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第六章『飛来するファミリア①』

戦争が始まった。

街中には噴煙と火柱が上がり、鳴りやまない砲撃の音に人々は震えた。

かつてのクーデターを思い出し、アレクシア・クリスタは身が震える思いがした。

廃都と化したイーゴルの町並みは、かつてのダリール公国の終焉を思い出させる…。


駅の待合ターミナルで。

アレクシア・クリスタは、ファングに引きずられるようにホームへと連れていかれた。

「ま、待って、ファング!」

彼の腕を掴み、必死の思いで引き留めた。

「私はやっぱり行けない! まだ帰るわけには行かない!」

愕然としたファングが、ありえないとばかりに振り返る。


「あなたは、まだ未練を捨てきれないのか。彼に未練があるのか。レオニードはヴァンじゃない。諦めたらどうだ」

「違う、そうじゃない。…ファミリアが原因で戦争が始まるのに、このまま放っておけない」

「…っ」

「それに、私はまだレオンとちゃんと話をしていない。──私に協力してくれ、ファング。国民を非難して、都から遠ざけてくれないか。電車に誘導して、なるべく多くの民を助けるんだ。私はレオンの元に戻る」

「──そんなに彼が大事ですか」

細い手首を鷲掴んだまま呟くと、アレクシア・クリスタは即座に肯定した。

「そうだよ」

「たとえ覚醒しても、彼があなたを覚えているとは限らないのに」

「…それでも、だよ」

と、彼女は目を細めた。


どんな姿に生まれ変わっても、彼は彼だ。

たとえ、プリンシパルがレオンでも、その気持ちは変わらない。

「もし花槽卿がフレイシャであったとしても同じだ。それなら私は、彼女を唯一無二の宝物として扱うよ」

「残酷だな、手痛い仕打ちだ」

ファングは、声を震わせた。

そんな彼を見上げ、アレクシア・クリスタは宥めるように彼の腕を優しく叩いた。

「イーゴルの民を頼むよ、ファング、お前を信じてる」

そう言い残して。

彼女はすぐさま踵を返し、レオンのいるイーゴル王宮へと引き返した。




                  ■□■□



なんの予告もなくイーゴルの町を襲撃したリトシュタイン帝国のシェノア女皇帝は、堂々とした風体で王宮の謁見室を訪れた。

国王であるレオンが出迎えると、それが当然とばかりに微笑して、彼に深々と会釈した。その傍らに控えたシトリナ市の市長が、唇を尖らせて一礼した。


「いきなりの奇襲攻撃とは驚いたな。失礼すぎて笑える」

レオンが嫌味たっぷりで伝えると、苦笑したシェノアは少女のように小首を傾けた。


「あら、それはこっちのセリフだわ。あなたはここにいるべき人間ではないでしょう?」

「…オレを人間と呼ぶのか」

「アランが待ってるわ、花槽卿レオニード。あなたにとって、とても大切な人でしょう? 自分の命よりも」

 かすかに動揺した彼に双眸をひらめかせ、シェノアはさらに一歩前に進み出た。

「バフィトに戻ってきて。そしてリトシュタインのために、あなたが持つファミリアの力を役立てて。あなたにはその使命があるわ、花槽卿」

「…オレは、」

 そう言いかけた彼が、わずかに躊躇して口をつぐんだ。


 ──自分に課せられた使命とはなんだ。

 なんのために生まれてきた…?

 数多の偶然と必然が重なり合い、なぜバフィトでなく、このイーゴルに生まれ落ちたのか。

 その意味を問うべきこそ、大切なのではないかと思案していた矢先。


 ふいに謁見室のドアが開き、アレクシア・クリスタが飛び込んできた。

 なんの挨拶もなく立ち入ってきた彼女は、周囲に目もくれずにレオンをかばうように立ちはだかった。

「彼は花槽卿じゃない。プリンシパルなんて最初から生まれなかった」

「──なにを言ってるの、アレクシア・クリスタ。気でも触れたの」

 呆気に取られたシェノアが、信じられないという顔で彼女を凝視した。

 しかし、その問いかけを無視して、

「彼は花槽卿じゃない」

 アレクシア・クリスタは何度もそう繰り返して、シェノアを呆れさせた。


「頼むよ、シェノア。このまま軍隊を連れてリトシュタインに引き返してくれないか」

「それはお兄様次第ね。プルーデンス国王がなんと言うか」

「フェルには私から始末をつける」

 とたんに怒り狂ったシトリナ市長が、真っ赤な顔で食らいついてきた。

「バカを言うな! そんなことができると思うのか! この戦いはバフィトの名誉を取り戻すためのものでもあるのだぞ!」

「いきなり奇襲をかけといて、名誉もクソもあるか」

 と、アレクシア・クリスタが一蹴した。

 ふんと鼻を鳴らした彼女に苛立ち、さらに何かを言おうとしたシトリナ市長を、シェノアが片手で制した。


「あなたは、それで良いの? アレクシア・クリスタ。…あなたは、何のためにこのイーゴルに来たのか、その目的を覚えている?」

「…もちろん了解している。それを踏まえた上での結論だ。フェルによろしく伝えてくれ、シェノア」

「分かったわよ」

 肩をすくめ、シェノアは仕方なく軍隊を撤退して、イーゴルから引き揚げて行った。


 戦車の大群が国からいなくなると、アレクシア・クリスタはただちにファミリアを呼び寄せた。

「ファミリア、飛んでくれ!」

 そう命令すると、地上から舞い上がった小さな妖精たちが、金色の粉をまき散らしながらイーゴルの町中を所せましと飛び回った。

 戦争が終結したというファミリアの知らせに、国中が沸き上がる。


「戦争は終わったのか、もう逃げなくていいのか」

 癒しの光が、人々を包む。

 イーゴルの国民たちの、安堵する声が聞こえる。

 ファミリアは、ひたすら静かに都の空を飛び続けた──




                  ■□■□



 リトシュタイン帝国軍が押し寄せたのは短期間だったとはいえ、イーゴルの国内はずいぶんと酷い有様だった。

 今さらながら、リトシュタインを敵に回すと怖いと思い知らされる。

 本格的な戦にならなくて本当に良かった、と思いながら。アレクシア・クリスタは立て直りゆく街並みを見守りつつ、レオンの姿を探した。


「…レオン?」

 王宮の、さらに奥。

 歴代の国王の肖像画が飾られた執務室の中庭に、レオンが俯いて立っていた。

 アレクシア・クリスタの気配に気づき、その眼差しがゆっくりとこちらへと注がれる。

 彼は、そっと足元を指さして、小さく笑った。

「…ここに植わっているのが、プラチナの露桟敷つゆさじき。この中から、プリンシパルは生まれた」

 まるでおとぎ話を語るように、彼の声は淡々とアレクシア・クリスタの耳に届いた。

「でもイーゴルの空気は、プリンシパルの成長を妨げて、うまく生まれることができなかったんだ。…それで契約した。プリンシパルの精神こころをオレの体が受け入れることで、一つになったんだ。最近まで、その事実すらオレの意識下に沈んでいたんだけど」

「…本物のレオニード国王の精神は?」

 と尋ねると、彼は小さく首を振って瞼を閉じた。


「さぁ、どこだろうな。まだオレの中にあるかもしれないし、とうに消え失せてしまったのかも。…プリンシパルがこんな犠牲を払って生まれてくるものならば、その代償はあまりにも大きすぎる。──オレが言うのも何だけど、イーゴルは、やはり、花槽卿を受け入れがたい…」

 静かに吐き出される声音を、アレクシア・クリスタは無言で聞き入っていた。

 しかし、かすかに息をつくと、まるで呟くように細い声を発した。


「レオンは、この国が好きなんだよね。バフィトより、リトシュタインより、…私よりも」

 と苦笑した。

 彼がこちらを見つめる気配がしたが、顔を上げる勇気すらなく俯いた。

「…あなたは、この国で生まれたんだものね。プラチナの露桟敷から生まれて出て、このイーゴルに根付いてしまった。──レオン、あなたが思うほどこの国はひどくないと思うよ。国民は働き者で、心も豊かで、とても陽気だ。だから、これからもっと観光客が増えて繁栄していくはず。…あぁ、もちろんあの廃れた貧民街は早急に対処する必要があるだろうけど、あなたはきっとこの国の良い国王になる」

「──」

「花槽卿など生まれなかった、…そうでしょう?」

 アレクシア・クリスタは、にこりと微笑んだ。


 今、ここにいるのは、

 自分の目の前にいるのは、プリンシパルでも、最愛のヴァンでもない。

 ただのイーゴルの若き王レオニードだ…。


「バフィトやリトシュタインのことは私がなんとかしよう。フェルを説得して、バフィトから援軍を頼み、この壊れた都の整備と再開発に協力しよう」

「アラン。…ありがとう」

 その言葉が、なによりも彼女を勇気づけた。そして何よりも嬉しかった。

「最後にキスしてもいいかな、レオン。…どうか元気で」


 ──もう二度と会うこともないだろう。

 いつも別れは必然で、それに抗う運命など、人は持ち合わせていないのだ。

 アレクシア・クリスタは背伸びをすると、そっと彼の頬に口づけた。



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