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第二章『鉄道の国①』


 イーゴルは、稀にみる近代的な鉄道の国だ。

 とても騒がしく賑やかで騒々しい、という印象が強い。

 しかもこの辺りでは一番近代化が進んでいて、人口も多いので有名だ。


 駅に降り立ったアランは、町中をぶらぶらと歩きながら宿屋を探した。

 活気がある町だとは聞いていたが、これは想像以上だ。

 人々は足早に交差点を通り過ぎ、声を掛けることすら躊躇してしまう様に困惑した。

「さてさて、どうするかな」

 宿場を見つけるには、まず案内所を探した方が手っ取り早いかも、と思い始めた矢先。

 ふいに見つけた通りの花屋に、アランははたと足を止めた。


「これは、露桟敷じゃないか…!」

 バフィトでは神の恩恵とも言われる木が、こんな片隅で普通に

 売られていることに驚かされた。

「お金を払って買うのか、これを?」

 立札に12ラヴールと表示されていて、さらに困惑した。

 残念なことに、通貨の単位が分からない。

 今さらながら、両替をしてこなかったことを後悔した。

「うーん、」

 財布を握り締めたまま、どうしようかと往生していると、その時、1人の男が声をかけてきた。


「露桟敷に興味を示すなんて珍しいな。オレが払おうか?」

 アランと同い年くらいの、若い男だ。

 さして身分は高くないらしく、まるで商人のような恰好で、長い髪を後ろでくくっている。

 …しかもこの男、女連れだ。

 これまた勝気そうな面立ちの若い性を前に、アランは心地悪そうに身を引いた。

「えーと、」

「それ実はつかないぜ。ただの観賞用だ。バフィト以外の土地ではファミリアが生まれないのは知ってるだろ」

 彼らがファミリアを知っていることに驚かされる。

「…詳しいんだな」

「でも興味はない。ファミリアなんかいなくても、この国は豊かだ。そして金もある」

 と、男は得意げにふふんと鼻を鳴らした。

 そんな2人の会話に興味を持ったらしい女性が、男の腕にしがみつくようにして顔だけを覗かせた。

「あなたは旅人なの? 宿が必要なら用意して差し上げましょうか?」

「おい、こら」

「いいじゃないの。困ったときはお互い様よ。悪い人じゃなさそうだし。ついでに両替所にも案内してあげるわよ」

「ありがとう、それは助かる」

 少なくとも悪人ではなさそうだ。

 長旅で疲れ切っていたアランは、その好意にありがたく甘えて、礼を言った。




                  ■□■□




 無事に宿屋に連れてきてもらったものの、先ほどの女性がここの主人だと聞いて驚いた。


「…1人で経営しているのか?」

「昨年、両親が亡くなったの。宿場のことは子供の頃から慣れ親しんでいるから、特に問題なくやっていけてるわ」

 貸し部屋のカーテンを開けて窓を開くと、女は身を乗り出して外の風景を眺めた。

 ベッド脇に少ない荷物を置き、アランは狭い部屋を見回して尋ねた。

「さっき一緒にいた男は、ダンナだろう? 彼は一緒に働いていないのか?」

「レオンのこと? ダンナだなんてとんでもない。彼は風来坊よ。決まった仕事も家もなくフラフラしているわ」

 呑気なものだ、と思った。


 アランの周りの人間は、いつも忙しく走り回っていた。

 ああいうタイプには、これまで出会ったことがない。しかし、それもこの国の風土なのだろうと考えた。

「どれぐらい滞在するの」

 と尋ねられて、アランはさきほど両替したばかりの紙幣を取り出した。

「まだ決めてないけど、とりあえず一週間くらいはお世話になろうかな」

「ここはとても良い国よ、旅の方。気が向くまま、あちこちを見て回るといいわ」

 宿代を受け取って、彼女はにこりと満面の笑みになった。


 ──あちこちのんびり、ね。そう出来ればどれだけ良いか。

 だが、国で待っているフェルディナンたちことを思うと、そうも言っていられない。

 なによりアラン自身が、はやる気持ちを抑えられないでいた。


 明日はさっそく、イーゴルの王宮に出向かなければならない。

 バフィト国王プルーデンスから預かった書状を手に、ベッドに横たわった。

(とりあえず、これさえあれば門前払いを食らうことはないだろう)

 しかし、そもそもアランは交渉事があまり得意ではない。

 ぺトラスト山に住むようになってからは、それなりの会話術も身につけたものの、交渉決裂にでもなったら、またしても戦になるのかもしれないと思うと、気鬱になる。

(いや、むしろ、その方が得意分野ではあるか)

 と自嘲しながら、いつの間にか浅い眠りについていた。



                  ■□■□




 かすかな物音で目が覚めたのは、深夜すぎだった。

 床を歩く音にはっとして飛び起きたものの、室内は暗闇でなにも見えない。

「誰だ?!」

 枕元に隠していた懐刀を取り出して、気配を探った。

 …1人じゃない。…最低でも3人はいる。

 ただの物取りなら良いが、アランがバフィト国の使者と知っての狼藉なら容赦できない。

 相手の動きを見極めようと短刀を構えたとたん、暗闇から襲い掛かられそうになり、寸でのところで体勢を変えて、刀の柄で殴りつけた。

 かすかなうめき声が、室内にこだまする。

「こいつ、何しやがる! さっさと有り金全部出しやがれ!」

 あぁ、やはり金目当てか…と納得したものの。

 この場で斬り合いになると、後で女主人にさぞかし怒られるだろうと想像して、躊躇した。

 その直後。

「おい、その辺にしとけ。どうやら相手が悪そうだ」

「?!」

 聞き覚えのある声にはっとして気を緩めた瞬間。

 脇から飛び出してきた人影に横っ面を殴られ、アランは部屋の隅まで吹っ飛ぶハメになった。

「逃げろ!」

 その声が、誰に向けられたものかは分からない。

 けれどアランはとっさに身を起こすと、とりあえず手近にあった鉢植えを抱きかかえて窓の外へと飛び出した。




「…まったく! なにがいい国だ。さんざんじゃないか!」

 悪態をつきながらもどうにか逃げることに成功したアランは、河川敷に寝転がって荒い息を整えた。

 しかも命からがらで抱えてきたのは、昼間に買った露桟敷の鉢だけ。

 なけなしの荷物とお金は宿に置きっぱなしときたら、絶対に取られたと考えて間違いない。

「まいったなぁ、」

 暗闇の中でため息を吐き、アランは動くことすらできずに仰向けになった。

 その時だ。

「おい、生きてるか?」

「!」

 聞き覚えのあるその声に、アランは反射的に跳ね起きて懐刀を構えた。

「…おっと」

 目の前で、レオンが驚いたように両手を掲げてみせた。

 しかし、その顔はどう見ても、楽しんでるように感じる。

「助けてやったのに物騒だな」

「どこがだ。さっき私を襲ったのはお前だろ! 宿を紹介して気を許したところで盗人なんて見下げた性根だ」

「オレは一応止めたんだ」

 言い訳がましいことを説明して、彼はアランに向けて荷物を放った。

 てっきり盗まれたと諦めていたのに、レオンは親切にもわざわざ持ってきてくれたらしい。

「中身は無事だ。何一つ盗んじゃいない」

「…そういう問題じゃない」

 むっとしながら、アランは月明かりを頼りに、荷物の中身を確かめた。


「あ、手紙がない!」

「…手紙? そんなものあったかな。どんなやつだ?」

 そう問われても、バフィト王家の紋章が入ったものだとは、とても告げられなかった。

 あれがなければ、イーゴルの王宮に入ることもできない。

 宿屋の部屋に落としたのだろうか──

 しかし今さら戻ることもできない、と思いながら思案していると、レオンが不安そうに首を傾げた。

「大事なものなのか」

「そうだけど…。いや、いい。…なんとかする」

 とても何とかできそうにないけれど、と諦め顔でいると、彼が申し訳なさそうに頭を下げた。


「あいつらを許してやってくれないか。ここ数年、イーゴル国が急速に近代化したせいで、住む場所を追われたんだ。…あんたら観光客には立派な街に見えるだろうが、実は貧民も多い。悪いことなのは分かってるが、こうやって旅人から金をくすねるしか生きる方法がないヤツらだっている」

「…だったらなおさら許せない。悪事と知った上で有り金を狙われたんじゃ、おちおち眠れやしない」

「おわびに、なにか困ってることがあるなら手を貸すよ」

「不要だ」

 ふいっとそっぽを向いたアランのそばにしゃがみ込み、レオンが覗き込んだ。

「プラチナの露桟敷は? 好きだろ?」

「!」

 レオンが、にかりと笑って1枚の葉っぱを差し出した。

 美しい葉脈…。

 まさかと思って手を出した瞬間。

 彼は、わざとアランの指先をかすめるように、その葉を隠してしまった。

「おい? 見せただけだけか!」

「これはお守りなんだ。手放せない」

 大切そうに露桟敷の葉をしまい込んでしまった彼を、アランは眉をしかめた凝視した。


「…レオン。お前、どこまで知ってる?」

「なにを?」

「…」

 彼は、花槽卿については知らないのだろうか。

 この葉も、ただキレイだから持ち歩いているだけなのか?

 お守りだって?!

 まったく、この国の人間は、ファミリアの価値すら知らないのだと呆れ果てた。


「困っているなら手を貸すと言ったな」

「うん?」

「…その葉をどこで手に入れたのか、教えてくれないか」

 懐刀を胸に収めて尋ねると、レオンは待ってましたとばかりに、にこりと笑った。



                  ■□■□




 レオンが案内してくれたのは、イーゴル王宮が所有しているという露桟敷の農園だった。

 この国の人間には不要なものだと思っていたのに。

 知る人ぞ知る、ってことだろうか──


「足元に気をつけろよ」

 そう言われて、畑に忍び込んだアランは、ほうと息をついた。

 思っていたよりも、かなり立派な農園だ。

 どこで調べたのやら、露桟敷の育て方を熟知しているらしく、その木々は美しく空を向いて生き生きとしている。

 しかし露桟敷と言っても、それはアランがよく知る品種ばかりで。

 目的であるプラチナの木は、どこにも見当たらない。

「…それで、お前が持っていた葉っぱは、どこにあったのだ、レオン?」

「こっちだ」

 そう聞こえたとたん。

 何かが倒れる物音がして、耳障りな金属音と共に、レオンの悲鳴が聞こえた。

「おわっ!」

「レオン? どうした、なにがあった?!」

 慌てて駆け寄ってみると、地面に這いつくばったまま身動きも取れないレオンの姿が、そこにあった。

「…なにをやっているんだ」

「ごめん。罠にかかったらしい」

 見ると、ウサギかなにかを捕獲するためのものらしく、楔状のトラップがかみつくように彼の足首に挟まっていた。

「やれやれ、手のかかる男だな」

 肩をすくめ、面倒くさいとばかりに短刀で鎖を断ち切ってやる。

 と、その直後。


 ──ふいに、背後から頭を殴られた気がした。

 激しい痛みと、眩暈。

 ぐらりと視界が揺れ、意識が遠のいていく。


 …レオンが、なにかを言っているが、よく聞き取れない。

 なにが起こったのか理解する間もなく、アランは前のめりに倒れて気を失ってしまった。





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