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第六章『飛来するファミリア②』

 アレクシア・クリスタが部屋に戻ってみると、ファングが待ちかねたようにドアの前に立っていた。

 その顔は、心なしかふて腐れて見える。

「あれ。もしかして、また怒っている?」

「いいえ」

 返ってきたぶっきらぼうな声音に、アレクシア・クリスタはくすくすと笑った。

 ファングを部屋に招き入れると、彼はバフィトに帰国するための荷造りを手伝おうとクローゼットを開けはじめた。

 そんな生真面目な彼の背中を見やり、アレクシア・クリスタは神妙な面持ちで声を掛けた。


「あのさ、ファング。頼みがあるんだけど」

「イヤです」

「まだなにも言ってないよ」

「聞かなくても分かる」

「そう?」

 ティーパーティ用の飾りのついた椅子に腰かけ、彼女はおかしそうに笑った。

「あなたは気づいていないかもしれないが、オレはあなたが好きなんです」

「知っているよ。…でも、お前が本当に一番好きなのは、私ではなくヴァンだろう?」

「!」

「ファングにとって、最もかけがえのない人は、今も昔もヴァンじゃないのか?」

 なにを言われたのか、

 それがどんな意味をなすのか、

 即座に理解して、双眸を揺らした。

 今にも涙が零れそうになるのを、彼は軍人というプライドをもって堪えたにすぎない。


「──あなたって人は…、本当に、ひどい人だ」

「ごめんね、ファング。…今までありがとう。心から感謝している」

 それが、アレクシア・クリスタとして、敬愛するファングに送る精一杯の言葉だった。


 ファングをイーゴルに残し、彼女は1人でバフィトに残る決意を固めていた──





                  ■□■□




 アレクシア・クリスタがイーゴルを去って、さらに2年が経過した。

 レオンがプリンシパルとして覚醒する兆しはいまだなく、ファングという有能な側近を得た彼は、イーゴル国王として充実した日々を送っていた。


 ──平和だ、と思った。

 しかし、かの勇敢な剣士・アレクシア・クリスタのことを思い出さない日はない。

 特にファングがそばにいると、その面立ちに彼女の顔が重なって、妙に心がざわつくことがある。

 レオンは、ルーチンワークの書類にくまなく目を通し、窓から差し込む日差しに息をついた。


「…ファング」

「なんでしょう、陛下」

 そばに控えていたファングが、はたと顔を上げて近づいてきた。


「オレに花槽卿としての意識はないけれど、ひとつだけ思うことがある。イーゴルの正式な国王は、たぶん今もオレの中にいるんだ。それが国王としてのオレに、国を統べる力を与えてくれている気がする」

「それは、あなた自身の力でもあるのですよ」

 優しく諭すような声に、レオンはおかしそうに笑った。

「ファング、いつも助けてくれてありがとう。お前はとても優秀な側近だ。アランに感謝しなくちゃな」

「…陛下」

 感無量だった。

 これ以上、なにを望むことがあるだろう。

 ファングは言葉もなく、照れたように目をふせた。


 そんな折、1人の女官が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「失礼いたします、陛下! たった今、フレイシャさまの容態が急変して…」

 女官の報告が終わらないうちに席を立ち、レオンはファングと共に妹宮の部屋へと駆け込んだ。


「フレイシャ!」

 すでに到着していた宮医がベッド脇に控え、診察を施している。

 しかしその努力もむなしく、幼い少女は今にも息絶えそうな様子で朦朧とした意識の中に沈んでいる。

「死んではだめだ! フレイシャ!」

 虚しく首を振る宮医を押しのけて、レオンはベッドに横たわる妹宮の体を鷲掴んだ。

「…陛下…、お気を確かに。フレイシャさまは、もう、」

「うるさい、黙れ!」

 宮医を後ろに下がらせて、諦めきれずに幾度も呼びかけた。

「フレイシャ!」


 その時だ。

 ぶわりと室内が明るくなった刹那──

 部屋中の床に小さな芽が生まれ出たかと思うと、瞬く間に茎と葉が高く伸び、天井に届くまで広がり始めた。

「…おぉ、」

 控えていた侍女や宮医が、感嘆の声を上げる。

 唖然としたファングの眼前で、蔓草は床から張り付くようにして、レオンの足先から腰へと巻き付き始めた。

「おやまぁ、これは…」

 ファングが、呟くような声を発した。

 体中に巻きついた蔓草が、まるで絵画のようにレオンの体へと浸透し、その皮膚に鮮やかな花を次々と咲かせていく。

 ──露桟敷つゆさじきだ。

 見覚えのある小さな花びらが、可憐な光を放って祝福を称えると同時に、息も絶え絶えだったフレイシャが、間もなくしてゆっくりとその瞳を開いた。


「…目を覚ましたのか」

 まだ完全には回復してはいないように見える。

 だが、フレイシャが起き上がり、再び笑えるようになるまで、そう時間はかからないように思えた。


「プリンシパル・レオニード」

 ファングは、敬意をこめて、その名を呼んだ。

 いまだ唖然としているレオンが、その声に我に返る。

 自分の体を触りながら、まるで確信がないかのように両手を見つめて、指先を動かした。

 ──周囲には、無数の光。

 ファングには見えないが、レオンにはそれが美しく飛び回る妖精だと分かっているのだろう。

「ファミリア、」

 と呟くと、小さなファミリアが、待ちかねていたようにレオンの指先に止まった。

 そして、


「──アレクシア・クリスタ」

 独り言のようにささやかれた名前に、ファングが息をのんだ。

 ようやく記憶を取り戻したのだ。

 古代から続くプリンシパルとしての、長い歴史。

 その一端であろうアレクシア・クリスタとの邂逅を、レオンはちゃんと覚えていた。


「アランを迎えに行かなければなりませんね」

 ファングが言うと、レオンは複雑な表情で顔をしかめた。

「殴られそうだな。今ごろ遅い、と怒られる気がする」

「ははは。ありえますね!」

 そう言いながらも、ファングは楽しげに肩を揺らした。


「お2人が並んで立つ姿を、また見られるなんて…殿下。思ってもみなかったことです」

 瞳に涙を浮かべたファングに微笑し、レオンはその肩を強く抱きしめた。



 ──風よ、バフィトへ。

 ファミリアを飛ばせ…


 アレクシア・クリスタの元へ…





最初から最後までザックリな執筆で申し訳ありません。誤字脱字等、多々あったかと思いますが、完全無視でここまで書かせて頂きました。作者はいまだ投薬・通院・リハビリ中で、まともな時間が取れないままの更新でしたが、ようやく完結できて私的には満足しております。そして、おそらくこれが仲村薫としての最後の作品になろうかと思います(別に死ぬわけではありませんが、笑)

ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。感謝を込めて。

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