正月を憎む会
どこの世界にもへそ曲がりたちはいるようで…
「それでは皆さん、恒例の定例会を始めたいと思います」
ミドリのジャージ姿も厳かに、会長が会の始まりを宣言した。
「よろしくお願いします!」
俺達メンバーもそろいのミドリのジャージで挨拶を交わす。
俺達は【正月を憎む会】のものだ。元旦にはいつもこのメンバーで
会を催している。今年で確か八回目のはずだ。
今朝も苦い顔をする女房、子供達を無視するように、いそいそと
この会に出席した俺。やっぱり正月はこうでなくっちゃ。除夜の
鐘? 初詣? 何、その形ばかりの、とってつけたような儀式は。
「え~、それでは、今年も会長さんから、いかに正月がダメなのか
を発言してもらいましょう」
司会の大役を仰せつかった八百屋のゴローが、そう会長を促した。
会長はジャージのお腹の部分をちょっと引っ張りながらゆっくりと
話し始める。
「え~、正月。日本人は大好きなようですな。嬉しい事が起こると
盆と正月が一遍に来たみたいだ、なんて言うくらいで。しかし!」
「おう!」
メンバーが掛け声をかける。
「正月。確かに年の初めです。しかしそれが何だというのでしょう
か?」
「おう!」
「考えてみてもください。年賀状? めんどくさい形式だけのもの
じゃないですか。誰に出しただの、誰からは来なかっただの、そん
な事で人間関係にもヒビが入ったりして。お年賀、挨拶回り、これ
も同様!」
「そうだ!」
「初詣? 私なんか月日関係なく、いつも散歩のついでに神社には
お参りに行きますよ」
「よっ! 信心深いぞっ」
「正月にしか神社に行かない奴がえらそうに、しかも晴れ着なんぞ
着おって」
「異議なし!」
「正月だからと言って、普段着で充分! いや、敢えて、ジャー
ジが似合ってる。そうは思わないですかな」
「ですよね!」
メンバーは今年も会長の言葉にこぶしを突き上げる。まだ続けた
そうな顔の会長ではあるが、そこは自重を知ってる会長、司会に目
配せをして座った。
「では続いて副会長の水戸ちゃん、お願いします」
ゴローにそう紹介された麹屋の水戸ちゃんが、顔を赤らめながら
立ち上がった。
「え~、水戸です。会長に引き続きまして不肖わたくしが発言させ
て頂きます。まず、お年玉。これって必要でしょうか?」
「そうだ!」
「いつもは会っても挨拶もしないような遠い親戚の子供が、正月に
は子供ってだけで現金をもらえるのが当たり前だと思っているこの
儀式? それも千円あげただけじゃ、かえって馬鹿にされ嫌われて
しまいます。どうなんでしょう、これって?」
「働かざるもの食うべからず!」
ちょっと的外れな掛け声をかけた魚屋のみっちゃんだが、その意
気はメンバー全員が分っているから問題はない。
「小学一年生に最低三千円って」
去年、甥っ子にあげたお年玉の額で、あとから実の姉に愚痴をこ
ぼされた水戸ちゃんが涙ながらにそう訴えた。
「お年玉っていうくらいだから、コインで充分! 五百円玉ひとつ
でも多いくらいだ!」
「激しく同意!」
それを聞いた水戸ちゃんはハンカチで目を押さえながら座った。
「では、次からは挙手にて発言をしていただきます。はい、蕎麦屋
のあっちゃん!」
でっぷりと肥えて、ミドリのジャージ姿がまるで太った芋虫に見
えるあっちゃんが立ち上がる。
「正月。チッ、やっぱ俺は嫌いだよ。年末にはあれほど蕎麦蕎麦っ
て騒いどいてさ、数時間後にはもう興味無しって顔しやがって。味
はいつでも同じだって言うの!」
ほんの前日までは座る暇もないって忙しがってたあっちゃんだが、
日が変わった途端の客達の態度に、今年もはらわたが煮えくり返っ
ているのだ。
「はい!」
「おっ! 今年初参加の電気屋の若旦那、どうぞ」
黒縁メガネで7・3分けのひ弱な男がおそるおそる腰を上げる。
「正月のテレビ番組。私はこれに注文をつけたいんです。正月って
いつものレギュラー番組が休止になって、同じ様なお笑い番組か、
自称高学歴タレントのクイズ番組とか、もうそんなのばっかりです。
駅伝は確かに楽しみですが。しかし! もう分りきった特別番組に
は飽き飽きなんです!」
「そうだ!」
メンバーの掛け声を聞いて、若旦那も嬉しそうに微笑んだ。次は
俺の番かな。俺は勢いよく手を上げ、そうして立ち上がった。その
あまりの勢いに椅子が後ろに倒れてしまう位に。
「おおっ、今年も気合が入っている三丁目のケンさん、どうぞ!」
俺は話し始める。いかに俺が正月が嫌いなのか。それを聞いてく
れるメンバー達の真剣な目が嬉しい。だから余計に気合が入って、
今年も俺の話は長くなりそうだ…
***
その頃、正月を憎む会のメンバー達の家では、その家族が同じよ
うな事を話していた。
「やっぱり一番正月を楽しみにしているのはお父さん達よね。お正
月の愚痴にしろ、気の合うメンバー同士で、好きなお楽しみの会
が開けるんだから」
「ふふっ、そうよ、一番お正月が好きな人達なのよ」
どのメンバーの家からも、そんな笑い声が聞こえてくるのだった。
***
あらためまして 明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
黒猫くろすけ
あ はっぴい にゅう にゃぁ~!




