「誰のせいです。あなたに言われたくありませんよ!」

 思わず張り上げた大声に、周囲の乗客が数人、何事かと振り返った。

 その気まずさに耐えられず、彼はさらにうろたえて肩を落とした。


「それで、どこに行くつもりですか、アラン。こんな大荷物(フレイシャ)を抱えて」

「国境を越えよう」

 よほどの事情がない限り、イーゴルの国王といえども、そう簡単には国交に立ち入れない。

 ひとまず逃げるには、やはりこの国を出るのが一番だと思えた。

「バフィトに戻るのですね」

 という安心しきったファングの答えを、アランは即座に否定した。

「いや。…それよりもっと都合のよい場所があるだろう? ──リトシュタインだ」

「はい?!」

「あそこなら軍事的に戦争になっても、十分に対抗できる。シェノアは薬師でありながら、すこぶる優秀な指導者でもあるからな」

「あのレオニード国王と本気で一戦交える気ですか!」

「不本意だけど。それもあり得るかもしれない」

「…!」

 思いがけない言葉だった。


 アランのことだから、てっきり戦は避けるのだと考えていた。

 なにしろ相手は、あのイーゴル国王だ。

 いくらプリンシパルとはいえ、ヴァンと所縁ある相手とあれば、何としても和睦を望むのが妥当だろうに──

 険しい面持ちのアランを見つめ、ファングは一層複雑な気持ちになった。



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